第34話 報告
「さっき言っただろ。俺の魔術は、対象物に流れる時間を速くしたり、
「……っ!」
ローグが魔術の対象に選べる物は、自分自身と、自分の手のひらで触れた物。
まずローグは自身で投げつけた剣の速度を、バエルにかわされると同時に極低速にした。
そして肉弾戦を仕掛け、剣という存在をバエルの意識から外す。
それから足運びや、時には力技を使って、ローグはバエルを剣の軌道の先に誘導。
最後にバエルが所定の位置に立っているのを確認して、剣の時間を加速させた。
「ははは……すごいや、全部君の手のひらの上か」
「こっちも命がけだったんだ。上手くいってもらわないと困る」
「そりゃそうだね」
バエルは血を吐き、膝から崩れ落ちる。
もう再生するための毒を生成する魔力は残っていない。
急速に彼の気配がしぼんでいくのを、ローグは感じ取っていた。
「……最後に聞かせてくれ。何故、ルルを狙った」
「――――僕らが、自由になるためさ」
「自由?」
バエルは天井を見上げ、言葉を紡ぐ。
「進化したとはいえ、僕らは所詮魔物。他種との共存なんてできないし、したくもない。けど好きに暴れたら、君たちみたいな人間の中の上澄みに消されるでしょ? だから思ったんだ。誰にも負けないだけの力を手に入れれば、もうコソコソすることもなく、本当の意味で自由に生きられるって」
「……」
それはひどく子供らしい願望。
しかしながら、バエルはそれを本気で求めている。
決して褒められた願いではないが、そのために命をかけた者を、少なくともローグは笑わなかった。
「ま、結局負けちゃ意味ないけど。……でも、最後に思いっきり遊べて、楽しかったよ」
「……そいつはよかったな」
「死ぬ前に、一つ忠告だ。僕みたいな魔族は、隠れているだけでまだまだたくさんいる。これからも気を付けることだね」
その言葉を最後に、バエルの目から光が消えた。
そしてローグは、彼の体から剣を引き抜く。
「ああ、肝に銘じておくよ」
◇◆◇
「……逝ったか、バエル」
壁に背を預けながら、モラクスはつぶやく。
そんな彼女の前には、エヴァが立っていた。
「驚いたよ、まさかここまで時間を稼がれるなんてね」
「途中から手を抜いていたくせに、白々しい」
「人聞きが悪いなぁ……君が強いせいで、丁寧に立ち回らざるを得なかったんだよ?」
モラクスの体は、すでにボロボロ。
もう立ち上がることすら困難なほどの重傷を負っていた。
対するエヴァは、まったくの無傷。
圧倒的な力の差が、そこにはあった。
「……君の仲間は、ボクの師匠が仕留めたみたいだね」
下層から感じ取れるローグの気配。
それは間違いなく、このダンジョン内でもっとも大きな気配だった。
「まさか、魔王軍を一人で壊滅させたあの忌々しい人間が来ていたとはな……さすがに想定外だった」
「知ってるんだ、ローグ師匠のこと」
「私はその軍に参加していたからな。ただまあ、勝てないと踏んで仲間と共に途中で撤退したが」
「……」
皮肉な笑みを浮かべるモラクス。
エヴァはそんな彼女の首元に、刃を突き付けた。
「君が魔王軍にいたっていうなら、一つ聞かせて欲しい。『魔王という名の傀儡』って、どういう意味?」
「……あれは、我々魔族の魔力を寄せ集めて作り上げた、自由の象徴だ」
「自由の象徴?」
「我らが目指していたのは、何者にも邪魔されることのない自由な世界――――好きに殺し、好きに食らう、法など存在しない力だけの社会だった。そのためにはまず、強い人間をすべて抹殺する必要があった」
「……」
「魔族同士は、縄張り争いなどでいがみ合うことも多く、協力し合える存在は数少なかった。だから作り上げたのだ。真なる自由を求める、魔族の王を」
「架空の王様を作って、間接的に魔族を纏めた、ってこと?」
「そういうことになるな」
「へぇ、よく考えられてるね」
エヴァは素直に感心していた。
人間のように社会性を持たないであろう魔族が、一つの目的のために力を合わせている。
それが真実なのであれば、今までの魔族や魔物に対する研究は大きく覆るはずだ。
付け加えると、それらは新たな人類の脅威として定められてもおかしくない。
「ルル=メルを食らえば、私たちの野望に近づけると踏んだんだが……ふふっ、まさかここまで上手くいかないとは」
「攫った学園の生徒は、もう君の胃袋の中?」
「いや、バエルが眷属にしたが、食ってはない。そして奴が死んだ今、ここにいる者たちも皆解放されるだろう」
「それはよかった」
「……もう話すことはないだろう。さっさと止めを刺せ」
「一応聞くけど、言い残す言葉は?」
「無念、ただそれだけだ」
「……分かったよ」
エヴァはどこか寂しそうな顔をしながら、剣を振り上げる。
「できることなら、君たちとは切磋琢磨する仲でありたかったよ」
鋭い刃が、モラクスの首を刎ねた――――。
二体の魔族による学園の生徒襲撃。
それは一部の権力者、そして騎士団によって、秘密裡に処理された。
大々的な民間人への共有は、パニックを生むだけだと判断された結果である。
この件で被害者となった学園関係者、延べ八十八名は、全員命に別状なし。
しかしSランク魔族、魔蟲のバエルによって注入された神経毒によって、一部後遺症が残ってしまった被害者を数名確認。
完治を目指すべく、事件当日から現在に至るまで、国の中枢に席を置く〝宮廷魔術師〟による研究が日夜行われている。
二体の魔族、魔蟲のバエル、魔牛のモラクスの遺体は同じく宮廷魔術師が回収。
毒物の研究、そして神出鬼没な魔族への対策を立てるべく、現在は解剖にかけられていた。
またエルゼガル王国はこの一件を踏まえて、〝魔族用特別対策課〟を設立。
Sランク以上の冒険者、またはそれに相当する実力者に多くの恩恵を与える代わりに、魔族の討伐を最優先で行う義務を与えた。
現在所属を命じられたのは、エヴァ=レクシオン、ハルバード=ゼブル、リナリア=フルシエルの三名である。
エルゼガル王国騎士団は、街はずれの警戒を強化。
魔族への対応がいち早くできるよう、人手と巡回の頻度を増やした。
エルゼガル冒険者学園については、魔族に直接的に狙われたことを考慮し、新たに特別講師を派遣。
彼女には護衛兼教育者として、学園への常駐が命令されている。
なお、特別講師としてもう一人、現在学園の教師として登録されている元騎士団団長、ローグを推薦。
推薦者は、エヴァ=レクシオン、リナリア=フルシエルの二名となっている。
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