第10話 派遣社員の吉野さん最終回ジャンボ杏仁豆腐の海におぼれて地上より永遠に(小吉)

 職場には共用の冷蔵庫がある。


 お昼の弁当や飲み物を入れておくための福利厚生用の備品だが朝いちばんで苦情が出ている。


「さて、お昼休憩前に呼び出しを受けた理由はわかっているな後輩」


 面談用の小部屋には自分そして最近は仕事もこなせるようになってきた後輩女子。


「わかんないっす。これってセクハラっすね? 先輩ついにあたしに手を出す気に」


「そのセリフがこっちへのセクハラだし、そもそも公私混同しない! まず説明させろ!」


「はあい……」


「で、あの巨大な杏仁豆腐が入ったタッパーを持ち込んだ理由はなんだ?」


 弁当箱と呼ぶには巨大すぎるタッパーで冷蔵庫の段ひとつが占領されているというのが苦情だ。


「だってヨッシー明日で契約、切れちゃうじゃないですか」


 彼女とは同期に当たる派遣社員の吉野さんは明日がうちでの最終日で次は別の企業に出向する。


「それはけさまでの古い情報だ。自分からも優秀な人材が欠けると人手不足仕事が回らないから継続ということで推して話が通った」


「なら良かったっす。ヨッシーが前にあたしの実家でごちそうしたらバケツプリンみたいな量を食べたいって言ってたからお別れ前にと思って」


 後輩の実家は本格よりの町中華だそうだからその味を気に入ったということか。


「リクエストされたのか?」


「あたしからサプライズする予定だからヨッシーは知らないっす」


「まあ吉野さんはお昼牛丼屋多いそうだから、冷蔵庫の中に不干渉だしなあ」


「だから牛丼食べて帰ってきたら、テーブルの上にジャンボ杏仁豆腐♪」


「吉野さんが食べきれなかったらどうする?」


「あたしも手伝うっす」


「二人がかりでも余ったらどうする?」


「せ、先輩に……」


「おまえのフレンドリーなところは長所だし魅力のひとつだ。でも学生気分は卒業しとけ」


「はい。ごめんなさいっす」


「ジャンボ杏仁は自分が来客用の冷蔵庫に移しておく。吉野さんが戻ったら呼べ」


「さすがあたしの先輩っす♪」


「調子に乗るな。次にやらかしたら始末書だから覚悟しとけよ」


「は~い♪」


 ちなみに吉野さんはジャンボ杏仁豆腐を単独撃破したので自分と後輩の出る幕はなかった。

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