第30話 第二ラウンド
「ふっ!」
モラクスの叩きつけた斧が、地面を粉砕する。
素早くそれを回避したエヴァは、お返しとばかりに剣を振った。
膨大な魔力をまとった一振り。
モラクスは斧の柄でそれを受け流し、すぐに距離を取った。
(受け流したというのに腕が痺れている……正面から受け止めていたら、そのまま柄ごと両断されていたな)
腕の感覚を確かめるモラクスを見て、エヴァは小さくため息をついた。
(完全なパワー型かと思いきや、意外と小細工も使ってくる……ちゃんと戦闘経験を積んでるタイプか。シンプルに面倒くさいな)
魔族は強い。それこそ人間という種族よりもはるかに。
しかし、故に魔族は戦いの経験を積むことが難しい。
何故ならば、大抵の敵は圧倒的な力量で一方的に嬲ってしまえるから。
「ちょっと出力を上げるか……」
エヴァの魔力がさらに増える。
ゾッとするほどのエネルギーを感知したモラクスは、冷静に斧を構え直した。
「これを見て冷や汗も流さないんだ。ずいぶん冷静だね」
「ふん、今更貴様の魔力がどれだけ増えようが驚かん。私は私の役目を全うする。それだけのこと」
練り上げられた魔力が、モラクスの全身を包み込む。
そして次の瞬間、彼女が口にした言葉に、エヴァは驚かされた。
「術式解放――――〝
「っ⁉」
モラクスのいた地面が爆ぜる。
そして彼女は、瞬き程度の一瞬でエヴァの側に移動していた。
「ふんッ!」
横なぎに振るわれた斧を、エヴァは剣で受け止める。
しかしその威力は先ほどの一撃の比ではなく、エヴァの体は勢いよく後方へと飛ばされた。
「っ……」
エヴァは飛ばされながらも体勢を立て直し、着地に成功する。
「まさか、魔族が魔術を使うなんてね」
「人間が使っているところを観察したからな。おかげで〝魔纏〟も、魔術も習得できた」
「ご立派な進化を遂げたね、ほんと」
そんな風に皮肉を言いながら、エヴァはモラクスをよく観察する。
(何か不思議な力に飛ばされたっていうより、純粋に力負けしたって感じか……可能性が一番高いのは、筋力量を増幅させるって効果かな)
エヴァの予想は、概ね的中していた。
モラクスの魔術、〝
あくまで仮想であるが故に、どれだけ量を増やしたところで動きが阻害されることはない。
加算する筋肉の量や位置は自由自在で、全身ではなく一部分に集中して強化を施すことも可能。
系統でいえば、そこにあるものを強化する〝洗練型〟に該当する。
〝接続型〟のエヴァやルルと比べて規模が見劣りするように感じられるかもしれないが、魔術はどれも相性と使い方次第。
実際モラクスは、己の持つ強靭な筋肉をさらに強化することで、エヴァの一撃を上回る威力を見せつけた。
(もうじき十分が経つ……〝
無限の魔力と対になる、無限の筋力。
エヴァはそれに対抗するため、魔力の出力をさらに上げる。
「……来い」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
エヴァが地面を蹴る。
正面に斧を構えるモラクスは、彼女の一撃を受け止めるべくエヴァの行動を見据えた。
「そんなに見られると、こっちも照れちゃうぞっと!」
「っ!」
エヴァはモラクスではなく、地面に向けて剣を振る。
すると切り取られた地面が起き上がり、モラクスの視界を遮る壁となった。
「小癪……!」
目の前の壁ごと両断すべく、モラクスは再び斧を振るう。
彼女の馬鹿げた筋力によって振られた斧は、壁を容易く切断した。
しかし――――。
(人を斬った手応えがない……!)
そこで働くモラクスの直感。
とっさに顔を上げた彼女は、視線の先で金色の流星を見た。
「気づいたみたいだけど、もう遅いね!」
全力で斧を振ったモラクスは、先ほどのように柄での防御ができない。
取れる――――そう確信したのは、ほかならぬエヴァだった。
「……あれ?」
そう確信したからこそ、エヴァは首を傾げた。
モラクスの肩口に向けた、その一撃。
心臓を破壊できるはずだったその刃は、あるはずのない酷く硬い感触に阻まれていた。
「上半身の筋力を重点的に強化して正解だった……こういうの、勘が当たった、と言うんだったか?」
〝
特に硬さのステータスは操作しやすく、モラクスはとにかく硬質な筋肉を、肩回りに加算した。
見た目は変わらないが、魔術によって得た仮想の筋肉の厚みによって、エヴァの一撃を受け止めたのである。
「さて、そろそろ時間か?」
モラクスは、エヴァに向けて拳を放つ。
それを腹でもろに受けたエヴァは、何十メートルも後方へ殴り飛ばされた。
「……まいったね、これは」
無尽蔵に溢れ出ている魔力のおかげで、エヴァの体はかろうじてノーダメージ。
しかしそこにあったはずの膨大な魔力が、急激にしぼみ始める。
彼女の魔術である〝
「思っていたよりも呆気ないな、エヴァ=レクシオン」
立ち上がったエヴァに、モラクスが近づいてくる。
今のエヴァには、魔力がほとんど残っていない。
〝
一度繋がれば圧倒的な力を発揮できるその魔術だが、接続を維持するための魔力は元々持っている自分の魔力を消費する。
つまりその魔力がなくなってしまったが故に、魔術が切れたのだ。
素の状態でも桁違いなはずのエヴァの魔力が、たった十分で底をつくだけの消費量。
〝
「魔術を発動できない貴様では、これ以上抵抗も難しいだろう。一思いにここで首を落としてやる」
モラクスが斧を持ち上げる。
それを見たエヴァは、諦めたように息を吐いた。
「はぁ……まさかここまで追いつめられるなんて。久しぶりだよ、君のような強敵に出会ったのは」
「……?」
そんなエヴァの言葉を聞いて、モラクスは自分の肌にピリッとした違和感を覚えた。
「ボクをここまで追いつめた君に敬意を表して、こっちもギアを上げよう」
「……何を言っている。貴様にはもう魔術を扱う力は――――ッ⁉」
エヴァの体から、突如として魔力があふれ出す。
いつの間にか彼女を包んでいた星の光も復活しており、辺りをまばゆく照らしていた。
「魔術を扱う力が、なんだって?」
「何故だ……⁉ 〝接続型〟の魔術の弱点は時間! 貴様はとっくに制限時間を使い果たしたはず……!」
「確かにボクは、魔術の制限時間を使い果たした。……一つ目のね」
「一つ目……?」
「ボクの魔術の本当の能力……それは、この世にある十二個の偉大な星座と、ボク自身を繋げることだよ」
偉大なる十二星座――――。
それぞれ名称を、アリエス、タウロス、ジェミニ、キャンサー、レオ、ヴァルゴ、リブラ、スコーピオン、サジタリウス、カプリコーン、アクエリアス、ピスケス。
〝
ブラックドラゴンの体を治したのも、変質させたのも、この魔術によって得た星の権能の力である。
「今ボクは、星座一つに対しての制限時間を使い果たした。残すはあと十一星座……さて、第二ラウンドといこうか」
「っ……! 化物め……!」
「ふふっ、化物からそう言ってもらえて光栄だね」
エヴァは自身の剣に膨大な魔力を纏わせる。
こうして再び、モラクスにとって地獄の時間が始まった。
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