第2話 初手からメイドの好感度が低いようです

「――イス様。レイス様!」


「……ん」




 遠くで誰かを呼ぶ声が聞こえて、万丈は目を覚ます。




 見知らぬ真っ白な天井。


 万丈は、どこかの家のベッドに寝かされているらしかった。




「ああよかった! お目覚めですか、レイス様!」




 にゅっと、万丈の前に誰かの顔が現れ、未だ半分夢の中にいた万丈は無理矢理に覚醒させられる。


 


 褐色のつやのある肌と、赤紫色の瞳が特徴的な20代前半と思しき女性。


 整った顔立ちと豊かな胸を、控えめなパレオとフリルで施されたメイド服が際だたせている。




 なんともまあ、文字通り目が覚めるような美人メイドだった。




「私のことがわかりますか? レイス様の専属使用人のベルです」




 ベルは、何かに急かされるように俺の顔を覗き込んでくる。




(いや……初見だけどどういう状況? それに、レイス様って……)




 万丈は、状況がのみ込めず顔をしかめる。


 それから、ふと横を見た万丈は、そこにあった鏡に映る自分を見て一瞬硬直した。




 白い髪、透き通るような銀色の瞳を持つ絶世の美少年が、そこにいたからだ。


 強いて言うなら、ちょっと目つきが鋭い……というか怖いだけで、これはイケメンの部類に入る。




 そこで、万丈はようやく気付いた。


 


(そうか。俺、あのクソ女神に嫌われて、準男爵家の人間に転生させられたんだ)




 とすると、万丈改めレイスということになる。


 そしてここは、準男爵家の自室なのだと、レイスは確信した。




 生まれ変わった先はイケメン少年。


 


(なんだよ。《恋愛フラグ折られる呪い》とか言っといて、ところどころ杜撰だなあの女神。こんなんじゃ、何もしなくてもモテちまうぞ?)




 レイスは、自分でも気付かぬうちに不敵な笑みを浮かべていた。




「あの……言葉、話せます? レイス様、二階の窓から落ちて、言語機能が……」


(おっと、メイドのことほったらかしだった。てか俺、二階から落ちたの!? どうしたらそんなことになるんだよ!)




 心の中で突っ込むレイス。




 まあともかく、心配してくれているメイドを不安な顔にさせたままというわけにもいくまい。


 レイスはベルの方を向くと、爽やかな笑顔で答えた。




「大丈夫だベル。ちゃんと覚えてる。心配してくれてありがとう」


「……え」


「え?」




 極力笑顔で答えたというのに、ベルはなぜか青ざめる。


 


(おいおい、なんだよその顔は。営業スマイルは俺の十八番おはこだぞ!)




 営業スマイルを女性に向ける微笑みと同義だと思っている男、レイス(中身は万丈)であった。


 


 それはともかく、誰がどう見てもこの状況はおかしい。


 心配させないように、とりあえず笑顔を向けるのは普通のことだ。


 なのに――




「どうした? 俺、なんかおかしなこと言った?」


「お、おかしいなんてものじゃありませんよ! どうされたんですか。普段はもっと荒々し――野性的ワイルドな態度を貫くレイス様が、こんな!」


(今この人、荒々しいって言いかけた)




 ここで、レイスは気付く。


 女神が仕組んだ呪いの効果だということに。




(微笑んだだけで怖がられるって、どんなだよ。既に元の好感度からマイナスなのか俺!)




 レイスは、事態の重さに頭を抱える。


 イケメンの微笑み=最強という常識が通用しない現実。


 こと、異世界でのヒロインはチョロインと相場が決まっているはずなのに。




(俺の異世界生活、初っぱなから鬼ハードモードじゃねぇか)




 だが、この程度の逆境でくじけてたまるか。


 それこそ、クソ女神の思うつぼだ。




「多少おかしいかもしれないが、身体に異常は無い。だからそう怖がらないでくれ。とって食うわけでもないんだし」




 レイスは、とりあえず気持ちを落ち着けて貰おうと、イケメンだけに許される行為(※万丈ペディア(万丈の独断と偏見で彩られた、胸きゅんフラグまとめサイト)調べ)堂々第一位である、『頭に手をぽん』を発動した。




「ひっ!?」


「……ひ?」




 イケメンにやられたら堕ちない女子はいない行動第一位(※何度も言うが、万丈ペディア調べである)をして、これ以上無いほど真っ青な顔で後ずさるベル。




「ゆ、許してくださいレイス様! 私にできることならなんでもしますし……なんでもあげますから! 命だけは!」


「いやカツアゲじゃねぇし!」




 《恋愛フラグ》を片っ端から折られる異世界生活。


 レイスの苦悩は始まったばかりだが――彼はまだ知らない。




 名実ともに最底辺の男としてスタートした“決してモテることの叶わない”はずの自分が、一周回ってモテてゆくことを。

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