第14話 nuke



▼20XX年12月2日 アメリカ、ネバダ核実験場



その日。ルート95とルート93に挟まれたラスぺガスから北西の位置にあるネバダ核実験場のひび割れた地面の上に、ポツンと一つの金属の塊が置かれていた。その上にはパッシブ・レーダー・ホーミング用の電波発射装置が置かれ、作動中であることを示す赤い光が点滅している。


金属の塊は、鉄。


そして、その金属の塊を中心として800メートルほど離れた位置に、四方を囲うように高さ5メートル、厚さ1メートルほどのコンクリートパネルでできた防壁が建てられ、壁の外には約300メートルほどの幅の「畑」が広がっていた。


空から見ると、中央が半分ほど空いた大きな緑の正方形の形が見えたはずだ。


5キロほど離れたところには、もう一つ、全く同じような緑の正方形がある。中央に置かれているのは、鉄の塊ではなく、ニッケルの塊だ。



ネバダ核実験場は、アメリカ合衆国ネバダ州のネバダ砂漠にある1951年に開設された核実験場だ。


部分的核実験禁止条約や包括的核実験禁止条約を受け、大気圏内核実験、地下核実験ともに中断され、現在、行われているのは臨界前核実験のみだ。


この場所で、1962年に実施されたサンビーム作戦以来の、大気圏内核実験が行われようとしていた。




実験の内容は、「nuke核爆弾」を用いて植物の新種アルカロイド生成に変化が与えることができるのか、の実験だ。


コバルト60が新種アルカロイド生成を止めることは、これまでの実験でほぼ確実なものと考えられていたが、コバルト60は自然界には存在しない。大量の中性子を放出できる原子炉が必要だ。


実際、ガンマ源線として医療・商業利用されるコバルト60は、専用の原子炉で、コバルト59に中性子を放射して作られている。主な生産国はカナダしかない。


だが、世界の海と陸の植物全体に行きわたらせるだけのコバルト60を、現在の設備で用意することは到底、不可能だった。


そこで検討されたのが、同じ中性子を放出できる核爆弾。国連安全保障理事会に提案を行ったのはアメリカだった。


マリア大統領首席補佐官から報告を受けた大統領は、すぐに国家安全保障会議のメインメンバーだけを集めた。


すでに経済が破綻しつつある中で執務を行っていた国務長官は「パンドラの箱でも、今は開けるべき時だ」と主張。それに対して、副大統領は「核に手を出すことは、人類にとって最大の禁忌だ」と反対した。国防長官は、実際に核を運用することもあり、中立の立場を保ち、最終的には大統領が決断した。


世界に投げかけよう、と。


そして、意外なことに国連安保理では反対意見は一切出ずに、核を使用することが決議され、その後、すぐに開催された国連総会でも承認された。もちろん、核爆弾による放射能汚染は大きなリスクだったが、今、人類は絶滅の危機に瀕しているといってよい。そのリスクの軽重を考える段階にないことも確かだったのだろう。


とはいえ、無作為に核を使用すれば、違う意味での滅亡が待っている。


各国が集まって、慎重に検討した結果、まずは実効性があるのかどうかを、フィールドで実験することになった。全長2.4キロにも及ぶコンクリート外壁の設置、そしてその外周を囲う畑の移植といった難作業を、わずか一週間で終えたことは称賛にあたいするはずだ。それだけ人類が必死だったといえる。


ただし――


核爆弾を単に爆発させるだけでは、放射化物であるコバルト60は、十分に作られない。あまり知られてはいないが、核爆弾とは非常に効率が悪い兵器だ。通常は核爆弾そのものが爆発により破壊されるまでの間で行われる核分裂効率は20%程度。そこで今回は出力は0.3キロトンと小型だが、効率が30%まで上がるD-T強化方式の爆弾を採用している。さらに、コバルト60の元となる物質を中性子が効果的に貫けるように爆心地に配置された。


中性子のことだけを考えれば、中性子爆弾の方が3倍の中性子を放出できるし、同じ威力の核爆弾よりも放射性物質の残留期間は短い。しかし、すぐに準備できる中性子爆弾は最低でも1キロトンとなる。0.3キロトンの原子爆弾の方が、結果的に環境負荷は小さいと結論付けた。


さらに、コバルト60を生成するためには、本来ならコバルト59がもっとも効率的と考えられていたが、大量に用意するためには時間が必要だ。そこで、大量にしかも即座に準備が可能な鉄とニッケルが用意され、着々と準備が進められた。


もちろんこの実験は、包括的核実験禁止条約機関の特例承認を受け、その監視下のもとで行われており、オンラインで主要各国に実験の模様はライブで送られている。さらに、同様の核実験は、中国、ロシア、インドでも近日中に行われる予定になっていた。また、インドでは、コバルト59を用いた実験が行われる。


上空3,500メートルには、2012年に計画が中断されていたはずのBlue Devil飛行船が浮かんでいる。全長が107メートルにも及ぶ飛行船は、第二次世界大戦以降に建造された最大の飛行船だ。たまたま別口での計画が密かに進められていて、つい2か月前に初飛行を終えたばかりだが、今回の実験のために駆り出された。


10台以上搭載されている高感度の昼夜監視用ビデオカメラと各種センサーが、爆発の様子を撮影、さらに大気の状態を分光分析で調べる予定になっている。



そして――



ポツンと2つの黒点が西の空に見えた。2機のF-117ナイトホーク、ステルス攻撃機だ。


飛行船に搭載された10台のカメラはすでに撮影を開始している。今回使用される核爆弾は、B61-4。0.3キロトンと低出力だ。本来、F-117にはB61シリーズの核爆弾は搭載されない、という噂があったのだが、実際には違ったようだ。


やがて、目標の上空手前まで到達したF-117は、高度5,000メートルで機体下部の兵器倉を開くと、各一発ずつB61-4核爆弾を投下した。


B61-4は、ゆっくりと回転、爆弾の側面から噴射して方向を微調整しながら、目標の上に置かれた電波発射装置が発する電波を追う。


30秒後。


目標の電波発射装置にピンポイントで衝突したD-T強化方式の核爆弾は起爆、爆縮によってプルトニウムを圧縮、核分裂が始まった。


100万分の1秒というわずなか時間で、球状のコアの中央部に作られた空洞部に封じられていた重水素と三重水素のガスが1億度近くまで上昇すると、D-T核融合反応が始まり、高速中性子が放出され、プルトニウム原子核を分裂させる。


DT反応由来の高速中性子は、一つの原子核の核分裂で5つの中性子を生じさせることで、次々と短時間で核分裂が効率的に進む。


核爆発がもっとも効率よく威力を出すためには高度が必要だが、今回の核実験では威力は必要とされていなかった。そのためゼロ高度で爆発した核爆弾の威力は上空に逃げることとなった。


そして1秒後。火球(プラズマ)が出現する。


発生した火球の大きさは50メートル、熱波は150メートル、爆風は1キロ以内にとどまったことで、爆発による直接の「被害」は、ほぼコンクリートの壁の中の範疇で収まった。


そして、火球の中心に飲み込まれた、それぞれ鉄とニッケルの金属の塊は、大量の中性子を受けることで、次々とコバルト60を生み出し、大気中へと拡散させた。


数分後。


大気中に拡散したコバルト60は、空気の流れに沿って外壁を越え、緑の絨毯へと降り注ぐ。事前に、新種アルカロイドの生成を行っていることが確認された植物の上に……




▼20XX年12月7日 シチュエーションルーム(アメリカ合衆国国家安全保障会議)



午後。


シチュエーションルームには、1か月前とほぼ同じメンバーが集められていた。追加されたメンバーは、農務省のブライアン長官と植物学者のホゼ教授。白髪で丸い小さな眼鏡をかけた小柄なホゼ教授は、植物学の世界的な権威で、老齢だが目つきも鋭い。


こうして集められたメンバーが、前回の招集と違うのは、顔色が皆、多少良くなっていたことだろう。


最後にエバンス大統領が入室、着席すると、さっそく会議が始まった。


「まず、結果を聞こう」


「分かりました。大統領」


農務省のブライアン長官が大統領に答えた。


「結果的に、実験は成功したといってよいと思います。コバルト60の生産率は、鉄とニッケルともに、ほぼ同じでした。さすがに生産効率は10%を切っていますが……周囲に移植した植物が新種アルカロイドの生成を止めたのは24時間後で50%、そして48時間後で99%となりました」


「インドでの実験はどうだったんだ?」


インドでの核実験では、コバルト59とともに、コバルト60を生成する金属を置かずに核爆発のみを行う対比試験も行っていた。


「対比試験の方は、コバルト60の生成率は、鉄、ニッケル、コバルト59との比較で1%未満でした。しかし、新種アルカロイドの生成を止めた植物の割合は、24時間後で5%でした」


今回の実験で、「植物は核爆発により得られたコバルト60で、新種アルカロイドの生成を止めるのか」という問いに、もっとも得たかった「Yes」という答えが得られたことは僥倖といえるだろう。


「確か、今回使われたのは小型核で良かったか?」


イーサン国防長官が答える。


「その通りです、大統領。非戦略核、B61-4を使用しました。威力は0.3キロトンです」


「核爆発による放射能の影響範囲は?」


「出力が0.3キロトンならば、広くはありません。核爆発によるエネルギーは、爆風と熱放射が90%を占めて、放射性降下物の影響は5%程度ですので。爆心地から5キロ圏外であれば、48時間経過後からは非致死率は99.99%となります」


「5キロ離れていれば、後遺症を含めて、問題がないと考えて良いのか?」


ホール副大統領が確認を求めてきた。


「気象条件にも左右されますが、おおむね、その考え方で良いかと。もちろん問題がゼロとは言いませんが、ICRP国際放射線防護委員会が定める放射線作業に従事する人の基準、5年間で100ミリシーベルトを越えることはないでしょう。さらに10キロ離れれば、ほぼ一般公衆の実効線量限度、年間1ミリシーベルト以内で収まると考えています」


「許容範囲と考えるべきだろうな」


国防長官の答えに、大統領が頷いた。


「そうです。今は、ノーリスクの作戦を考えている余裕はありませんし、核爆発による環境負荷などは、全て想定内でしたから……」


そして農務省長官は、言い淀んだ。


「ただ……植物の分析結果は、少々意外でした」


「意外というと何かがあったのかね?」


副大統領が尋ねる。


「ここからは、専門家のプロフェッサー・ホゼに説明してもらいます」


後ろの席からホゼ教授が立ち上がり、軽く大統領に一礼した。


「ホゼじゃ。植物学を専門にしておる。年寄りだから雑な口調は大目に見て欲しい」


「よろしく、プロフェッサー・ホゼ。好きに話してくれ」


「ホゼでお願いする、大統領」


そして、ホゼ教授は説明を始めた。


「植物学を学び始めて半世紀以上だが、今回は新しい学びばかりじゃった。まず、意外だったのは、植物が吸収したと思われるコバルト60の量が、常に一定だったことじゃ」


「一定?」


「うむ。コバルトは植物にとって有用元素の位置づけじゃ。ケイ素やナトリウムと同じ扱いじゃな。培養液を用いた実験では、大量に吸収されると枯死することもわかっておる。その性質は、安定した状態のコバルト59も、放射性物資のコバルト60も、さほどの違いはない。そして、吸収される量は根から他の栄養素と共に吸い上げるだけで、特定の成分のみ上限値を植物自身が定める、ということはないはずなのじゃ」


「申し訳ない。もう少し分かりやすく説明してもらえると……」


「……一言でいえば、今回、植物は放射能の力を持たない量しかコバルト60を吸収しておらず、それが不思議、ということじゃな」


分かりやすく、という大統領の言葉に少し不満げになりながらも、教授は説明を続けた。


「もし、その値が植物が吸収可能なコバルト60の飽和量、ということならば話は分かるが、そんな閾値しきいちを植物が持つことはないからの。まるで植物が、これ以上のコバルトは必要ない、と拒絶しているかのような状況と言えるじゃろう」


「……ホゼ、もし、拒絶と仮定すると、その理由は?」


「分からん。前例もないから、そんな研究がされたことはないからの。ただ……感触でいうと、もしかすると逆なのかもしれん」


「逆?」


「そうじゃ。これ以上必要ない、ではなく、これだけで良い、ということじゃ」


「それは……何が違うのかね」


副大統領が、不思議そうな表情で横から尋ねた。


「能動的か受動的か、の違いじゃ。受動的にコバルト60を吸い上げながら、一定量で吸収をとどめているのではなく、能動的にコバルト60を選んで一定量だけを吸い上げた、という違いじゃな」


「ということは、植物は何かの理由があって、コバルト60を一定量、吸収したと考えられる、ということで良いのだろうか?」


「能動的な選択をしているとするなら、そういうことじゃ。おそらく、その結果が、例の未知の有機化合物なのじゃろう」


「ところで、その未知の有機化合物の分析は終わったのか?」


ふと思い出したように大統領が口にした。


「分析自体は終わっておる。未知ではあるが、化合物の構造自体はさほど複雑ではない。金属を含んだ有機化合物、というだけじゃ。もっとも、そうした金属を含んだ、それもイオン以外の金属を含む天然の有機化合物は珍しいのじゃがな。ただ、どのような働きがあるのか、あるいは植物がこの未知の化合物を、なぜ必要としているのかは、現在、調査中じゃ。今しばらく時間がかかるじゃろう」


「では、わかり次第、報告を……それで、ホゼ、重要なことを確認したいのだが、新種アルカロイドの生成を行わなくなった植物は食用として耐えうるのだろうか?」


「予備実験と結論は同じじゃ。大丈夫じゃろう」


大統領の問いに、教授は頷いた。


「今回の野外実験では、コバルト60を吸収した植物には、当然、他の放射性降下物も付着しておったから、念入りな洗浄は必要になる。だが、適切な処置を行えば可食できるはずじゃ。もちろん無害ではないぞ。許容すべき範囲内で放射性物質は残ることになるはずじゃ。しかし、少なくとも、ビタミンやミネラルとかの無機物抽出の原料として使用するには全く問題ない」


出席メンバーから安堵の声が生まれる。オリビアも後ろの席で話を聞きながら、ホセ教授のお墨付きが得られたことはホッとした。植物に停戦を求めるための最初のハードルは、これでクリアしたといえるだろう。


「今回の実験結果では、コバルト60以外にも、有機化合物の中に含まれておる金属が見つかっておる。それらは、いずれも新種アルカロイドの生成を行わなくなってからの話じゃ」


「その金属とは……?」


「確認できただけで、コバルト59、鉄、ニッケルかの。ただし、コバルト60以外は、それら3つを合わせても1%未満とわずかじゃったが……」


「それは、コバルト60は含有せず、他の金属だけが含まれていた、ということかね?」


「そうじゃ。先ほどの、植物が能動的に特定の金属を一定量だけ吸収しておる、という根拠の一つじゃな」


大統領、副大統領と次々と声があがる質問に、教授は答えていった。


「それと……さらに奇妙な結果が一つ出ておる」


「奇妙?」


大統領が眉をひそめる。レポートは一度、目を通したはずだが、そんな項目があったのだろうか……


「今回、核実験の影響外と思われた地域でも、新種アルカロイドの生成を止めて、同じ未知の有機化合物を生産し始めた植物があった、ということじゃ」


「核実験の影響外というと……」


「核爆弾から放出された放射性降下物は、風で長距離を移動するのじゃが、風下にあたる地域で、しかも一定距離が離れたところ、つまり放射性降下物が降っていないところでも確認されたのじゃ」


「それは、離れたところでもコバルト60を含有していたということなのか?」


大統領の問いに教授は首を横に振った。


「いや。コバルト60は含んでおらんかった。含んでいたのは、コバルト59や、鉄、ニッケルじゃ」


「それは……どういうことを意味しているか、説明してもらえるだろうか?」


「あくまで仮説になるのじゃが……爆心地付近で未知の有機化合物の生成を始めた植物の情報が周囲に伝播でんぱしたような状況かの」


「伝播?」


「そうじゃ。植物の実験では、離れた植物間における情報伝達が認められる、という論文があるのじゃが、新種アルカロイドの生成を止めて、未知の有機化合物を作るという情報が植物の間で伝わっておる、という可能性じゃな」


「……そんなSF的なことが実際に起こりうるのか?植物にテレパシーがあるような……」


「そういった研究報告は、過去にいくつもあるのじゃが、現在のところ、植物学の常識として認められた話ではない」


植物に意識はあるのか?――このテーマは、昔から植物学者の間では論じられてきたことだ。「意識」という言葉を、どのように定義するかによって結論は異なるが、ヒトが持つ知識、感情などを前提に考えると、植物に「意識」は存在しない、とされている。防衛や本能を考えると、例えば、虫に食べられると、化学伝達物質を放出して、周囲の植物に危険を教える、といった行動は確認されており、意識はあると考える植物学者もいる。


「今回は、爆心地を中心として同心円状に約100キロ圏内の一部の植物が、アルカロイドの生成を止めておることが確認されておる。まだ実験から数日しか経っておらんが、その割合は増えておるのじゃ」


放射性物質の影響が見られない地域の植物に動きがあるとは考えていなかったため、追跡調査はまだ不十分な段階だが、昨日、一昨日の二日間で急遽調べられた該当地域の植物は、80%が新種アルカロイドの生成をしなくなったことが確認されていた。


「エビデンスが揃わない段階で安易な推測を行うことは学者として恥ずべきことと分かっておるが、残された時間も少ないから、まあ、年寄の戯言ざれごとを話させてもらえるなら――アルカロイドを作り始めたのも、そして未知の化合物の生成に切り替え始めたのも、全ては、植物全体が何かの意図を持って行っておる能動的な行動ではないかと考えておる。突拍子もない話じゃがの」


戯言といいながらも、自然な形で植物が意識を持っていると説明する教授を、大統領は驚きの目で見つめた。


「……では、植物全体の意図するなら、その目的は?」


「まだ分からん。少なくとも新種アルカロイドの生成は、植物にとって必要な行動であったとしても、ヒトにとっては敵対行為と言える。今回、その新種アルカロイドの生成をわざわざ止めて作り始めた未知の有機化合物の働きが解明すれば、植物が何をしたいのかは、見えてくるじゃろう」


ホセ教授は大統領以外のメンバーの顔も見渡した。


「重要なことは――ヒトにとって意義を持つという意味でじゃが――今回の結果だけを見るならば、特異点を設ければ、放射性物質を使ってアルカロイドの生成を強制的に排除する特異点が作れるならば、その周囲の植物の新種アルカロイドの生成を、連鎖的に止められるともいえる。あとは、ピンポイントで特異点を配置すれば、広範囲の植物に働きかけることができるじゃろう。核の灰を無駄にまき散らさずに済むかもしれん」


「そ、それは確かなことなのかね?」


興奮気味に、副大統領が立ち上がった。


「どの国も核実験場は、基本的に砂漠にあるから、あまり細かなデータは取れてはおらんが、100キロ圏内の植物を調べた結果でいえば、可能性は高い、と考えておる」


教授の言葉に、大統領は少しの時間、考えていた。


「ありがとう。ホゼ。まだ確認できていなことは多いが、今の私たちにとって必要なこと――植物を再び利用できる状況を作り出すことが分かったことは確かだ。その先に何があるのかは、これから調べる必要があるが、その結論が出るまで待つ余裕は、もう残されていないからな。イーサン」


「はい、大統領」


「例の作戦を、始めてくれ。それと、今のホゼ教授の特異点の考え方は導入してみよう。『切る肉』は少ない方が良いだろう」


「……承知しました。Lose a battle to win a war(肉を切らせて骨を断つ)、LBWW作戦を各国に通達します」


防衛長官が、緊張気味の表情で、一拍の逡巡をおいてから大統領の命を復唱した。


nuke核爆弾を用いた放射性物質による植物の新種アルカロイド生成を止める「作戦」は、人類の将来に多大な犠牲死の灰の降下を強いる可能性が高い。だが……将来がなければ、犠牲云々うんぬんも机上の空論となる。


大統領は、心の中で今回の作戦が「パンドラの箱災いの中の希望」となることを強く祈っていた。


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