第35話 真の教育者

「――――というわけで、無事今回の件は収束したから」


「そう……」


 学園の医務室。

 セキュリティが一層強化されたこの場所で、ルルは受けた毒と怪我の治療を受けていた。

 様々な後処理を終えた俺は、そんな彼女に事の顛末を伝えているところである。

 

「誰も死ななくて、本当によかった」


「まったくだ。……にしても、よくあの魔族と互角にやりあえたな」


「やりあえてたかな……無我夢中であまり覚えていない。先生が助けに来てくれたあと、すぐ気絶しちゃったし」


「ああ……そうだ、助けが遅れて悪かったね」


「大丈夫。死にかけたけど、おかげでかけがえのない経験ができた」


「……そっか」


 二体の魔族の魔力を感知したあと、エヴァの方は心配無用と考えた俺は、真っ先にルルの下へ向かった。

 本来であれば、大した時間もかからずたどり着けるはずだった距離。

 しかしデビルスパイダーの群れが突如として現れ、俺の進路を妨害した。

 おそらく魔族が従えてきたのだろう。

 言い訳でしかないが、俺がすぐに駆けつけられなかったのには、そういった理由があった。


 俺が倒したあの魔物は、バエルというらしい。

 彼を倒したあと、俺は気絶していたルルをダンジョンの外まで連れ出した。

 眷属化の毒に関しては、生成したバエル自身がいなくなったことで効力がなくなっており、被害者たちはすぐに正気に戻った。

 しかし麻痺毒などは体に残ってしまい、奴らを倒して数日経った今でも、ベッドから動けずにいる生徒が存在する。

 もちろん直接毒を流し込まれたルルは、一番の重症者。

 それに加えてバエルと正面から戦闘し、大きなダメージを負った彼女は、重症者であり重傷者でもある。

 特に脇腹の損傷がひどく、肋骨の骨折が二本、それから軽度の内臓損傷が見られた。

 治療系の魔術を持つ者によってある程度の損傷は回復したものの、蓄積したダメージが抜けるまでには相当時間がかかる。


「当分は安静だな、ルル」


「……鍛錬したい。あの魔族に負けたこと、やっぱり悔しい」


 ルルが拳を握りしめる。

 俺がバエルと接敵した時、彼の魔力はすでにかなり減っているような印象を受けた。

 実際彼が全力だったら、勝負の結果はもう少し変わっていたかもしれない。

 ただ、あの状況を作り上げたのは、間違いなくルルの功績。

 彼女の努力が生んだ、確かな成果だ。

 その上で強い向上心を見せてくれるのは、教育者として嬉しい限りである。


「……ちゃんと体が治ったら、また鍛錬しよう。君にはまだまだ伸びしろがある。次は絶対、一人でも魔族を倒せるよ」


「ん……頑張る」


「その意気だ」


 ルルの強い眼差しを見て、俺は思わず笑顔になる。

 いまだ彼女の奥底にある魔力は、不気味な気配を放っていた。

 しかし独立するように宙ぶらりんだったはずのその力が、今はルルを守るように渦巻いている。

 きっと彼女が魔術をコントロールできるようになった証拠だろう。

 邪神クトゥルフと繋がる力。

 それをさらに洗練させれば、いつか俺のことも容易く超えていくはずだ。


「さて、じゃあそろそろ俺は行くよ」


「うん、お見舞いありがとう、先生」


 ルルに手を振って、俺は医務室を後にした。



「やあ、師匠」


 学園の廊下を歩いていると、向こうからエヴァが歩いてくるのが見えた。

 

「ルルの容態は?」


「順調に回復中だよ。一週間くらい安静にしておけば、動けるようになると思う」


「それはよかった」


 エヴァは安心したように笑みを浮かべる。

 本当に、間に合ってよかった。

 あの時もう少し到着が遅れれば、ルルはきっと連れていかれただろう。

 ダンジョンの様々なフロアには横穴が掘られており、バエルはそこを通って自由に移動していたという調べがついている。

 その穴を魔力を消した状態で移動されれば、もう見つけ出すことはできなかった。


「俺もまだまだ未熟だな……生徒を危険に晒してしまうなんて」


「……お言葉だけど、師匠が思うほどボクら教え子たちは弱くないよ」


「え?」


 そう言いながらドヤ顔をしたエヴァは、腕を組んで胸を張る。


「まあ、実力的には劣るけどさ……そういう意味だけじゃなくて。ルルだって、戦いのさなかで師匠の助けを期待していたわけじゃないと思う。やっぱり自分だけの力で、強敵に打ち勝ちたいって考えていたと思うよ」


 だってボクがそうだったから――――。


 エヴァはそう言葉をつけたした。


(そうか……そうだよな)


 俺は何を勘違いしていたのだろうか。

 ルルだって、エヴァだって、強くなるためにここにいる。

 いつだって俺が守ろうとすれば、それは彼女たちから一皮むける機会を奪っていることになるのではないか。

 

「もっと反省だな、俺」


 自分の頬をぴしゃりと叩く。

 俺の役目は、未来ある若者を守り、導くこと。

 そう、守るだけじゃないんだ。

 上手く導き、上手く守る。

 その二つが両立できて初めて、俺はまともな教育者を名乗れるんだ。


「俺も強くならないとな……」


「え、まだ強くなりたいの? 師匠」


「ああ、これじゃ全然足りない」


 すべてを凌駕できるほどの力があれば、もっと教え子たちを上手く守れるはず。

 強さの証は選択肢の多さ。

 彼女たちのために、俺は数多の選択肢を提示できる存在でなければならない。 


「……師匠がやる気になっているのに、弟子がそのまんまでいいわけないよね」


 そう言いながら、エヴァは俺の横に立つ。


「これからもご指導のほどよろしくお願いします、ローグ師匠」


「……ああ、最善を尽くすよ」


 ――――自分にできることはなんだ。

 何度も何度も、そんなことを問いかけ続けていた。

 その答えは、こんなおっさんになってもまだ分からない。

 だけどいつか、『自分にはこれがある』と胸を張って言えるように、ただ前に進もう。

 

 俺は真の教育者を目指す者。


 追いかけたいと思ってもらえるような偉大な背中を見せ続けることが、そんな目標を掲げる俺の背負った使命である。

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すべてを奪われた元騎士団のおっさん、かつての教え子に連れられ冒険者学園の教師になる~〝最強の勇者〟を育てた男のアラサー教師無双~ 岸本和葉 @kazuki

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