第27話 魔牛
「ふむ……もう動く人はいないかな」
襲い掛かってきた教師の腹に剣の柄を叩きこんで気絶させ、エヴァは小さく息を吐いた。
(これだけの人数を操っておきながら、やはり魔術的痕跡がない……本当に毒物なんだとしたら、相当厄介そうだね)
エヴァは、出入口の方と先へ進む道を見比べる。
(さて、戻るか否か)
ここは仮にもダンジョン。
出現するのは小鬼という低ランクの魔物ばかりとはいえ、気絶した人間を放置していくのはあまりにも危険だ。
しかし、自分以外にもこうした襲撃を受けている者がいるかもしれない。
エヴァであれば、簡単な結界術で気絶した者たちを守りつつ、下にいるルルやローグの援護に向かうことは可能だ。
「奴の眷属をこうもあっさり処理するとは……ああ、急いで正解だったな」
エヴァが選択肢を絞る前に、出入口の方向から一人の女が現れる。
背中に巨大な斧を背負った女――――モラクスは、落ち着いた態度でエヴァの前に立った。
「魔族、かな」
「角を見れば分かるだろう」
「どうかな、最近ではおしゃれでつけてる人もいるかもしれないし」
「疑うのであれば、これでどうだ?」
モラクスが隠していた魔力を解き放つ。
すると壁が揺れるほどの波動が、フロア全体に駆け抜けた。
(魔力量はクロと同等……Sランクの上位ってとこかな)
肌がビリビリ震える感覚を味わいながら、エヴァは冷静に敵を観察する。
彼女にとって、魔族との戦いは初めてではない。
魔王を倒しに行くときに、数多の魔族を葬ってきた経験がある。
しかし、ここまでの魔力の持ち主は、ほとんどいなかったと言っていい。
「礼儀として名乗っておこう。私は魔王軍幹部、〝魔牛〟のモラクス。貴様はエヴァ=レクシオンで間違いないな」
「魔族がいっちょ前に二つ名なんて持っちゃって……人間に憧れてしまったのかな?」
「……質問に答えろ」
モラクスが背中の斧に手をかけた瞬間、圧倒的な殺傷力が実体を帯びる。
そして抜き放つがままに振り下ろされた斧に対し、エヴァは体が危険信号を発していることを理解した。
とっさに体を横に傾ければ、そこを強力な斬撃が通過していく。
今の一撃で地面が深くえぐり取られたのを見て、エヴァは茶化すように口笛を吹いた。
「いい攻撃力だね。当たったら大変だ」
「さあな。試してみろ……!」
「っ!」
先ほどよりも大きく振りかぶったモラクスは、力いっぱい斧を振り下ろした。
膨大な魔力が込められていることによる衝撃を伴った斬撃が、エヴァに迫る。
「〝
魔術を発動したエヴァは、無限に近い魔力を用いて斬撃を受け止める。
魔力と魔力がぶつかり合い、轟音と共に爆ぜた。
「……それが貴様の魔術か。こうして見ると、やはりふざけた魔力量だな」
「結構調べてるみたいだね、ボクについて」
爆心地の煙が晴れる。
そこには、全身が光に包まれた無傷のエヴァが立っていた。
「全身を高密度の魔力が包み込んでいる……それによって爆発を防いだわけか」
モラクスの分析は合っていた。
〝
実質魔力が無限にあるエヴァは、魔力を体の周りに押し留めておく必要がないからだ。
つまり彼女の体は、常に膨大な魔力に覆われている状態。
大きな滝に小石を投げつけても向こう側まで届かないように、生半可な攻撃に対しては防御すら必要ないのだ。
「だが、知っているぞ、その魔術にも限界があることを」
モラクスは自身の斧をエヴァに突きつける。
「接続型の魔術には、時間制限がある。貴様の魔術でいえば、十分といったところか」
「へぇ、よく知ってるね。時間制限について公表したことはないんだけど」
「見ていたからな。魔王という名の傀儡を通して!」
「っ!」
モラクスは、地面が砕けるほどの力で強く踏み込んだ。
純粋な脚力でエヴァとの距離を一気に詰め、その脳天目掛けて斧を振り下ろす。
エヴァがそれを魔力を纏わせた剣で受け止めると、壁や地面に無数の亀裂が走った。
「重い女は嫌われるよ? 体重も攻撃も」
「いつまでふざけている!」
「おっと……」
腹部に向かって飛んでいたモラクスの蹴りを、エヴァは後ろに跳んで回避する。
(参ったね……ボクの魔力の鎧をもってしても、今の蹴りは確実にダメージとして通ってた)
魔物の中には、種族によって人間の数十倍の身体能力を持つ個体がいる。
モラクスが魔物だった時の種族は、ブラックブル。
黒い鎧のような皮が特徴の、Bランクモンスターだ。
ブラックブルの筋力は常人の五十倍以上であり、屈強な男性五十人で綱引きを挑んだとしても、勝ち目がないと言われている。
そんなモンスターの身体能力が、魔族になったことでさらに底上げされ、新たに得た魔力による強化術によって一段階も二段階も強化された。
ただの拳や蹴りが、確実に人体を破壊できるだけのパワーを備えている。
エヴァの魔力の鎧を貫通する理由としては、十分理に適っていた。
(これだけの魔力を持つ魔族が、少なくとも王都の周辺にいた……まさか気づくことすらできないなんてね。ま、それだけこいつらの魔力を隠す技術が高いってことか……厄介極まるな)
エヴァは状況を冷静に判断する。
(ボクの手札はある程度バレている。けど、この魔族が自身の実力しっかり理解できているのなら、それでも必ず勝てるってわけじゃないことくらい分かっているはず。無鉄砲に挑んでくるほど馬鹿ってわけでもなさそうだ……となると、何か勝つための秘策を用意しているか、それとも別の目的に基づいたただの陽動か……)
彼女の考えた一番有力な説は、陽動説だった。
状況や言動を踏まえて、この女が誘拐事件の主犯格であることはまず間違いない。
しかし予想していた毒物による攻撃や、洗脳系の技を使ってこないところを見るに、生徒たちを誘拐して操り人形にしていたのは、別の存在ということが考えられる。
それがモラクスとは別に動いているとして、目的は――――。
「ルル、だったりする?」
「ほう、何故そう思う」
「魔族は上質な魔力を持つ存在を食すことで、己の力を底上げできる。ルルは戦闘力はまだまだ未熟だけど、見合わない魔力量を持つ存在……つまり君にとっては、とびっきりのご馳走ってわけだ」
「……」
「すべては今日のダンジョン実習でルルを奪い去るため。これまでの誘拐事件は、ここに転がっている彼らのような学園関係者をできるだけ排除するための下準備だった。今こうして私が足止めされている間にも、君の仲間がルルの下に向かっている……どう? いい線いってるんじゃない?」
「……驚いた。中々の名推理だ」
モラクスの顔は、素直に感心している様子だった。
しかしエヴァは、内心舌打ちをする。
(間違ってはいないけど、すべて合ってるわけじゃないって感じかな。でも、ルルを狙っているのは確実……万が一にも奪われるようなことがあれば、相当大変なことが起きそうだ)
ルルを食った魔族が、果たしてどれほどの力をつけるのか。
エヴァですら、その結果は想像できない。
ただ、人類に対する大きな脅威になりうることだけは、確信が持てた。
「気づかれてしまったのであれば、もう隠す必要もあるまい。……ルル=メルを守りたいのであれば、素早く私を倒すことだな。こうしている間にも、私の仲間が奴の下へ向かっているぞ」
「そうやって挑発して、ボクを焦らせるつもり?」
「その意図もあるが、私は事実を言ったまでだ」
「そっか。じゃあ、こっちも一つ教えてあげよう」
エヴァは、モラクスに対して意地悪な笑みを向けた。
下層にいるのは、何もルルだけではない――――。
「君のその仲間、多分一番の外れくじを引いたよ」
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