2-3
「シンシア様!何をなさったのですか...!」
僕を見るなりアンは開けたドアの前に立ち尽くした。
息でかすれた声は震えている。
僕は日の暮れた部屋で明かりもつけず鏡の前に座り込んでいた。
足元には長い黒髪が散っている。
「邪魔だったんだよ。似合うだろ?」
笑いかけても、逆光のせいでアンの顔は見えなかった。
ーーー
日の落ちた部屋に灯りをつけると、サラはソファーに掛けている先生に紅茶を入れ直そうかと尋ねた。
先生はそれを断ると、膝に置いた手を組み直す。
その指先は少し強張っているようだ。
初夏の日没。
本当なら既に授業は終わり、今頃は帰りの馬車に揺られているはずだった。
しかし行方不明のシンシア嬢が見つかるまでと、先生は頑なに待っていた。
アンが部屋に入ってきた。
額には汗が滲んでいるが、頬は白い。
「シンシアお嬢様はお部屋に戻られていました」
サラは深いため息をついた。
一方のメアリーは眉ひとつ動かさず訊ねた。
「お怪我などはございませんでしたか」
「はい…しかし、その…ご自分で髪を切られたようで…」
メアリーは顔を俯けた。
眉間と頬の皺に深い影が刻まれる。
「私のせいね…3歳の子に厳しすぎることを言ってしまいました」
「先生、そんなにお気になさらないで下さい。私たちもシンシア様にはどう接して良いのか時々わからなくなります。まるで大人のようにお話するものですから、3歳の子供だということを忘れてしまって…」
そんなサラの慰めの言葉もきかないのか、先生は堅い顔のままアンを振り返った。
「シンシア様とお話しできるかしら」
「私が先ほどお部屋でお話しした時は1人にしてほしいとおっしゃっていました。今はそのようにして差し上げた方がよろしいかと思います」
深刻な表情の先生を案じながら、サラは言いにくそうにしながら、「その…シンシア様に授業というのはまだお早かったのかもしれません」と切り出した。
「確かにシンシア様は年にしては特別に優秀ではありますが、心の方が追いついていらっしゃらないのでしょう。先生が気負われることはないのです。奥様の方にも私からそのように申し上げておきますので…」
サラは顔色を窺うように先生を見る。
先生はしばらく表情も変えず考えている様子で、見ている二人は気を悪くされたのではないかと落ち着かなかった。
「そうね…シンシア様には私のような者では不足かと思います」
沈黙の後先生は言った。
乳母と侍女はやはりお嬢様の不機嫌に責任を感じられていると慌てたが、それを置いて先生は続ける。
「あのような特別な子には、理解してくれる大人が必要です。そのような方に一人心当たりがありますわ。私からご紹介しますので、奥様にお伝えしてもらえるかしら」
サラは意外な提案に畏れながらも、「そのように致します」と返事した。
出会ってまだ数時間しか経っていない、しかも自分に無礼を働いた令嬢をこれほど気にかけるような先生で、なぜ不足なことがあるのかとサラは思った。
メアリーの目は何か懐かしいものでも思い出すかのように、蝋燭の暗い灯りを映して輝いていた。
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