第11話 国王の誓い

15世紀 朝鮮王朝

景福宮キョンボックン城外

女官生家


「こんなところへおいでなすってはなりません、殿下チョナ


 寝所でうっすら目を開けてヒョンヒは世宗大王セジョンテワンにやっとの思いで口を開いた。


 「しかも紅竜袍(皇帝・皇太子の視務服)ではなく、そんな庶民のトゥルマギなんぞお召しになって、作法に叶いませぬ。何としたことか・・。勤政殿クンチョンジョンでのご政務のお時間ではないですか、ああ、なんと・・嘆かわしや」


「体に障るではないか、口を閉じよ」


「いいえ、かまいませぬ。このヒョンヒは、も、も、もう長くはないでしょう」


「だからこうやって忍びで会いに来たのじゃ」


大王は彼女の手を取ってにぎりしめた。


「私なぞに構わず、御政務を、どうか民草のために、勤政殿にお帰りを」


「もうこれで最後じゃ。そなたがいたから私は王位に就けた、そなたの予言を信じたのじゃ。


 あの今日と同じような晩秋の寒空の下、幼い私に言ったではないか。王位につき、訓民正音フンミンジョンオンを私が作ると」


「ええ、申しましたとも。殿下がそれに相応しい方だと信じてましたから。だから、だから・・・」


「だから私は集賢殿チッピョンジョンを創設し、学者を集め、我が国が誇るべき民草が使う文字を作ることができたのじゃ」


「それと韓法医学書、医方類聚も編纂されて、私たちのようなものが飲む薬も・・」


「そうじゃ、ここにその訓民正音と医方類聚を一冊ずつ持って来た。もう長くはあるまいことは私がよく分かっておる。一緒に、わかるな」


「ええ、こんな、こんな大事な書籍を私のようなムーダンのために」


「そうじゃ、持っては帰らぬぞ。これを道連れに持って行け」


「ああ、何と言う優しいお方なのでしょう。実は最近夢を見たのです」


「ほお、どんな夢じゃ」


「それはずっと先、もう何百年も後のことでございます。殿下と私はまた別の場所で巡り会うのです。おそらく異国、中華か日本の都であると思われます。その時、私は一人の少女を助ける。


 そしてその少女が殿下を私の元へ連れて来るのです。あなたは異国で何か大きな事業をなさろうとしている。周囲には沢山西洋の異人達がいて、この朝鮮王朝の発展のため、偉業を再び、再び・・・」


 「もう話すでない、実は私もそのような夢を最近見たのじゃ。その時少女のためにそなたは大変な苦難を背負うかもしれないと。しかし、私は今未来永劫にヒョンヒのことを守護しようぞ。私に勇気と展望を与えたそなたを必ず、必ず守って見せようぞ」


年老いた退役女官は微笑んで眼を閉じた。国王はその手をいつまでもしっかり握っていた。


つづく








  










      



 










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