1-4
部屋に運ばれてきた簡単な食事を済ませると、ようやく1人。
僕は穏やかな午後の空気が流れる自分の部屋を見渡した。
見覚えが全くないわけではない、勝手もなんとなく知っている部屋だ。
兄の名前も両親の名前もなぜかわかるし、記憶だけでなく家族特有の気の知れた感じもあった。
多分、この少女は全くの他人ではない、どころか、これは「僕自身」なのかもしれない。
つまり、あの交通事故で「僕」は死に、このシンシア・アデレートに生まれ変わっていた。
そして何か…3日寝込んだ熱なんかがきっかけになって、「前世」の記憶が戻ったのか。
しかしそれには不可解なことがいくつかある。
まず、ここは明らかに「前世」の現代とは違う。
この屋敷からして中世だか近世の貴族の家のようだ。
それなのに、言葉は「前世」のものとほとんど同じだった。
過去に転生した…なんてことあるのか?
僕は自分の部屋を出た。
幸い廊下には誰もいない。
目覚めて以来部屋を出るのは初めてなのに、どこにどんな部屋があるか、くらいはぼんやりとわかった。
この階の突き当たりには書斎がある。
少し歩いただけで息が切れる柔な体を、重い書斎の扉にもたせかけるようにしながら部屋に入った。
背表紙も全て問題なく読める。
僕は歴史書らしい分厚い一冊を一番下の段からどうにか引っ張り出して、出鱈目にページを開いた。
「ソフィア王国」という前世では聞き覚えのない王国の建国神話からこれまでの歴史が、前世と全く同じ言語で書かれている。
つまり、ここは前世には存在しなかった国でありながら、前世と同じ言葉を遣い、前世における中世だか近世のような文化をもつ。
前世と同じ世界線とは思えないが、前世と全く無関係な世界でもないだろう。
つまり、ここは前世の世界で作られた創作物の中?
ラノベなんかでよくある、ゲームだか小説の中に転生しちゃったとかそういうやつ?
だけど僕が知ってるそういうのって、主人公とか悪役令嬢だかに転生して、未来を変えようとして頑張るとかそういうのなんだけど?
仮にモブだったとしても先の展開を読みながら予言者みたいな立場で無双するんじゃないの?
しかし「シンシア・アデレート」も「ソフィア王国」も全く聞いた覚えがない。
それともこの「キャラ」も王国も物語の本筋と無関係すぎてわからないだけなのか?
この世界についていろいろ知れば、ここが何の物語の中なのか分かるかもしれない…
そう考えて、とりあえず足元の歴史書を読みこんでみようとすると、書斎の重い扉が開く音がした。
「お嬢様、ここにいらっしゃったのですね…」
アンの声は疲れているようだった。
僕が急に部屋からいなくなったものだから、慌てて探したのだろう。
「ごめん、ちょっと本が読みたくて」
「本?喋れるようになっただけじゃなく文字まで…って、そんな難しい本を!?」
…そうか、この世界で僕はまだ3歳。
前世と同じ知能を持っているというだけで、十分無双できるのでは?
「シンシア・アデレート」が前世の僕以上の神童として持て囃されるのに、そう時間はかからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます