1979

水の流れる音が聞こえてきて、彼は目を醒ました。

窓からは、陽の光は全く感じられなかった。まだ夜は明けていないようだ。

彼が反対向きに寝がえりを打って手を差し伸べてみたが、ベッドで隣に寝ていたはずの葉子の姿が消えていた。

寝室を出て、廊下を歩くと、常に鍵が掛かっていた突き当りのドアが開いていた。その先は真っ暗闇で、何も見えないが、不思議なことに、水の音は、そのドアの向こうからから聞こえてきた。

外に通じているのだろうか?

隣の部屋にあった蝋燭に火をつけ、それを手にして、彼は吸い込まれるように、そのドアの中に入っていった。その際にドアに触れてみたが、分厚い鉄製のドアで、遮音性が高いことを伺わせる造りになっていた。

ドアの先は、石の階段で、それは下に向かって螺旋状に続いていた。地下に向かっているようだ。

彼はその階段を下りて行ったが、次第に、水の流れの音が大きくなっていった。

下の方から、薄明かりが漏れてきていた。それを頼りに、彼は階段を降りて行った。

そして、灯りのある場所へ着いたが、その灯りは、懐中電灯から発せられていることが分かった。その横に、葉子が、硬い石づくりの床の上に、無表情で正座していた。そして、彼の方へと視線を向けた。

床面は水でぬれていて、湿気が充満していて、肌寒かった。

葉子の隣には、水がたまった風呂釜より一回り以上大きい貯水槽があり、懐中電灯がぬれた壁面に至る所で反射していて、その反射光が水面でさらに反射して、彼の目に入った。とにかく内部は暗闇だったので、その中ではわずかな光でも、ひどく眩しく感じられ、彼は手でその光を遮った。

次第に目が慣れてくると、彼の右側には水が小川のように流れているのが分かった。水は石段の隙間から、溢れるように流れ出てきて、その流れが貯水槽に溜まっていった。その貯水槽から流れ出た水は、下流側の石段の隙間に吸い込まれていった。

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