GO TO HELL 殺人鬼を地獄へー痛快活劇。

山谷灘尾

第1話 GO TO HELL ー 序章

14世紀末 朝鮮王朝 ソウル

景福宮キョンボックン、 

康寧殿カンニョンジョン


空が晴れ渡り、この国の晩秋に相応しい冷たい風が吹いている。

それをものともせず一人の幼い少年が宮殿の石段に座って、大声で漢籍を素読している。


世子セジャではないらしく、包の色は青ではなく小豆色である。

それが晩秋の冷風に煽られている。


「子の曰く、学んで思わざれば即ちくらし。思うて学ばざれば即ち殆うし」


大君様テグンニム忠寧大君様チュンジョンテグンニム

ひとりの清楚な宮女クニョが青いスカートをたなびかせて微笑みながら

近づいてくる。


王子は見上げる。


「あ、ヒョンヒ、なんだい、私に何か用か?」

「いいえ、用などではございません。いつもお勉強ばっかりなさって感心しているのです」


「学問があればこそ、この朝鮮の王族として民を知り、将来は殿下チョナに助言もできるというもの」


「今日は誰も回りにいないから私からテグンニムに秘密のお話があるのですが、これはチョナにも世子セジャにも決してお話にならぬよう、約束できますか? 


あなた様は聡明でいらっしゃるのでいつかお話ししようと思っておりました」


「する、するともさ、早く言ってよ、ヒョンヒ」


「それでは申し上げます。今後一切このことはお口にされずに、学問に精を出されるように申し上げます」


「ああ、ヒョンヒ、もったいぶらないでよ、なんなんだい、ほら、ほら」

「あなた様は」

「ワタクシが」

「将来」


「将来、なんだよ、将来」

「この偉大なる朝鮮王朝最高の名君になられることになる」


「はあ?」


「あなた様は、朝鮮王朝に燦然と輝き、未来永劫に渡って民が褒め称える大王となられるのです」


「ヒョンヒ、具合が悪いか、どうかしたのか?」


ヒョンヒは大きく被りを振った。


「いいえ、私は真のことを言っているのです。テグンニム、あなたは・・・」


「無礼者、畏れ多くも今の世子セジャがおられるのに、なんたることを」


「お聞きなさい」


ヒョンヒの声は一際高く大きくなった。

幸いにも11月の樹々を揺らす風音が全てを消し去ってくれる。


「いまこの国は明国に従属し、周辺の大国に挟まれて汲々としている有様。しかし、今のセジャ様は王となって我が国を支える力はないと私は見ています。


私は先日夢を見た、それは巫堂ムーダンとしての我が力がそうさせたのです。


あなたは景福宮の勤政殿で王の赤い包を身に纏い、学者たちを集めて文字を作っていらっしゃるのです。我が国に大勢いる漢字ハンチャが読めない者たちに学問を授けようとしてね」


「文字を?」


「そうです、我が国独自の誇りある文字を」


「では漢字はどうなる?明国の文字を使わずに我が国の文字しかなければ文明なき国と侮られようぞ」

「あはは、ご心配なく。その漢字を皆が読めるように読み方の音を示す文字なのです」


「それはどんな文字じゃ、漢字のように難しいのか?」

ヒョンヒは再び大きく被りを振った。

「いいえ、丸や四角や縦棒、横棒でできた不思議な文字なのですよ」


「へえ、不思議だな、そんなの。でも民には分かりやすそうじゃ」


「それだけではありません、テグンニムは天体観測の施設を作り正確な暦を定め、そして法律を整え、明国に負けぬ高度文明国をお築きになるのです。そして何百年の後も少年少女たちは学問所でテグンニム、いや大王テワンとなったあなた様の偉業を習うのです」


「そんなことがありうるのか、私はチョナの三男に過ぎぬのじゃぞ」


「今はお信じになれなくとも、そのうちご自分の運命がお分かりになることでしょう。

ですから、その学問を続けられるのです。万事はこの朝鮮の民百姓のため、よろしいですね」

「ヒョンヒ、わかった。王になろうともそうでなくとも学問は大切じゃ。今日は大義であった。もう行くが良い。人目もあろう」


「はい、ではテグンニム、何卒このことは一切お口にされぬよう」


「うん、わかった。ヒョンヒ、寒いから体を労われ」

ヒョンヒは顔一杯の微笑みを浮かべて木枯らしの中去って行った。


つづく

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