第2話 パパ活少女とコリアンムーダン

現代 東京、新宿

夜11時

路地裏ウイークリーマンションの一室。


「ほら、早く」


アリシアは紺のソックスを踝に伸ばしつつ右手を出した。

小太りの中年男がベッドの上、山のように出た腹を上に向けている。


「ほら、もう出て行ってよ。BBが帰って来るからよ」


BBというのはビッグブラザーの縮約形だ。この部屋の所有者で、身寄りのないアリシアがカラダを売る時に貸してやっている。その代わり、3割のコミッションを要求されるのだ。


オトコは急かされると一万円札二枚をアリシアに握らせた。


「テメエの汚ねえチンポ散々しゃぶらせといてこれかよ、もうこんだけ」


アリシアは左手の5本を示した。もう五千円と言いたいようだ。


「話が違うじゃねえかよ」


オトコは口をとんがらせて抵抗する。その瞬間アリシアは二万円を左手に持ちかえ、サイドテーブルにあったオトコのスマホを右手で取り上げ、履歴を見る。


「おっと、オフにしとけよな。会社に言ってやろうか、ムギタさんは少女とエッチしてましたってさ、


それも5回目だったっけ、ムギタさんはミニスカ少女の大ファンなんですって。

前回はシミ付きパンツもプレゼントされましたってよ」


オトコは激昂し、アリシアの右腕を掴む。アリシアはスマホを部屋の隅に投げつけ、オトコの右手を掴んで後ろに捻る。そしてオトコに馬乗りになり、太った首を右脚の膝で抑えつける。


「いてテテテ、やめろ」


「ムギタよお、払うのか、どうなんだよお」


「払います、払いますから、やめてください」


「払うんだな、逃げたら痛い目喰らうぞ」


「払いますから、ゴホホホ」


咽せたムギタをやっとの思いで解放したアリシアは無事五千円を手に入れた。


「毎度ありがとうございます、お客様」


アリシアはわざとらしく大仰な礼をした。


「出てけ、ハリーい、アップ」


盛場で覚えた英語はインバウンド仕込みの本物だ。


オトコはそそくさと落ちたスマホを惨めに拾い、皺くちゃのビジネススーツを着ると指で指されるドアの方向へ逃げて行った。


「ふう」


ため息をつく。


BBに電話すると入金の指示が出た。アリシアはアプリで入金しながらエレベーターを降り、広場に向かう。今夜も新宿の広場は魑魅魍魎で溢れている。


髪を紫に染めたエレナは何かの薬でラリっている。


「おお、アリーシア、この悪魔ちゃんの店行かない?」


エレナが腕を回している先に、金髪で悪魔の角をつけたメンズコンセプトクラブのキャストがニヤけている。目に入れた青いカラコンに新宿のネオンが写し出されると本当の悪魔野郎だ。


かのリドリー・スコットが名作ブレード・ランナーを思いついたのが新宿の街だったってよく分かる。天才は違うぜ、笑みが溢れる。


「いかねえよ、アタシは推し活なんてしねえんだ。パパ活の金はもっとでっかいコトに使うんだからよ」


エレナの体を避けようとした時だ。アリシアは広場に巻き起こりつつある奇妙な一方向の人流に気がついた。


「ポリだ、私服のヤツら」


そう小さく呟くとエレナの手を取って広場を逆方向に走り出した。


「バイバイ、デビルマン」


手を振りながらカラコンのキャストに叫ぶ。広場を通り過ぎ、右手の路地に入った二人は角のコンビニに紛れ込む。


深夜だというのに、コンビニはサラリーマンや学生で満ち溢れている。


「はあ、はあ、もう大丈夫だよ」


アリシアがそういうと、エレナはまだ虚な目をしている。


「いつまでもアスピリンでラリってんじゃなねえ、これでも飲めよ」


アリシアはミネラルウオーターを棚から取ってレジに進んでゆく。その時、アリシアの腕が誰かとぶつかった。


「あ、ごめんなさい、痛かった?」


アリシアはそう言って見上げるとそこにはピンクの上着チマ、と純白のスカート、チョゴリを着たコリアンらしき上品な初老の女性が微笑みながら立っていた。


髪は白髪混じりで後ろにキツく結え、整えている。ほっそりとした顔、整った眉、上品なピンクで塗られたリップは彼女が女優のような美人であることを示していた。


「いいのよ」


女性は微笑みながらそう言うと右手にコンビニの袋を抱えて出て行った。


アリシアは買ったミネラルウオーターをエレナに飲ませる。ごくごくと乾いた喉を潤すエレナ。


最後の一滴の後、大きな息を吐き出したエレナは楽になったと言う。

二人で出てゆくとちょうど目の前に先ほどのコリアン女性が立っていた。


「あなた、さっきぶつかった彼女」

「え?アタシ?」

思わず自分の鼻を指さす。

「そう」


「あなた、あなたに話があるの」

「え、さっきのことですか?」

女性は被りを振った。


「アタシの名はソヒョン、韓国から来た占い師。あなたにとっても大変なお話があるの」


「大変なお話って?」


「アタシの店来る?どうせアンタ帰るとこないんでしょ。韓国料理店もやってるからタダで食べさせてあげるよ、

そっちの彼女も一緒に来て。ご飯は食べていいよ。


あなたの方、あなただけにしないといけない話があるの」


つづく
















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