5-3
「シディー!!」
骨のない人形のように力なく落ちていく妹の姿が、兄の目にはパノラマ写真のように見えた。
はやくお母様のところに行かないといけないと思うが、足がガクガク震えて動かない。
「僕のせいだ…僕の…」
妹から取り上げた本を握りしめながら、何かに取り憑かれたように呟く。
しかし、ほどなくしてケイデルは川の異変に気づいた。
ちょうど妹が落ちたあたりの水面から、波紋が広がっていく。
その川の底から巨大な樹氷が、氷床の破れるような音を立てながら生えてきて、シンシアの体を水の中から持ち上げた。
「シディー…」
血の気のない白い顔をして目を閉じているシンシアの心臓のあたりに、青い光が輝いていた。
ーーー
目を覚ますとシンシアの部屋のベッドだった。
どうやら今回は生き残ったらしい。
部屋の中は暗く、ベッドの傍に置かれたランプの黄色い光が淡く照らしている。
隣に座っていたシンシアの母親は、僕が目を開けたのにすぐに気がついて、「良かった」と抱きしめた。
その横にはベッドの上に伏せて、僕の本を枕にして眠っているケイデルがいる。
ケイデルは母親が妹に話しかける声で目を覚ますと、まだぼんやりとした声で、「シディー…ごめんなさい」と言った。
泣いていたのか、目は赤く腫れている。
本当に弟みたいだな。
まあ、僕もムキになって追いかけたりしなければ良かったし、体が弱いくせに夜更かしばかりしていた所で急に走ったのがいけなかったんだろう。
「いいよ、気にしないで」
そう言うと、シンシアと同じ青い目にみるみる涙がたまる。
「ごめんなさい。シディー…助かってよかった」
「良いってば…大丈夫だから」
あっという間に泣き始めてしまった兄に、どうしていいかわからない。
「ほんとによかった、魔法かっこよかったよ」
「魔法?」
僕が聞き返すと、ケイデルは涙を拭いながら頷いた。
「川の底から氷がどーんって…あれ、シディーの魔法でしょ?」
「え…」
僕が魔法を?
今までマナの感覚すらわからなかったのに?
試しにいつもの修行のように、マナを感じ取ろうと集中してみる。
すると、確かに自分の心臓の辺りに、ほのかに力強いコアの存在を感じた。
ーーー
翌日は授業の予定だったが、母親とサラを始め全員に「大人しく寝ておけ」と諭されていた。
しかしネイピアは休みのしらせを聞いて、それなら見舞いにと予定通りやってきた。
ネイピアが来て真っ先にマナがわかるようになったことを報告すると、やはりネイピアは自分ごとのように喜んだ。
「だけど、試しに魔法を使ってみようとしてもどうしてもできないんだ。ケイドは僕が昨日氷の魔法を使ったって言ってたんだけど、覚えてないし…」
「そりゃあ、コアを作るのと魔法を使うのはまた別の話よ。昨日は火事場の馬鹿力ってやつで、魔法をコントロールするにはこれから練習しなきゃね」
昨日死にかけてラッキーだったのかもしれない。
無理にでも魔法を使って、それをきっかけにマナの感覚を覚えたんだ。
こんなことならもっと早く死にかけておけば良かったか?
そんな僕の内心を察したのか、ネイピアは言った。
「そもそもコアが集まっていなかったら魔法は使えないはずよ。今までマナの感覚はわからないにしても、集めることはしっかりできていたってことね。よく頑張ったわね、シディー」
無駄じゃなかった。
間違ってなかった。
修行を初めてから今までずっとつかえていたものがやっと溶けたような気がする。
僕は布団に少し顔を埋めてから、なんでもない顔でネイピアに「ありがとう」と言った。
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