第4話 1億円の遺産をゲットするためのたったひとつの条件


「ど、ど、ど」


 突然フロアに侵入してきた美女に抱きつかれた古祐こすけが、かたまりながらアワアワと口だけ動かす。


「どなたですか」


 という誰何すいかをようよう口からもらしたものの、


古祐こすけェ! おまえ、どこで、こんな美女と……」


「すみません新座にいざさんんんん」


「ニポン、広いから迷っタよぉ~」


 と、おのおのが好きにしゃべるので、現場は混沌こんとんをきわめている。


「と、と、とにかく!」


 古祐こすけがのどをしぼり出すようにして、大声をあげる。


「いったん、はなれてください」


 能動的にこちらからふれるわけにいかないと思ったのか、美女の背のうしろの空間で手をワキワキと困惑させながら美女へ語りかける。


「Oh……ポッペンシャルルだと、これぐらいアイサツよ」


「ポッペン……なんですって?」


「ポッペンシャルル。ワタシの国ヨ」


 ニッとまぶしいくらいに笑った美女に、とりあえず会議室へと移動してもらいつつ、突撃されて狼狽ろうばいしていた社員の子にあやまって仕事へともどってもらう。

 なんとなくこわいので、小田桐おだぎりには「本当に、本当に知らない人!」と主張して同席してもらうよう懇願こんがんした。


「ポッペンシャルル……聞いたことある?」


 小田桐おだぎりに質問され、古祐こすけはしずかに首を振る。

 どうも朝から処理不能なできごとがつづき、だいぶ疲弊ひへいしているようだ。


「ちちゃい、ちっちゃい島国ダカラ知らんかもナ。ニポンより、ずっとずと、ちちゃいヨ。population、ンーなんだっけ。あ、人口ジンコーも1万人グライしかおらんからネ」


「あ、そんなに小さい国なんですね……と、先に申し訳ありません。もしかして、英語のほうが話しやすいですか? おれもぜんぜん話せないけど……えー、Shall I speak English?」


「Thanks! でも、ポッペンシャルルはパルサイポポポウェイヌ語がメインで、私は英語もニポン語もカタコトだから、アンマ変わらんよ。正味しょうみなハナシ、単語が出ないときにドッチかわからんく、なるダケ。わかりニクかたら、ごめんネ」


「わかりました……でも日本語、とてもお上手ですよ。それで、そのポッペンシャルルからどんなご用で? あ、申し遅れましたが私は小田桐おだぎり大起だいきと申します。古祐こすけ、こちらの新座にいざとは当社を共同経営しておりまして……」


 気をきかせた小田桐おだぎりが代わって進行してくれ、古祐こすけはそのあいだにどうにか息を整えている。


「Oh! ダイキね。ワタシ、名まえ、パゥグログラフィーヌ言います。呼びニキィから、パヌーって呼んでくれてええよ。きょうはね、あ、コノタビは? ザコスケの daddy、お父さんが亡くなられたので、それで来マシたわ」


「えっ、お父さんが……おまえって、あんまご家族の話聞いたことなかったけど、お父さん外国にいたの?」


「いやはじめて聞いた……」


 古祐こすけはおどろきで呆然ぼうぜんとしつつ、家の事情を簡潔に説明した。


 父親は自分が12歳のとき(つまり14年前)、母と離婚して家を出たこと。

 離婚して数カ月は月に一度会っていたが、やがて会わなくなったこと。

 その後の消息はまったく知らず、おそらく母も知らないであろうこと。


 以上であった。


「だから、亡くなったって聞いても、まったく実感わかない……」


「お父さんの名まえなんていうの?」


「たしか、古太郎こたろうだったかな。新座古太郎にいざこたろう


「ソ。だから、ワタシはザコタロ♡って呼んでたヨ。なんか喜んデタからネ。で、ザコタロは8年前ぐらいかナ? ポッペンシャルルに来て、ワタシ、ザコタロにニポン語教えてもろた。そのワリにはうまかろ? それで、あー、cryptocurrency? ニポン語でナンダッケ、仮想通貨? わかる?」


「いまは暗号資産っていったりもしますが、わかります」


「オウ、そのアレを買ってテ、お金持ちになたよザコタロのくせに。それで2~3年まえからビョーキしてて、チョトまえに、亡くなた。それで、アー、遺産? ニポンのお金でケイサンすると、1億アルわけ。それ、渡しに、ニポンまできたネ」


「1億!?」


 古祐こすけ小田桐おだぎりは、思わず顔を見あわせた。

 まさか、こんなところで会社をピンチにおとしいれている金額を耳にするとは。


「えっ、あっ、でも、そちらの国で税金、相続税みたいなのないんですか?」


「ソーゾク? 正味しょうみワカランけど、ポッペンシャルルは、ゼーキンないよ。国の、人すくなくて資源ホーフ、豊かだから、働いてナイ人多いし、ゼーキンもないの。1億あたら、ソノママ1億もらえるべや」


「……古祐こすけ、兄弟いんの?」


「隠し子とかいなければだけど、知ってるかぎりは自分ひとり」


「えっ、えっ、じゃあ1億そのまま古祐こすけがゲットってこと? めちゃくちゃすごいじゃん。税金もかかんないってマジか」


「いや、あっちの法律でかかんないってだけだから、少なくとも、日本国籍のある自分がもらったら日本の相続税はかかるはず……。あとで顧問税理士に聞いてみるけど。だからもらってすぐに会社に入金しちゃうと相続税が大変になるか? いや、でも相続税ってたしか10カ月後とかのはずだから、それなら資金繰しきんぐりが落ちついたころにちょっとずつでも返してもらえればいけるか……」


 古祐こすけはブツブツと財産のやりようについてシミュレーションしている。

 小田桐おだぎりはそれを聞いておどろく。


「えっ、いや、それは自分の金なんだから、自分でちゃんともらえよ。それと会社のあれとはぜんぜん別の話だろ」


「すぐに使う見込みもないし、いいよ。会社にあげるっていうことだったら抵抗あるけど、一時的に貸しておいてあとでゆっくりでも返してもらえればって話だから、損するって話でもないし(会社がつぶれなければだけど)。実際社長も戻ってくるかもしれないことを考えると、あのままなんにも思いつかずにいるよりは、それで今月末をしのいだほうが会社のみんなのためになるはず。……よし、そうしよう」


 表情が変わらないながら、スッキリと即断そくだんした古祐こすけに、小田桐おだぎりはボリボリとかいたあと頭を下げる。


「いや、まあ……そうしてもらえんならほんと助かる。すまん!」


「チョチョチョ、まだゼンブ話してねェんヨ! ザコタロはネ、こどもザコスケ以外イナイって確認はしたんだけどネ、ポッペンシャルルならでは? の条件あるんだヨ」


「条件って……なんですか」


 いぶかしげに顔をしかめるふたりに、パヌーは得意げに胸をはって拳をつき出し、高らかに告げた。


「それは、27歳の誕生日までニ結婚スルコト!」


「27歳の誕生日までに結婚すること!?」


 小田桐おだぎりは驚きのあまりイスから立ちあがってオウム返しに絶叫した。


 古祐こすけは、古祐こすけはなんだその顔は? 古祐こすけもまた立ちあがったはいいもの、口を半びらきにして昇天しょうてんしたような表情になっているが、いったいどのような感情なのであろうか。

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