第7話 おいしいはずのエビチリ(凶)

 職場のビル1階には中華料理屋が入っている。

 お昼時や帰りに夕食をとることも多い


「あ……目崎さん」


 込み合う店内で相席になることは当然で、この日は久しぶりに対面に彼女がいた。


「ひさびさだね後輩くん。元気にしてたか?」


「おかげさまでなんとか生きてますよ先輩」


 目崎さんは自分より3年早く入社した先輩で総務課に引き抜かれていった人だ。


 優秀な彼女が抜けた穴を埋めるのはしんどい作業だった。


「先輩は今日もエビチリですか。真似しようかな」


 定食の注文を済ませると昔話に花が咲いた。


 取引先の変化や新旧の社員たちの動向、かつてのチームの仲間たちの去就。


「このお店ね、再来月には移転するんだって。次はコンビニが入るそうよ」


 食べ終わってからも話に付き合ってくれていた目崎さんはそう言って席を立つ。


「……さびしくなりますね」


「ええ、そうね。それじゃまた」


 歩き去る先輩の後ろ姿から少し冷めたエビチリ定食に視点の先を移す。


 ちゃんとしたエビチリを初めて食べたのはこの店だった。


 昼も夜もここで食事をして先輩や仲間たちと無茶な仕事をこなしてきた。


 ブラック企業から逃げ出した自分に初めて信頼できる仲間ができた場所だった。


 たとえチームが発展解消されメンバーが散らばってもここに来れば気持ちだけはーー。


 学生時代の友人たちと少しずつ疎遠になっていくのにも似た無力感がある。


 大好きなエビチリの味がよくわからなかった。

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