第3話 メイドの料理がマズい、それも異次元級

 フォーエンス準男爵家。


 このロッテルザン王国において、知らぬ者はいない悪名高い名家である。




 貴族の位階は最低辺が男爵。その下の準男爵は、そもそも平民であり貴族とは認められていない。


 貴族社会では当然肩身が狭く、本来であれば準男爵家が名を轟かせることはない。


 それなのに、王国で名が知られている理由は――ひとえにその悪評にあった。




 人口5000にも満たない領地でやりたい放題。


 圧政に、搾取に、不当な取り引き。


 結果、領主であるエインズ=フォーエンスの悪評はとどろき、噂に尾ひれも付いて流れている。




 曰く、この世界で最も住みたくない村ランキングワースト1。


 曰く、この世界で一番クズな領主。


 


 そんな、フォーエンス家の三男であるレイス=フォーエンス(17歳)に、万丈明は生まれ変わった。




 ――広間での夕食の時間。


 豪華な装飾の施されただだっ広い部屋の中央に横たわる白い長テーブル。


 それを取り囲む席の一つに、レイスは腰掛けていた。




 右隣には、レイスに近い順に次男のフェンネル、長男のクルストが座っている。


 斜向かいには母親のフロラリアがいて、一番奥の全員が見渡せる席に父親――エインズがどかりと腰を下ろしていた。




 どっぷりと飛び出たお腹に、似合っていない口ひげ。


 既に薄くなりかけている頭皮。目つきは悪く、座っているときの姿勢も悪い。


 なんというか――




(悪役の典型例みたいな見た目してんな)




 そう思わずにはいられないレイスだった。




 お世辞でも遺伝子が優れているとは言えない見た目の父親から生まれた子どもが三人ともイケメンなのは、母親の存在が大きい。




 容姿端麗、眉目秀麗を地で行く絶世の美女であるフロラリアの遺伝子が濃く繁栄されているのだ。


 こればっかりは、母さんありがとうとしか言いようがない。




 ふと、後ろの方から何かが近づいてくる音が聞こえて、レイスは振り返る。


 ベルが食事ののったワゴンを押してやって来た音だった。




「お待たせいたしました、レイス様のお食事です」


「ど、どうも」




 レイスは軽く会釈をして、料理を受け取る。


 やはり怯えているのか、レイスの一挙手一投足を気にしている。


 おまけに、なぜかエインズの方もしきりに気にしているらしかった。




(兄さん達の分は……別の専属メイドが渡しているのか)




 レイスは、長男と次男をちらりと横目に見ながら、もの思う。


 状況から察するに、料理はそれぞれの専属メイドが作ってくれるらしい。


 この世界の食事がどの程度のものなのか、ぜひ確かめておきたい。




 そう重い、レイスは皿にかぶせられたクロッシュをとる。


 次の瞬間、黒い煙が皿から吹き出した。




「は!? な、なんだ」




 レイスは驚いて、煙の出てきた皿を凝視する。


 そういう演出エンターテインメントなのか? 一瞬そう思ったレイスだったが、すぐにそうでないことを悟った。




「なんだ……これ」




 レイスの額から、冷や汗が吹き出す。


 目の前にあったのは、料理――とはとても思えない紫色の物体X。




 お肉と思しき塊に、ドロッとした紫色のソースがかかっていて、グツグツと泡が立っている。


 これがこの世界の普通りょうり――でないことくらいは、流石にレイスにもわかる。




(さてはベルのやつ、俺が「不味い」と言うように、わざとメチャクチャな料理を作ったな!?)




 ベルは、レイスらしからぬ言動を恐れている。


 どうせ転生前のレイスという人間は、旨い食事も平気で「不味い」と言っていたに違いない。




(その手には乗らないぞ、ベル!)




 レイスは、ベルを睨みつけて――




「ははははっ、相変わらず不味そうだな、レイスの飯は!」




 不意に、隣に座っているフェンネルが、八重歯を見せて笑い飛ばした。


 見やれば、フェンネルの料理は美味しそうなステーキだ。


 その横の長男も、母も、父もだ。




「悪いなレイス。お前だけ飯マズのメイドを押しつけちまってよ。まあ、大目に見てくれ。どうせ三男だし異論はないだろ?」


「いや、ありまくりだよ!」




 レイスは、爽やかな笑顔で酷いことを言ってくるクルストに突っかかった。




(てか、飯マズはデフォルトかよ! メイドとしてありなのかそれ!?)




 こうなったら、仕方ない。


 是が非でも完食して、「旨い」と言ってやる!




 レイスは、そう決意を固める。


 理由は単純。『飯マズ彼女のご飯を完食して、「旨かった」と言う』。


 これは早速、恋愛フラグを折られるという運命を回避するチャンスだ。




(なに……たかが「不味い」と言わなければいいだけの話。イージーだ)




 レイスは、未知のものに対する拒絶反応を無視し、謎の料理を口に運ぶ――




「ッッッ!?」




 ――その瞬間、レイスの意識は飛びかけた。


 「不味い」という次元を遙かに超えた、神格級の劣悪な味に打ち震える。




「――ぎ、ギブです」




 恋愛フラグの前に、レイスの心が叩き折られた。


 こんなの食い物じゃない。


 おそらく、レイスだけでなく全世界の共通認識。




(元の俺、よくこんなん毎日食べてて死ななかったな。すげーよ)




 思わぬところで、知らない自分に対する好感度が上がるレイスであった。


 


 ――そんな中。


 一口でギブアップしたレイスに対し、なぜか好感度を上げている人物がいた。


 その人物こそ、レイスの心もろとも恋愛フラグを叩き折った張本人。専属メイドのベルである。


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