1979

八ヶ岳山麓の、夏の山荘。

葉子は柏葉均を連れてこの山荘に来てから、間もなく1か月が経とうとしていた。俗世とは隔絶されたこの山荘の環境は、絵の制作にあたっては、最善の環境だと、葉子には思えた。

作製場所は、リビングの隣にある八畳程度の北向きの部屋で、本来は寝室として使用していたのだが、それを絵画作成の部屋に模様替えしたのだった。

そして柏葉は、ついたその日から、早速葉子をモデルとした裸体画の制作に取り掛かった。

実は葉子にとって、モデルを務めるのは初めてではなかった。かなり以前に、デッサン会もモデルを務めたことがあったのだ。彼女自身も油彩画作成が好きだったし、美術の道に進みたいと思っていたこともあったので、自身がモデルを務めることも、勉強のうちだと思っていた。ただし今回に関しては、均のモデルになりたかったというほうが、動機としては正しい表現だし、今後、他の画家のモデルになることはないと決意していた。その決意が破られるようなことがあるのは、均以上の画家が現れたときか、あるいは、彼とは対極の特性を備えた人物が現れたときかもしれない。

そして、絵の完成までは、絵を見ないと決めたのは、葉子自身だった。

葉子の運転により、麓の店まで食料品や生活必需品の買い出しに出かける以外は、ふたりは絵の作成に没頭していた。裸のまま、長い時では一日八時間以上、立ちっぱなしで動かないままでいることは、かなりの苦痛を伴うように思えるかもしれないが、不思議と、葉子はその間、一度も辛いとは思うことは無かった。

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