5-2
翌々日はシンシアの誕生日だった。
貴族の誕生日と言うと盛大なパーティーでも開くようなイメージがあったが、この国では、特に子供の場合身内だけで祝うことが多いらしい。
シンシアは少し前まで病気がちであまり遠出したことがなかったので、両親は休みを取って家族でピクニックをすることになった。
遠出と言っても屋敷から馬車で数十分ほど行った湖のほとりだ。
木の下にシートを敷いて、そこでサンドイッチでも食べるのかと思ったら、家族がそこで休んでいるうちに、屋敷から連れてきたメイドたちが簡単なテーブルと椅子を用意し、その上に白いテーブルクロスをかけて食器を並べ、外とは思えない豪華な食事が用意された。
僕はサラに手伝われながらクッションで底上げした椅子に座る。
普段の食事は部屋でとっているから、こうしてシンシアの家族と食卓につくのは初めてだ。
こんな食事は前世も合わせて初めてなものだから変に気が張ってしまう。
テーブルマナーは母親の見よう見まねだが、兄の様子を見る限り4歳にしては及第点だろう。
その兄、ケイデルは、まるで今日の主役は自分ですと言わんばかりに、最近の剣の稽古でできるようになったことなどを食事中ずっと両親に話して聞かせていた。
幼さゆえのことだろうが、これでは兄と言うより弟のようだ。
一方の僕は、まずマナーに気を取られてお喋りどころではなかったし、何か話すにしても女の子の喋り方が分からず、ほとんど相槌を打つばかり。
そんな長い食事が終わる頃に、両親が呼んだ画家が到着し、さっきシートを敷いた木の下で家族四人並んで記念の絵を描くということになった。
僕は一昨日の授業後に、ネイピアが誕生日プレゼントとしてくれたマナに関する本を読みながら、画家の下書きが終わるのを待つ。
正直集中して修行ができないなら少しでも勉強をしていたかったので、この状況はむしろ好都合だ。
兄は早く遊びに行きたいようで、まだ終わらないのかとさっきからしきりに母親に聞いているが、そんな童心は僕にはない。
その声を聞き流しながら読んでいると、もう後半の各属性のマナの応用についての章に入ってしまった。
僕は水の闇と土の闇が多いから、氷や硬いものの造形が得意なようだ。
と言っても、そんな段階にまで果たして辿り着くことができるのだろうか。
一昨日から迷っている。
果たしてこの道に進んで本当に良いのかどうか。
その度に、男に戻るにはこうするしかないという結論に達し、結局修行は続けているが。
「シディー、それは魔法の本かしら?」
「あ…はい」
急に母親に声をかけられ、戸惑いつつ頷いた。
気がついたら画家の下書きは終わったようで、兄はどこかに行ってしまっていた。
「シディーは偉いなあ。もし男の子だったら将来偉い人になってただろうに。ケイドも少しは見習ってほしいよ。」
そんなことを言って、悪びれもせず父親は笑う。
男の子だったら、か。
実際自分の娘が本当に男になったら、この人はどんな顔をするんだろう。
そんな父親をよそに、母は優しい手で娘の髪を撫でながら言った。
「好きなだけお勉強すると良いわ。だけどシディーが体を壊してしまわないかお母様は心配なのよ…無理はしないでちょうだいね」
紫色のきらきらした瞳が僕を見ている。
母親も屋敷の管理などの仕事があるからあまり子供部屋に顔を出さないが、サラから最近の僕の様子を聞いて心配していたのかもしれない。
僕はふと、前世の両親のことを思い出した。
あれほど僕の大学受験を応援してくれていたお母さんは、その合格発表当日に僕が死んでどれだけ…
「シディー!まだそこにいるの?一緒に遊ぼうよ!」
ケイデルの声だ。
「本が読みたいの」
そう言って適当にあしらおうとすると、その本をケイデルが取り上げた。
はっとする妹にドヤ顔を見せると、本を持って走り出す。
「おい待て、ケイド!!」
ああもう、このクソガキめ!
僕は仕方なく追いかける。
しかし体力の差が大きすぎて、全然追いつく気配がない。
「本返せ!バカ兄貴!!」
遠くに見える兄に向かって大声で叫ぶ。
「女の子がそんな言葉つかっちゃいけないんだぞ!」
ああ、うざい、まじでうざい。
必死に追いかける妹をからかうように、ケイデルは時々わざと立ち止まりながら、どんどん川の方に向かって走っていった。
そして、子供が普通に落ちそうな手すりもない橋の上に行く。
「バカ、そこは危ないって」
だけどケイデルはそんなこと全く聞かずに橋の向こう側に向かって走っていくから、僕もそれを追いかけた。
病弱な4歳の女の子だ。
それほど体力もなく、もう足がふらふらしている。
あ、これ流石にもう無理だ。
僕は本のことは諦めて引き返すことにした。
そして後ろを向うとした瞬間、めまいがして目の前が真っ暗になる。
全身から力が抜け、足が崩れた。
「シディー!!」
ケイデルの叫び声。
足首に何か当たった気がする。
体は倒れているのに、地面につく気配がない。
あれ、これ落ちてる…?
気づいた時には水の中に突っ込んでいた。
鼻が痛い。
川の味がする。
重く動かない体を、水を吸ったドレスが底に向けて引っ張っていく。
これ、僕また死ぬんじゃ…
死ぬ…
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