2-4

今日の朝から新しい先生が来るらしい。


どうせこれも花嫁修行ってやつだろう。


真面目にお勉強するのなんてやめて、いっそのこと問題児になってしまえば嫁に行かなくて済むんじゃないか。


僕はなるべく早く起きると、サラが来る前に寝間着のまま人目を盗んで庭に出た。


石畳の道の両端に白桃色のバラが並んでいる。


その道を抜けると、おそらくこの庭の中心の噴水が見えてくる。


僕はもう一度まわりを見渡して人のいないのを確認すると、噴水を囲む白い石によじのぼり、靴をそこに脱ぎ捨てて、そっと水面に足をつけた。


朝だからまだ気温は低い。


足先をつけただけで全身震えたが、少しずつ慣らしながら水に入る。


噴水の縁に座って膝まで入り、つかまりながら慎重に水底を探した。


噴水は浅いが、3歳児では腰の上辺りまで浸かる。


目を瞑って頭まで潜った。


すぐに水から上がると、髪からポタポタと水滴が垂れる。


ネグリジェの薄い生地が肌に張り付いてちょっと気持ち悪い。


「用事」が終わった僕は噴水の外側に振り返り、その縁に肘を持たせかけた。


さすがにこれで授業中止かな。


そのまま湯船にでも浸かるような姿勢でぼーっとしたり、足をバタバタさせてみたり、ネグリジェの中に空気をためて遊んでみたりして「待って」いると、やっとサラが来た。


「びしょ濡れではないですか」とか何とか言うサラは、今までお嬢様を探し回ったのか若干息が荒い。


ご苦労ご苦労。


「先生、申し訳ございません…その、水に入っていたようでして…」


サラは振り返ってバラの花壇の向こうの誰かに言った。


よく見るとバラの木の上に白い日傘が覗いている。


先生までわざわざ探していたのか。


その人は「構いませんわ。一度ここでご挨拶します」と言うと、こっちに向かってくる。


空色のドレスが低木の緑を抜けて現れた。


女性にしては背が高いような気がする。


肩のあたりまで紅梅色の髪がかかっているが、顔は日傘でよく見えない。


その人は噴水のそばまでくると、屈んで僕と目線を合わせた。


ドレスと同じ色の瞳と目があった。


若い令嬢が柔らかく微笑んでいる。


「ネイピア・ジェネトーレです。これからよろしく」


差し出された白い手を仕方なく握った。


どうやら授業はびしょ濡れになったくらいじゃ中止にならないようだ。

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