女神に嫌われて《恋愛フラグを折られる呪い》をかけられた俺、一周回ってなぜかモテた件。

果 一

第1話 八つ当たりで、恋愛できない呪いをかけられたんだが?

万丈明ばんじょうあきら。性別男、享年は29――』




 目の前にいる女性が、手にした本をめくりながら朗々と話している。


 


「あの、誰っすか?」




 万丈明がそう口にすると、目の前にいる女性は本に落としていた瞳を、ゆっくりと万丈に向けた。


 ライムグリーンの瞳に、雪も欺く白い肌。


 純白のヴェールに覆われた身体は、女性的な曲線を引き立てている。




「ひょっとして、あなた女神とか――」


『――女神だけど、ちょっと話しかけないで、今仕事中だから』




 突き放すような言葉が、うす桃色の唇から放たれる。




「へ?」




 呆けたような万丈の呟きに重ねるように、女神は乱暴に本のページをめくった。


 なぜ、こんな訳のわからない現状になっているのか、万丈にはなんとなくわかる。




 ついさっき、万丈は死んだ。


 享年29と女性が言ったことからも、それは明白。


 そして、ラノベ好きだった万丈は知っている。




 要するにこれは、異世界転生の儀式。


 心優しい女神様にいろんなスキルを授かって、超最強主人公のハーレム大無双が始まる――その前座。




(お!? 若くして死んでしまったことを哀れんだ女神様が、俺に超強力なスキルと魔法を授けてくれて、俺の主人公最強ハーレムファンタジーが始まっちゃう?)




 期待に胸を膨らませる万丈の前で、女神は静寂をつんざくように「は?」と声を上げた。


 右の眉が、ぴくりと上に上がる。




『――死因……ハーレム死ですって?』


「……ん? ハーレム……なんで?」




 万丈もまた、女神の口からこぼれた言葉に眉をひそめる。


 何を隠そう、生涯独身のままだったからだ。




『取り繕っても無駄よ。この『人生の書』が示す言葉は正確なのだから。見なさい下郎』


(いや下郎はないだろ、下郎は)




 心の中で文句を言いながら、万丈は突き出された書面を見る。




「――午後五時二十七分、自宅で複数人の女性に看取られながら鼻血を吹いて死に至る。――いやなにこれ?」


『なんともまあ、お気楽な死に方ね。ふっ、ざまぁないわ』


「いやもうちょい言葉取り繕え! こちとら死人だぞ、せめて女神の体裁くらい守れよ! それに、このハーレム死はいろいろ勘違いだ!」




 万丈は、勢いよく『人生の書』を地面にたたき付けた。




「いいか! 俺は生まれてこの方一度も女と付き合ったことはない! 彼女いない歴=年齢のキングオブDTこと万丈明様だ!」




 自分で言っててHPがゴリゴリ削られていくのを感じながら、万丈は反論する。




「俺を看取ったのも、五つ下の妹と、偶然遊びに来てた妹の友人だ! 鼻血を吹いたのは、顔面が倒れてきたタンスの下敷きになったからだ! 勝手に曲解するな!」




 嘘偽りなくそう答えたが、女神はまるで生ゴミでも見るような目で万丈を見下ろし、呆れたように言った。




『黙りなさい下郎。事実がどうあれ、大勢の美人に看取られながら死ぬなんて有罪よ、有罪。人生嘗め腐ってるわ、本当に』


「いや知らねぇよ! てか、それ俺と同じ境遇の人間全員に喧嘩売ってるからな!? 絶対九割型あんたの私怨だろ!」


『ええ、そうよ』


「認めちゃうのかよ! もう誰かこいつ解雇しろって……」




 万丈は、真っ白な天を仰いで嘆く。


 それくらいメチャクチャな理論を、女神が言っているのも事実ではあった。


 


『私はね、もう長いことこの場に留まって一人寂しく転生の儀式を行っているの。だから、死ぬ間際までいい思いをしていたヤツは許せない』


「……絶妙に重い話を引き合いに出すのやめろ。同情しちゃうだろうが」


『ふん、同情なんかいらないわ。あんたはこれから、私と同じ絶望を辿るもの』


「? 一体どういうこと?」


『散々いい思いをしたあんたにプレゼント。異世界に転生させるとき、《恋愛フラグが片っ端から折られる呪い》をかけておくから』


「は……」


『ついでに、転生先は世間からの評判最悪の準男爵家にしとくわね』


「はぁっ!?」




 突然につきつけられた、あまりの理不尽。


 万丈は思わず素っ頓狂な声を出し、女神に一歩詰め寄る。




「ちょっと待て! だからハーレム死はただの勘違いだって言ってるだろ! なんで二度目の人生までDT貫かなきゃいけないんだよ!」


『それは……そうね』




 女神は一瞬考えるように細い顎に指を添えて、にっこりと笑って言った。


 ――これ以上ない、残酷りふじんな言葉を。




『私の憂さ晴らし』




 ドンッ!


 突然、真っ白だった足下の床が口を開け、奈落が姿を現す。


 当然、背中に羽根など付いていない万丈が、どうにかできるはずもなく――




「ただの八つ当たりだぁあああああああッ!」




 絶叫を残して、万丈の姿は奈落の底に消えた。

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