第6話 私を、私の気持ちを踏みにじるな
深夜の自室で、
泣きはらした両目がある。
両腕には何度もかきむしった爪の
投げでもしたのか、部屋のものはずいぶんと散っている。
机の上には、
ξ ξ ξ ξ
10月27日
ありえない、ありえない、ありえない!
私はずっと大好きで、コスケのことしか、見てこなかったのに。
コスケから呼び出されてうれしかった、どんな用事だってよかった、きょうの夜ごはんの話だって、来週見に行く約束してた映画の話だって、そんな、結婚の話じゃなくたって、よかった……
公園で待ってたら、急いできたみたいで、コスケがちょっと息を切らして近づいてきた。
やっぱり、かっこいい……
いわゆる美形じゃないことなんて、わかってる。
でも、私の好きな顔。私がずっと見てきた顔。この先も、この人といっしょにいたいなと思った顔。鼻筋はしっかり通ってると思うんだよね。凛々しい。
指も大好き。あんまり目立たないけど、足だってちょっと長めで、スタイルいいんだよほんとは。
「なに、貴重なお昼休みに? 私のお昼休みをうばうのにふさわしい用事じゃないとゆるさないからね」
って言っちゃった私……
でもでもコスケだったらわかってくれるよね。
って思って見たら、コスケ、いまにも死んじゃいそうなくらいこわばった顔してる。
私は、この顔見たことあるって、思った。
高校の卒業の日に、告白してくれたときの顔だ。
「お」
コスケが、うめくように言う。
「け」
少しの時間をおいて、コスケがつづける。
「おけ」ってなんだ、オーケーって言いたいのか。こっちは何がオーケーなのか、なにに、オーケーしたらいいのかもわからん。
私は「ザコスケ」って言いかけた。
でも、コスケが一瞬だけ、ひゅって息を吸うのが見えた。
たぶん、私が「ありえない」って答えちゃったときのこと、あれから何年も何年も後悔しつづけた日のことを、コスケも思い出したんだと思う。
くじけそうに、なっちゃったんじゃないかと思う。
だから私は、恥ずかしかったけど
「聞くよ」
って、自分にできるかぎりで、すなおな返事した。
「ちゃんと、聞くから」
正面からは見られなかったけど、コスケがちょっと、安心したのがわかった。
コスケのことは見たらわかるよ。
だって、ずっとずっと見てきたんだから。
「うん」
コスケは
「ありがとう」
って、すごくわかりにくいけど口を少しだけゆるめて笑った。
それで、
「結婚、してくれないか」
って、だいぶ私のこと待たせたあと、ちょっと声を裏がえしながら言ったんだ。
わたし、私は、ほんとにほんとにほんとにほんとにほんとにほんとにほんとにほんとに言われたって、言ってくれたって、胸がぎゅっとしまってたいへんだった死んじゃうかと思った息ができなくなっちゃって吸うことはもうできないんじゃないかって思った。
私はうつむいてなんにもなんにも言えないから、コスケは不安になったみたいだった。
つい「何年待たせんのよ」って言いかけたけど、おまえのせいだから、私のせいだからって思ってどうにかガマンしてガマンして、それで、結構時間たっちゃったけど、
「はい」
とだけしぼり出すように言って、うなずいた。
言えたら、うれしくてうれしくてうれしくて涙があふれてきた。
ほんとにとめられないぐらいこみあげてきた。
仕事もあるからいま号泣しちゃうわけにもいかないから、私はどうにか自分の一番かわいい顔見せたくてコスケに笑いかけようとしたら、そしたら!
そしたら、そしたら、そしたら!!!!!!!
「コングラッチュレーション」
だかなんだか言って背のでかい、胸のでかい、よくわかんない女がさわぎながら近づいてきて、なれなれしくコスケの肩を抱いたんだ。
そんで!!!!!!
「これで遺産ゲットね」
って言った……
コスケも安心したように息をつくから(女の胸が当たってる!!!!)、
「どういうこと」
って聞いたら、はは、お父さんの遺産が入るんだって。結婚したらくれるとかわけわかんない理由なんだって。
「だれでもいいから結婚したらくれるって、こと」
私は呪いをつめこむみたいにして、コスケにトゲつきの言葉を投げつけた。
でもコスケは、
「そう、だれでもいいから結婚したらくれるみたい」
って、なんでもないように、こたえた……
私にはあなたしかいなかった、あなたのことだけ見てた、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとあなたのことだけが好きだった。
それは、ちゃんと言葉にして伝えたことはないけど、あなたもいっしょなんだと思ってた。あなたもずっとずっと、私のこと、好きでいてくれてるんだと思ってた。
なんで?
お金をもらうために私と結婚するの?
私は、私の人生は、あなたがお金をもらう手段でしかないの?
私には気持ちがあるんだよ。
あなたのことを好きな気持ちが、私の胸のなかには、つまってるんだよ。
私の胸を裂いてみてよ。私のなかにどれだけあなたのことしかないのか、切り裂いてたしかめてみてよ。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?
なんでこんな思いをさせるの?
「だれでもいいから」だなんて、よりにもよって、そんな言葉で私の気持ちを踏みつけるの?
「あなたしかいない」私のことを、26年間抱きしめてきた私の大切な大切な気持ちを、たまたま近くにいたからって、そんな理由で踏みにじってそうやって笑うの?
私は手がぶるぶるとふるえるのをとめられなくて、悲しくて、くやしくて、殺してやりたいぐらいに憎しみがあふれ出て、手に持っていたカラの弁当箱を思いきりコスケに投げつけた。
「だれが結婚なんかするか! バカにするな! 二度と、二度と連絡してくるな。私に、二度と、近寄るな!」
って叫んだ、叫んでやった、ポーチに入れてた、宝物みたいに、大事にしてたコスケの部屋の合鍵も、投げつけてやった。
呆然とするコスケが一瞬目に入った。
でも、視界が涙でぐちゃぐちゃにぬれて、もうよくわかんなかった。
それからどう帰ったかもおぼえてない。
泣いて泣いて、心配した先輩が早退させてくれて、断片しか記憶にない。
気がついたら部屋が荒れていた。
強盗に入られたみたいだなって、こわいから、コスケ呼ぼうって考えてる自分が、きらいだきらいだきらいだきらいだきらいだ大きらいだあんなヤツ私とはもうなんの関係もないんだ!
ξ ξ ξ ξ
最後のページでは、涙でにじんだらしき文字がいくつもあった。
夜は
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