第5話 プロポーズ直前まで / えっ、これって寿命のびちゃいません?


翡鞠ひまり


「好きだよ」


「結婚……」


「しよう」


 暗い部屋に、くぐもった男の声がひびく。


 この声は、だれあろう古祐こすけの声ではないか。

 翡鞠ひまりは念願・悲願の、告白をしてもらえたということであろうか。

 とうとう互いの想いが通じたか。


 部屋に視線を散らしても、人影が見えぬが、あっ! なんということだベッドのかけ布団がこんもりと盛りあがっている。


 まさか、ふたりで愛をささやきつつせっせと情事にはげんでいるというのか。

 これは青少年の教育によろしくない。これでは出っ歯の亀太郎、つまり出歯亀でばがめ(のぞき野郎のこと)になってしまうではないか。


 場面を移すにくはない、いわゆる朝チュンという技法を用いていい感じの雰囲気ににごしてもらおうとチュンチュン(雀)にスタンバイを願うところで


「キクぅぅぅぅぅぅ!!!」


 という絶叫とともに布団がはじき飛ばされた。


 絶叫しているのは翡鞠ひまりで、ベッドには彼女ひとりではないか。

 さっきの男の声はどこから、と部屋を改めてさぐるとどうも翡鞠ひまりの手のスマホから音がもれている。


翡鞠ひまり


「彼女」


「……なってほしいよね」


 言葉のつながりが、どうも不自然だ。

 よくよくスマホに焦点をあてると、音声ソフトが起動されている。


 まさか、古祐こすけの声を録音し、断片を編集してつなぎあわせ、その音声を夜な夜な聴いてひとりで興奮していたというのか。

 それは、ちょっと人としてどうなのだ。


「アイス」


「してる」


 ほらほらむりやり「愛してる」にしようとするもんだからガッタガタになっているではないか。

 それでいいのか。


「やだ……愛してるだなんて……何回聴いてもやばいわこれ……聴く麻薬……耳から摂取できる奇跡の薬だわ……寿命1000年のびちゃう……やだ1000年も生きるんなら古祐こすけもいっしょじゃなきゃやだやだやだ!!」


 絶叫後、手足をベッドにバタつかせながらひとりでずっとしゃべっている。

 この場面を古祐こすけが見たら、1000年どころか100年の恋もさめるかもしれない。

 あるいは「本人が楽しそうだからいいんじゃない」とでも言うであろうか。


「はっ!!」


 と、ふいに世界の重大な真実に気づいたように、翡鞠ひまりが真剣な顔になってつぶやく。


古祐こすけも、大好きな(はずの)翡鞠ひまりちゃんから愛の言葉をささやかれたら、寿命が1000年のびる可能性がある……?」


 という本人いわくノーベル賞ものの発見をした半日ほどあとに、古祐こすけたちは突然やってきた謎の美女、パヌーに遺産を相続するためのよくわからぬ条件を言い渡されていた。


「27歳の誕生日までに結婚することって……えっ、どういうこと?」


「そのままの意味ヨ。ポッペンシャルルではネ、結婚が一大 entertainment! なんよ。あー、ゴラク? なんじゃわコレガ。遺産をもらう人は、ツギの誕生日までに結婚しなきゃモラエないんね。結婚できなきゃ国が没収ボッシューよ。言うたらソレがゼーキンみたいなもんかもネ」


「えっ、古祐こすけのつぎの誕生日って……?」


「…………た」


 おどろきのあまり立ちあがった勢いでジャケットがズレ、口が半びらきになり、そこからたましいがた状態でぼそりと古祐こすけが答える。


「えっ、なんて?」


「…………明日」


「明日ァ!?!?」


 古祐こすけは顔から生気をうしなっており、小田桐おだぎり狼狽ろうばいして訴える。


「いや、さすがに、明日までに結婚はムリがあるでしょ! えっ、結婚ってあの男女が永遠を誓ったりするあの結婚ですよね!? 明日って、結婚が、はぁっ!?」


「ソヨ。明日っちゅうかァ、誕生日をむかえたら終わりだからぁ、キョウの0時むかえたら Game Over ね」


「今日の0時!?」


「それとォ、certificate 、ンー証明書! ももらわないと国ニ提出テーシュツできないカラよろしくネ。ワタシが立会人だからァ、ワタシに0時までにくれたらエエヨ」


「えっ、結婚の証明書ってなに……? あ、婚姻届受理証明書っていうのがあんのか……いやそれもらうには役所あいてないといけないから、実質今日の17時が期限ってこと!?!?」


 パソコンで調べながら頭をかかえ、声も枯れよとばかりに小田桐おだぎりが何度めかの悲鳴を発する。


 いま何時かと時計を見ると、11時になろうかというところであった。

 期限まではあと6時間……


「いやいやいやいやありえないでしょさすがに! なんか、死亡日と誕生日が近すぎるときに、猶予っていうか例外で認めてもらえるみたいなのないんですか!?」


「例外はあるケド、ザコタロが亡くなたのは、8カ月マエくらいだから、ナイヨ。期限はツギの誕生日! コレはワガ国100年のルールネ!」


「8カ月前!? それで、なんで、伝えるのがきょうなんですか! 時間かかりすぎでしょ!」


 そう小田桐おだぎりに指摘されると、パヌーはペロッと舌を出した。


「ヒサシぶりの国外だから、ハメはずしちゃた! 半年グライかけてイロンナ国まわってェ、ニポンもイロイロ見てたら、遅クなちゃったヨ。ごめんネ」


 特にわるびれないパヌーの様子に、小田桐おだぎりはガクリと脱力してイスに腰かける。

 パヌーは長い脚を舞うように、優雅に組みあわせながらつづけた。


「デモォ、結婚なんてカンタンよ。好キナ人に愛を伝エテ、はぐくむダケ」


「いや、そんな、カンタンじゃないでしょ……だいたいなんですかそのルール。こどもだったり、既婚者だったり、たとえば同性愛、男性を好きな男性とかだったりしたらどうするんですか」


「みーんな結婚すればエエんよ! ワタシ、夫2人、妻3人いるヨ。ポッペンシャルルの国是コクゼは2つよ。ひとつは『ドンナ結婚もwelcome!』、もうヒトツは『人生はcarnival!』。ピンチがあってこそ人生ハ、そして結婚はカガヤクものよ!」


「結婚の価値観がまったくちがうのか……」


 パヌーの熱弁に対し、小田桐おだぎりは絶望をこめたため息を吐き出すと、ちらと古祐こすけを見やる。

 まだたましいがもどってきていないようで、遠くのほうを見て立ちすくんだままでいた。


 小田桐おだぎりは普段の仕事上の習性もあり、なんとなく場をつないでおこうとしゃべる。


「……それにしても、よく古祐こすけの居場所わかりましたね。もしかして、それを探すのに時間かかってたのもあるんですか」


「フフーン。それは、これヨ!」


 パヌーはカバンからゴソゴソとなにかをとり出すと、ゴトリと机に置いた。


 世界地図を下に敷いて、円錐に近い宝石に、ほそい糸が結ばれている。


「これはワガ国に伝わるマボロシの鉱物コーブツでね、探したいヒトを念じながら振るト、いる場所を教えてクレルんよ。大まかにダケドね」


 ためしにと古祐こすけを念じながら振ってもらうと、はたして日本の関東のあたりでだけ光が強まる様子が見てとれる。

 小田桐おだぎりはいたく感心する。


「なにこれ、魔法みたいっすね!」


「だいたい絞れタラ、あとはコレ! internet! あなたたち、会社のwebサイトに顔写真と名マエと会社ノ住所のせてるデショ。ソレでザコスケ検索したんネ」


「いやそれ結局ネットってだけでしょ! せっかく時間かかったことをフォローしようかと思ったのに、やっぱ来ようと思ったらすぐ来れたんじゃないすか」


 と小田桐おだぎりが言ったところで、長らくかたまったままでいた古祐こすけがようやく息をふきかえした。


 ふーっと長く息を吐き、「でも、そうだよな」とひとりごちる。


「お、おいどうした。 だいじょうぶか古祐こすけ


「うん、いや、どうしようかなって……でもうん、わかりました」


 決意を眉のあたりにみなぎらせて、言う。


「今日の17時までに、結婚します。それで、遺産をもらって、会社もどうにかします。父には、あんまり実感なくて申しわけないけど、落ちついたらポッペンシャルルへ行って墓まいりして、無沙汰ぶさたのお詫びと窮地きゅうちを助けてくれたお礼をちゃんと伝えます」


「いや結婚ってそんなかんたんにおまえ! 相手がいないと、結婚ってできないんだぞ……?」


「相手は、まあ、うん、その」


 古祐こすけは恥ずかしそうにほおをかきながら言う。

 だれかひとりの顔を思い浮かべているのであろう。


「います」


「なんだよ、おまえそういうの言えって! 古祐こすけ、そういう話ぜんぜんしないし、あんまりこっちから聞くのもわるいから、ひとりでいたい人なんかなーって思ってたよ!」


「それが、たぶんというか……同棲どうせい? っていうほどでもないんだけどしてて、でもよく怒ってるからあっちがどう思ってるのかはよくわかんないんだけど、自分が、結婚したいって思えるのはその人だけだから。その人しかいないから、ちゃんと、伝えようかなと。どこか『このままでもいいのかな』って現状に満足してたところがあるから、いい機会だし」


「うん、そうか……くわしいところはよくわからんが、落ちついたらちゃんと聞かせてくれよ。おれも嫁さんにプロポーズしたときはめちゃくちゃ緊張したし、やっぱ緊張すると思うけど、がんばれよ。会社のこととはぜんぜん別で、応援してる」


「ありがとう。そうしたら、時間もないしとりあえずその人と話をしに行ってきます。きょうの会議、急ぎじゃないのはぜんぶキャンセルしておいて。終わったら報告します」


「ワタシも見トドケないといけないから行くネ!」


 古祐こすけとパヌーとで、急いで会社を出発する。


 一方、その少しあと、お昼休みでお弁当を食べはじめた翡鞠ひまりのもとに、一通のメッセージがとどいた。


<急で悪いんだけど、お昼休みに少しだけ出てこれる?>


 ボキュンと、翡鞠ひまりの胸からドキドキしすぎた結果心臓がくだけたようなすごい音が鳴る。

 これまで古祐こすけのほうからこのようなメッセージが来たことは一度としてない。


「え? え? お昼休みにどうしたの? 古祐こすけがわざわざ呼び出しをしてくるって、まままさか、情熱があふれ出ちゃったすえのプロポーズ? 私の3年におよぶ刷り込みが……とうとう効果を発揮したのか……これは寿命のびちゃいますわ。のびのびですわ」


 ひとりでふふふと笑って、「ま、そんなことないだろうけど」とこれまでさまざまな期待に胸をふくらませては、一度としてかなってこなかったことを思い出し、少しだけさみしそうに顔をくもらせてつぶやいた。


 本当にそのまさかのプロポーズだとは夢にも思うまい。


 古祐こすけはパヌーにはものかげにいてもらうようお願いし、待ちあわせ場所の小さな公園へとたどりついた。


 その視線の先には、そわそわと立って待つ翡鞠ひまりがいる。


 古祐こすけは少しのあいだ、見とれた。

 胸が高鳴るのを感じた。


 翡鞠ひまりを見ると、いつもそうなる。


 結婚を申し込もうと、一歩を踏み出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る