第一章 老女の家と奇妙な男
随分と昔の話になるが、近所に古い空き家があった。
人が住まなくなって二十年以上が経ち、猫の額ほどの庭も勝手口の横にしつらえた畑もここぞとばかりに雑草が生い茂っていた。
私が子供の頃には年配の女性が住み、時折見知らぬ男性が訪ねてきていた記憶がある(毎日その家の前を通って通学していたためよく覚えていたのだ)。辺鄙な田舎町では滅多に余所者を見掛けない。小学校に上がる頃になれば皆このあたりに住んでいる人間か余所者かの区別がつくようになる。明確に言葉で説明するのは難しいが、同じ町内に住む者には共通する「匂い」のようなものがある。良くも悪くも自然と子供達は田舎独特のそういった嗅覚を身に付けていくのだ。
その年配の女性はいつも短い白髪頭でこざっぱりした服装をしており、かなり細身だった。しかしひ弱なイメージはなく、どこか芯の強さを感じさせていた。
当時すでに六十歳を超えていただろう。今なら「老女」と呼ぶのは失礼に当たるかも知れないが、小学校に上がったばかりの私からすれば「お婆ちゃん」に他ならなかった。小学校の登下校時間にはほぼ家に居たように思う。どこかに働きに出ている雰囲気はなかった。
その老女についてはそれくらいのことしか知らない。
彼女の生い立ちや性格、家族のことに特に興味があった訳ではない。
ただ私が奇妙に惹かれていたのはその〝家〟そのものだったのだ。
私が二十歳を過ぎた頃、その家には誰も住まなくなった。
古い木の鎧戸が閉められ、道に面した小さな明かり取りの窓ガラスの片隅がこぶし大の大きさに割られていた。
強風で何かが当たったのか、子供がいたずらして割ったのかは分からない。そこから中を覗こうとしても濃い闇に遮られ、薄ぼんやりと灰色の影が見えるだけだった。
半畳ほどの庭に薔薇が植えられていたが、それも二年目になると花を付けたまま枯れていった。まるで言い残した言葉を探すように。
何年か過ぎた頃、若い男がその空き家の周りをうろつくようになった。
昼となく夜となく、坊主頭のがっしりとした体つきの男が庭をじっと眺めたり勝手口の辺りに立って屋根を見上げている。
すぐ隣に五人家族の家があったが関わりたくなかったのだろう、噂が立つことも警察が駆けつけるような事態にもならなかった。
男は悪さをするでも家の中に入り込むでもなく、いつもただ家を眺めていた。
何故私がそんなことを知っているかといえば、その空き家は私の家から見える場所に建っていたからだ。少し坂を上がった私の家からその家は丸見えだった。
当時私は近所の小さな工場で働いており、その家の前を通って通勤するのが常だった。そして田舎特有の近所付き合いも常であり、時折母に頼まれて近所へお使い物を届けることがあった。もちろん歩いて、である。
ある日魚をもらった礼を届けてこいと野菜を渡され、その帰り道に空き家の前で例の男に声を掛けられた。
「お嬢さん」
頑丈そうな体つきとは裏腹に、妙に甲高い出来の悪い鈴を振ったような声だった。
表情を読み取りにくいその目には鈍い光がちらちらと纏わりついている。
それがどういった種類のものなのか私には判別が出来なかった。
少しの恐怖心とわずかな好奇心が私をその場に留めていた。
「・・・・はい」
平常心を装いながら私が短く返事をすると男はガラガラと笑い声を上げた。
鈴の中に土が詰まったような、濁った咳のような笑い声だった。
「呼び止めてすまんね。この辺に住んどるのかい?」
笑いながらも男の目の奥の光は色を変えなかったが、悪意らしいものはないように思えた。ところどころ汚れた黒いジャンパー(何の汚れかは分からない)、安全靴に濃いカーキ色のスウェットパンツ。土木関係にも無職にも見える。男の風体からその職種を判断するのは不可能に近かった。遠目に若いと思っていた私は男を目の前にしてその年齢を推し量ることも無駄だと感じた。それはおそらく意味のないことだと。
「そうですが・・・」
何か、と言おうとした私の声を男が遮った。
「この家の主は今どこに住んでおいでるんかの?」
男は〝あるじ〟と言った。この家に長く住んでいたのが女性だけだったということを知らないのだろう。もしくは女性の知り合いだろうか?今生きていれば八十過ぎの老女の?何の目的で?
男の訛りには奇妙な癖があった。何種類もの方言が滅茶苦茶に混ざり合ったような、話す度に周波数が変わる不安定な電波のような。
「さあ、・・・私も知りません。近所と言っても付き合いはほとんどなかったですから」
実際のところ私の両親から老女のことを聞くことはなかった。
何かしらの理由があって口をつぐんでいるというよりは空気のようにただそこに存在しているだけ、という感覚のようだった。
村八分にしているわけでもなく恐れているわけでもない。現に表札もなかったその家の老女の名前を近所の連中はちゃんと知っていた。
私自身が老女に関心がなかった為か、口をついて出てきた言葉は自分でも驚くほど平面的で無感情だった。
「そうか」
男は落胆するでもなく眉を顰めるでもなく、ふいと空を見上げて「ふん」と小さな溜息を吐き出した。
「誰かここの人間のことを知ってそうな人はおらんかの?」
男はうっすら髭の生えた顎をさすりながら聞いた。
おそらく近所の人間ならある程度のことは知っているだろう。私が興味が無かったからわざわざ両親にも聞かなかっただけだ。
「そこの人には聞かなかったんですか?」
私は隣の家を指差し、男の返事を待った。
男はちらと隣家を横目で見、「うーん」と小さく呟き軽く首を傾げた。
「詳しいことは知らん、と言われたでなぁ。持って帰れそうな話はひとつも」
持って帰れそうな話はひとつも、と男は言った。
この空き家を売りにでも出すつもりなのだろうか?こんな道端の女性が一人で住んでいたような小さな家を?
老女が住んでいた家は細い道と田んぼの間に無理やり押し込められたような形で建っていた。ゆるいカーブに沿うように申し訳程度の庭を設け、大型の車が通る時に家を壊されないように低いブロック塀があるだけだ。
目の前は川に面しており、裏側の田んぼと家の間には猫がやっと通れるくらいの隙間しかない。土地自体も狭いために使い勝手も悪いだろう。家を潰して道に戻すのが一番良いように思えた。
実際の話、過去に何度か大型のダンプカーが回り切れずにブロック塀を壊して錆びた鉄骨が露わになっていたのだ。
「うちの親に聞いてみましょうか?」
私がそう言うと男はガラガラと笑い、「それは助かるの」とジャンパーのポケットから紙切れを取り出し私に差し出した。
よれよれになった紙切れはどうやら名刺らしく、中央に大きな文字で『熊凝』と書いてあった。それ以外には電話番号しか書かれていない。
住所も職業も名前もない。字数が少ない割に随分と威圧的な名刺だった。それ以外は聞くな、とでも言うように。ひっくり返して裏側を見たが案の定真っ白だった。
「クマゴリ」
男の声に私は顔を上げた。かなり長い時間私は名刺を凝視していたのだろう。
いつの間にか男は煙草を取り出してふかしていた。
「えっ?」
私が聞き返すと男は鼻から煙草の煙を吹き出し、少し間を置いてからゆっくりと話し始めた。
「珍しいじゃろう。読めん字じゃないが」
どうやらこの坊主頭でがっしりした男の名はクマゴリというらしい。確かにこんな苗字は聞いたことがなかった。一体どこの出身なのか見当もつかない。
「先月こっちに越してきたんだがな、住む家がなくて探しとるところでの。たまたま野宿しとるところを声掛けてくれた人が一部屋貸してくれとるんじゃが・・・・いつまでも甘えるわけにもいかん。そう思っての」
田舎といえども奇特な人がいるものだ。正直私が男であってもこの風体の男に声は掛けないだろう。直感ではあるが存在感があるようでないような、得体の知れない不安(不気味とまではいかなくても)が男の体にこびり付いていたのだ。
察するに男はこの空き家を自分の新居として検分していたということになる。どうりで舐め回すように家をあちこちから見ていたわけだ。
熊凝はほんの少し口の端をほころばせ、「それじゃあ悪いが」と言葉を続けた。
「おっかさんかおっとさんに聞いてみてくれるか。この家を買い取るなり借りるなりの相談がしたいで」
私の中でいくつかの疑問が湧いていた。人が住まなくなってから数年経っている。鎧戸を締め切った部屋の中は埃とカビだらけだろう。幼い頃に一、二度おやつをもらって家の中に上げてもらったことがあるがこの家には風呂がない。入り口の木戸を開けたところが土間で台所と洗濯場を兼ねており、そこから横に伸びた小さな居間(ちゃぶ台とテレビがあって人間が二人いればいっぱいになるような)と四畳半の寝間がひとつあるだけなのだ。子供の体でも居間へ上がれば家全体の構造は瞬時に見渡せる。
道が狭いため改築用の機材をここで使うことは難しい。よしんば家を取り壊して新築で建てるには狭すぎるし、自分の車を駐車するスペースもない。
借りると言っても同じことで、風呂場を作らなければ生活できないだろう。この辺に銭湯はない。目の前に川があると言っても10m近く切り立った崖の下なのだ。川に降りるにはかなり遠回りをして狭い石段を降りなければならない。
「昔この家に上げてもらったことがありますけど、確かお風呂もなかったと思うんです。改築できるような家かどうかも・・・・」
正直な話、ここで諦めて他を探してもらうのが得策だと思った。こんな得体が知れない男が近所に住むなんて冗談じゃない。ましてや改築なんぞされようものならしばらくの間ここを通れなくなってしまう。
言いあぐねている私をみて熊凝はまたガラガラと大声を上げて笑った。
いくら打ちつけてもくぐもった音しか鳴らない鐘のような声で。
その日の夜、私は両親に名刺を見せながら男のことを話した。
「どんな感じの男の人なの?」
母が怪訝な面持ちで私に聞いた。どうやら「熊凝」という名前に覚えはないらしい。顔の特徴を知りたいのだろう、生まれてからずっとこの地域に住んでいれば(母は隣の地区から嫁に来ていた)大体の年齢と風貌、話している内容から相手がどこの誰か察しがつく。子供の頃から母のそういった勘の良さと地元での顔の広さを素直に尊敬していた反面、若干の違和感のようなものも感じていた。母は職に就いておらず、父と二人で農業をやっていたからだ。○○さんの従兄弟が結婚した、○○さんの孫は法学部へ通わせてるらしい、そういったどこから聞こえて来るのか分からない情報を山や畑に居ながら収集している。田舎で育ってもそういう風潮はあまり好きになれなかった。
どんな、と聞かれて私は数時間前の出来事を思い出してみたが、男の顔の特徴というよりあの目の奥にちらちらとくすぶっていた奇妙な光の印象しか残っていなかった。鼻も口も眉も耳も、咄嗟に聞かれて私の脳が出せる男の顔の情報は何一つなかった。
「坊主頭でがっしりしてて・・・・二十代後半くらいに見えたけど、本当のところは分からない。余所者らしいからお母さんでも知らないんじゃない?」
そう言うと父と母は顔を見合わせた。一体誰かしらね、とでも言うように。
「あの家に住んでいたお婆ちゃんの家族はいないの?子供さんとかは?」
私が母に聞くと、ずっと黙り込んでいた父が口を開いた。
「・・・・息子が一人いる。今は岡山県に住んでいる」
老女は天涯孤独の身かと勝手に思い込んでいたが、そうではなかった。
「息子さん?・・・・ということはあの家は息子さん名義?」
あの家を買い取るにしても借りるにしても家族の了承が必要になる。おそらくは二つ返事で売るだろうが。
私が父に聞き返すと、父は「分からない」という風に首を横に振った。
「もう全部話した方が・・・・」
母が父に向かってそう言うと、父は「お前が話せ」と短く言い捨てて寝室へ向かって行った。
私が何の話か分からずきょとんとしていると、母が申し訳なさそうに話し始めた。
「実はね・・・・
あそこに住んでた人はあなたの実の祖母なのよ」
実の祖母?私には母の言っていることが理解出来なかった。
居間に父の母の写真が飾ってある。その横には若くして亡くなった祖父の写真も。
「どういうこと?何の話をしてるの?」
混乱した私は矢継ぎ早に母に詰め寄った。居間の写真に写っている父の母は私が三歳の時に亡くなった。ほとんど記憶にはないが時々思い出したように母が話してくれていたので、私は彼女を実の祖母だと思っていた。いや、孫が同居している祖母を疑うという場面は往々にしてあり得ない話だろう。勿論一般論だが。
「名前をミツノさんと言ってね、お父さん(旦那のことだ)の実の姉に当たるのよ。ミツノさんの息子が結婚してあなたが生まれたんだけど、離婚することになってあなたを施設に預けるという話が出たの。それはあまりにも可哀想だと思って私たちが引き取ったのよ」
何と言うのだろう、その話を聞いて私の中に浮かんだのはあの空き家だった。
感情が入り乱れすぎて混乱している。実の父も母も見たことがない私にはその接点となるあの家しか思い浮かばなかったのだ。
けれど不思議と悲しいと言う感情は湧かなかった。
私は今の両親にそれなりに愛されていたし、どんな事情があったにせよ子供を捨てた親に関心は向かなかった。私は何かの感情が欠落しているのだろうか?
多少ショックではあったがこの辺りではよくある話だ。親戚同士で子供を養子に出したり(それもすぐ近所で)子供を育てられないと判断した親が成人するまで祖父母の家に預けっぱなしだったという話は現代になっても存続していた。
施設に預けるというのが体裁が悪かったのだろう。田舎特有の「ならわし」である。
ふとあの家のことが思い浮かんだ瞬間に「今解決せねばならないこと」を思い出した。
私は深呼吸をして母に言う。
「その話はまた詳しく聞くから。それで、その息子とやらには連絡がつくの?」
今は自分の生い立ちをゆっくり考えたくはなかった。むしろ不要な情報だとさえ思えた。私はあの奇妙な男との約束をさっさと片付けて縁を切りたかった。老女の息子の名前を告げれば後は勝手に連絡を取るだろう。
母は黒い漆塗りの手帳をどこかから引っ張り出してきて、手書きの電話番号を確認しながら電話を掛けた。
「もしもし、夜分に悪いわね・・・・ヨシキさんはいる?」
しばらく世間話が続いた後、「ありがとうね。それじゃ・・・・」と言って母は電話を切った。
思ったよりも私が冷静だった為か、母は安心したような顔つきで私に電話の内容を告げた。
「あの家はもう要らないそうよ。何だったらあなたにあげるって言ってる。登記簿や必要な種類は何も持ってないらしいの。ミツノさんが亡くなった時にもそういう書類は無かったらしくて・・・・」
私はまた混乱する羽目になる。あの家を私に?見たこともない父親から?そして老女は亡くなっている・・・・(それについては想定内だったが)
ふざけるにも程がある。書類一枚ない状態で口約束するなど、土地や家に関してやることではない。ましてやそれがあの男に知れれば話は余計ややこしくなる。
ああ、電話には私が出れば良かった、そう思っても後の祭りに他ならなかった。
次の日の昼過ぎに私は名刺にあった電話番号に掛けてみた。
しばらくコールが続いた後に明るい男性の声が聞こえた。
「はい、お待たせしました。〝サントス〟です」
お店の名前だろうか。熊凝に部屋を貸しているという奇特な人・・・・?
「あの・・・・熊凝さんという方はそちらにいらっしゃいますか?」
私が恐る恐る尋ねると、電話の主は特に気に掛けた様子もなくあっけらかんと答えた。
「うん?熊凝さん?すいませんねぇ、ここ一週間ほど帰ってきてないんですよ。よくふらっと出て行く人なんで帰ってきたら伝言しますよ。どちらまで?」
それを聞いた瞬間、私の脳裏に嫌な悪寒が走った。
それから数日間は何事もなく過ぎ去った。
一週間近く部屋に帰ってないという熊凝の動向は気になっていたが、また数日後に〝サントス〟に掛け直せばいいだろうくらいの軽い気持ちだった。
こちらの連絡先を伝えて私が留守の時に掛かって来るのも気が引けたし、少しばかり気になることもあった。念のため例の名刺は電話の横に置いておいた。
このまま何も起きなければ忘れてしまうと思ったからだ。
私が気になっていたのはあの空き家の〝鍵〟だ。
母の話によれば私が二十歳になる少し前にミツノはいきなり体調を崩し、岡山県に住む息子が引き取ったらしい。その後二年ほどは病院で生き延びたが、最終的に脳死状態になってそのまま亡くなったということだった。
ヨシキという息子(私の実父に当たる訳だが)は小さな店を経営していたが、ミツノが脳死になってから亡くなるまでの間生命維持装置の設置を余儀なくされたという。
その費用およそ一千万円(!)というから店の経営も苦しかっただろう。
ミツノを引き取った時にあの家を閉めたのはヨシキだろうと私は思っていた。
そしてその鍵を直接岡山まで取りに行くかどうか迷っていた。
正直あまり会いたくはない。ヨシキに対して何の感情も持ち併せてはいないが、どんな顔をして会えばいいのか分からない。それを思うと気が重かった。
わざわざそのために岡山まで出向くとなれば両親が揃って私を止めるのは目に見えている。
箱入り娘というよりは私をあまり外へ出したくない、それが高校を卒業してから顕著になった。
仕事は出来るだけ近いところに通え、夜は外出するな、結婚するなら養子に来てもらえ(その時はまだ彼氏すら居なかったが)、そんなことをしょっちゅう言われていた。
毎週土、日が休みの会社だったので行こうと思えば半日で行って帰って来れる。
ただし事前に向こうに連絡をしておかなければならない。
もしヨシキという男が私からの電話の内容を母にでも告げてしまえば水の泡だ。
私は鍵のことの他に実父に直接聞きたいことがあった。それは電話で話すような内容ではない。
金曜の夜を待ってギリギリで連絡をしようと決心し、なんとなく〝サントス〟がどんな店なのか調べてみようと思い立った。
愛想の良い中年男性の声。詳しいことは何も聞かなかったが、おそらく電話に出た男性が熊凝に部屋を貸した「奇特な」人だろう。電話の後ろでざわざわと数人の話し声も聞こえていた。喫茶店なら繁盛していることだろう。
電話番号から調べれば住所はすぐ分かる。
思った通り「喫茶 サントス」の番号と合致していた。
あの脳裏を貫くような嫌な予感はなんだったのだろう。
「ここ一週間ほど帰って来てないんですよ」という男性の声が頭の中でこだましている。
いつものことなら気にすることもないと分かっているのに。
その週の木曜日、仕事から帰ってくると予期せぬ来客があった。
母が眉を顰めて押し殺すような声で私に告げた。
「県警の刑事さんですってよ・・・・」
角刈りの男性(年の頃は五十過ぎくらいだろうか)と細身の若い男性(こちらはどこかの研究員という風貌だった)が玄関の前で私を待っていた。
咄嗟にあの熊凝という男のことを聞きに来たのだと悟った。
二人の刑事は私の表情の変化を見逃すまいと瞬きもせずに私を見ていた。
「すいませんね、お忙しいところ」
角刈りがやんわりと言葉を発したがその語気の強さに私は足がすくんだ。
蛇に睨まれた蛙というのはこんな気持ちなのだろうか、と頭の中に余計なことがよぎる。ドラマの中の刑事とは裏と表ほど違う。彼らはきっちりとした目的があってそれを何が何でも解決するために来ているのだ。
私は言葉を失って思わず頭を下げ、曖昧に「あ、はぁ・・・」と返事をするのが精一杯だった。
「この男性をご存知ですか?」
そう言って角刈りが差し出した写真を見て私はギョッとした。
男性のバストアップの写真だったが横向きに寝かされて目を閉じている。
青白い顔に大きなアザがくっきりと浮かんでいた。片方の鼻からは血が流れ地面まで達している。
「っきゃあぁぁっ!!」
私は思わず写真を投げ出し、恐ろしさのあまり自分の口を押さえて震えていた。
間違いない。熊凝だ。
顔形はともかく写真の男が着ている黒いジャンパーには見覚えがあった。
肩口にポケットがある。そこから熊凝は名刺を取り出したのだ。
「申し訳ない、驚かせるつもりはないんですよ。ただこの男性の写真がこれしかありませんでね」
おそらく、いや間違いなくそれは熊凝の「死体」だ。
「う・・・あ・・・ぁ」言葉にならない声を発する私に二人の刑事は顔を見合わせ、角刈りが溜息混じりに私に告げた。
「仕方ない。明日またお伺いしますよ。同じ時間にね」
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