第8話 幸せのアップルパイ(大吉)

グルメ漫画の登場人物ではなくとも、誰しも好きな食べ物や思い出に残る味がある。


自分の場合は実家があった田舎町から電車で数駅先にある繁華街。

そこのバス停そばのパン屋。


ショーウィンドウに並んだおいしそうなアップルパイの姿は今も目に浮かぶ。


職場があるビル1階にはコンビニがあってお昼休みにはよく買い物をさせてもらう。


近所に定食屋だの牛丼屋もあるが混雑しているし職場の休憩スペースで食べる方が快適だ。


定番はおにぎり2個とホットスナックの鶏肉とサラダ。


あとはとある食品メーカーの菓子パン。


パイ生地の中にリンゴジャムという構造の疑似的なアップルパイだ。


学生時代は1日の食事をこの菓子パンとプロセスチーズと牛乳だけで済ませたこともある。


1階のコンビニではそこそこ売れ筋商品らしく、自分が最後の一個を買う機会が多い。


ペットボトルの紅茶のお茶請けとして菓子パンを食べようと袋を手にすると自分に向く視線に気付く。


「何か用?」


知らない女子社員だった。

左胸のプレートから察するに研修中の新人のようだ。まだ学生にも見える。


「アップルパイの人……」


「は?」


思わず脳裏には、天才演劇少女を陰ながら援助する【紫のバラの人】という言葉が浮かぶ


「最後の1個を買い占めたアップルパイの人が職場の先輩で良かったっす」


「人聞きが悪いな。たまたま自分が買った分で品切れになっただけだ」


「それ、あたしに売って欲しいんですけど。だめっすか?」


「いいけど、春のパン祭りは終わってたはずだぞ。あ、お釣り無いから100円でいい」


「毎度ありー♪ これで午後からは素敵な出会い~♪」


どうやら後輩らしい彼女は占いだか何かのラッキーアイテムとしてアップルパイを欲しがっていたようだった。

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