第二章 現実と真実と嘘(1)

次の日の夕方、やはり私が仕事から戻ると二人の刑事が玄関の前で待ち構えていた。

角刈りと研究員。二人ともどこにでもいるビジネスマンと同じスーツを着ているのに「刑事」だと分かる。相手の本心を見抜こうと無意識に眼光が鋭くなるからだ。営業マンには営業マンの、宗教の勧誘には勧誘の、独特の共通する雰囲気がある。

「お話、聞かせてもらえますかね?」

あれしきのことで、と言わんばかりに研究員の方が口を開いた。片方の口角をほんの少しばかり持ち上げ、笑っているつもりは本人だけという嫌味な笑い方をして。

私がゆっくり頷くと、後ろに控えていた角刈りが警察手帳を私に見せる。慌てて同じように研究員も胸の内ポケットから手帳を出して私に提示した。

もう一度私が頷くと「隅田すみだです」「楢岡ならおかです」と二人がほぼ同時に名乗った。

どうやら角刈りが隅田、研究員が楢岡という名前らしい。

昨日は気が動転して二人の刑事を見比べる余裕もなかったが、改めて目の前に立たれると隅田の方は体格が熊凝とよく似ていた。がっしり、という表現をもう少し詳しくするならば筋肉質ということだ。お腹の辺りは年相応に出ているだろうが、脂肪で太っているという感じはない。首が太く、若干猫背で肩幅も大きい。熊凝の方が見た感じ若そうだと思っただけだ。

もう一方の楢岡はひょろっと背が高く吊り目で、隅田と対照的に細身の若い男だった。私が「研究員」みたいだと思ったのは何よりその顔色の白さである。白衣を着てどこぞの研究室に紛れ込んでいても違和感はないだろう。色白、というのとはまた違う。なんというか不健康な生活が祟ってそんな色になってしまった、という感じなのだ。


「あの写真の男の名前はご存知なんですか?」

隅田が私に真正面から向き直り、少し睨め上げるように聞いた。

私はそれを聞いて名刺のことを思い出した。熊凝が左肩のポケットから取り出したあのよれよれの名刺。確か電話の横に置いてあったはずだ。

慌てて玄関に入り下駄箱の上に置かれた電話を見る。半分電話に敷き込まれた形のまま、名刺はそこにあった。

名刺を持って玄関の前にいる隅田にその名刺を渡す。

すると隅田は手を出さず、楢岡に向かって顎をしゃくった。

楢岡はわずかに頷くとどこかから白いハンカチを出し、その上に乗せろというふうに私に差し出した。私がそのハンカチの上に名刺を乗せると、隅田が覗き込むようにして名刺を見ていた。

余計なことは言わない方がいいと思った私は刑事のどちらかが話し始めるまで様子を窺っていた。名刺の裏側に何も書かれていないことを確認すると、隅田が言葉を続けた。

「この名刺は?」

いつ、誰から受け取ったのか、ということだろう。実のところ熊凝から名刺を渡された日付も覚えていたが聞かれてから答えた方が良いような気がしていた。

「その・・・昨日写真を見せてもらった男の人からもらったものです」

私が答えると隅田は私の目をじっと見つめたまま次の質問に移った。

「それはいつ頃ですか?何故男はあなたに名刺を?」

緊張を少し和らげるために深呼吸をし、私は聞かれたことに答えた。

「先週の火曜日だったと思います。そこの空き家の前で声を掛けられて。もしこの家を売ってくれるか貸してくれるなら連絡が欲しい、と」

横で何かが擦れる音がしていると思ったら、楢岡が手帳にペンを走らせていた。

あまり気分のいいものじゃない。私の発した言葉の幾つかがそこへ形を残しているのだ。それもただの証拠として。

「あの家を買う?」

隅田の表情が少し険しくなった。それもそうだろう。どう見ても一人暮らしのマンション部屋と大差ない。おまけにカーブの途中の道端で真裏は田んぼ、目の前は川ときている。

木造平屋で漆喰の壁は剥がれ落ち、屋根瓦もところどころ窪んで波打っているのだ。まともな不動産屋なら買付もしないだろう。

「はい・・・そう仰ってました。部屋を借りてる人に申し訳ないからと・・・・」

私がそう答えると隅田は少し考え込み、何かに思い当たったように言葉を続けた。

「その時に何か気づいたことはありますか?急いでいる様子だったとか、これからどこかへ行くつもりだとか」

熊凝との会話を思い返してみたが、人の名前や地名は一切出て来なかったように思う。印象に残っているのは、という言葉と自分の名前を「読めん字じゃないが」と表現したことくらいだ。

人が誰かと話す時、どこかで自分に付随する情報を喋ってしまうことが多い。過去に住んでいた場所や経験したこと、あるいは好き嫌いの類。そういった話は熊凝の話す言葉の中に全くと言っていいほど登場しなかった。

「いえ、特に・・・・・・」

私の応答に隅田は質問を変えた。

「男が今どこに住んでいるかは聞きましたか?」

この時になって気付く。

隅田は最初熊凝のことを「男性」と言っていたが途中から「男」に変わっている。

見方が一段低くなったということか。それはとりもなおさず隅田にとって熊凝が「尊敬の対象」から外れたということだ。「被害者」として真っ白な憐憫の感情だけではないということは明白だった。

あの写真を見れば分かる。熊凝は殺されたのだ。

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