第26話 みーつけた
「リナリア様!」
学園長であるリナリアの部屋に、秘書のサリアが飛び込んでくる。
その表情はひどく焦っており、報告内容がただ事ではないことを匂わせていた。
「どうしたのですか、サリア」
「ローグさんの仮説を元に、行方不明から学園に戻ってきた生徒の体を解析した結果が出ました……!」
「っ!」
リナリアは手に持っていた書類を机に置き、顔を上げる。
「あの方の予想通り、微弱ながら毒物の反応が出ました。ただ……いくつかの毒が混ぜ合わされているようで、具体的な毒物の種類はまだ……」
「……そうですか」
「今のところ確認できているのは、高い中毒性と、錯乱効果……それと身体能力増強効果です。生徒がエヴァに対して襲い掛かったのは、間違いなく毒物が原因かと」
報告をすべて聞いたリナリアは、小さくため息を吐いた。
(ここに来て毒物とは……厄介な存在に目をつけられたようですね)
毒物の解析がこうも遅いとなると、一部の毒は未知の物である可能性が高い。
つまりリナリアたちの敵は、新種の毒物だろうが生成できる化物。
「生み出した毒物で生徒を操り、自分の足で学園から離れさせる……いなくなった生徒の数からして、操られている生徒が学園内部で毒物を蒔いていた可能性もありますね」
「人から人への感染ということですか……?」
「いえ、少なくとも空気感染はあり得ません。もしそんなことまで可能なら、とっくにこの学園は敵の手に落ちています。そうですね……たとえばですが、違法ドラッグのような広まり方をしていると言われた方が、納得できるかと」
「――――なるほど」
リナリアは席を立ち、後ろにある窓から外を見る。
窓から見えるのは、広大な学園の敷地。
今日も冒険者を目指す若き人材たちが、目標のために鍛錬を続けている。
「守らなければなりません、未来ある若者たちを……。サリア、引き続き毒物の解析を進めなさい。それと錯乱と中毒成分に対する解毒薬の手配を。最低でもその成分さえ抑えられれば、被害は食い止められるはずです」
「分かりました。至急手配します」
そう告げて、サリアは学園長室を去る。
「彼らはダンジョンに突入した頃ですか……そちらは何事もなければいいのですが」
◇◆◇
六階層にたどり着いたルルたちの前に、再び小鬼たちが立ち塞がる。
「三匹……!」
レイナの矢が、同時に三匹の小鬼の胸を貫く。
すでに彼らの周りには、小鬼の死体が何体分も転がっていた。
「大したことねぇな、こいつら。楽勝だぜ」
「そうだね……!」
レイナとクリスの会話を、ルルは黙って聞いていた。
出てくる魔物は小物だらけ。
接近戦が得意なクリスという名の前衛と、魔力を矢に纏わせることができるレイナがいる時点で、苦戦はあり得ない。
「……あなたは戦わなくていいの?」
「……」
ルルがもう一人のパーティメンバーである少女に問いかけると、彼女は一つ頷くばかりで言葉を発さなかった。
どうやら相当な引っ込み思案なようで、先ほどから歩みについてくるばかりで戦おうとする姿勢を見せない。
(まあ私も人のこと言えないけど……)
クリスとレイナの快進撃のおかげで、ルルもここまで戦わずに済んでいた。
しかしこれではせっかくの実習が無駄になってしまう。
「ごめん、ちょっと代わってもらっていい?」
「「え?」」
「私もほしい、実戦経験」
前へ前へと進んでいく二人の間を通り、ルルが先頭に立つ。
すると見計らったように、再び三体の小鬼が現れた。
「……〝
「ギャギャ――――」
ルルの背後から伸びた触手が、小鬼をまとめて薙ぎ払う。
小鬼たちはそのまま壁に激突し、一匹残らず肉塊と化した。
「お、おい……それって魔術か?」
「……うん」
「もしかしてお前……ルル=メル?」
「そうだけど……」
クリスに問われたルルは、素直にそれを肯定する。
するとルル以外の三人が、突然目を見開いた。
「「「みーつけた」」」
「っ⁉」
剣を振り上げながら、突然クリスがルルに向けて飛び掛かる。
まさに不意打ち。
しかしルルは、その攻撃に反応してみせた。
「クーちゃん!」
飛び出した触手が剣を受け止める。
クリスのその凶刃は、触手にわずかにめり込んだところで止まった。
(高密度の魔力を纏うクーちゃんの触手が傷ついた……?)
一生徒でしかないクリスの斬撃が、ここまで重いはずがない。
あまりにも想定外すぎる事態に、ルルの頭は混乱する。
「フーッ! フーッ!」
「……どうなってるの」
荒い息と、防がれているのに力任せに剣を押し込もうとする思考力のなさ。
クリスの顔は、明らかに正気を失っていた。
「……〝
「っ……」
サイドに回り込んだレイナが、ルルに向けて魔力を纏わせた矢を放つ。
彼女も間違いなく正気を失っていた。
「……何が起きてるか分からないけど、みんな敵ってこと?」
触手をもう一本伸ばして矢を払いのけたルルは、険しい顔で三人を見比べる。
(敵意があるって感じじゃない……何かに洗脳されてる? だとしたら傷つけちゃいけない……)
触手を操作し、ルルは三人を自分から大きく遠ざける。
(大丈夫、私の魔術は捕獲向き……)
ルルの背後から、さらに数本の触手が飛び出した。
戦闘態勢に入った彼女に対し、正気を失った三人が飛び掛かる――――。
一方その頃、三階層に到達した第五パーティでは……。
「ふぅ……どういう状況かな、これ」
ルルと同じく、エヴァの周りでは無数の生徒たちが武器を構えていた。
彼らは今にもルルに飛び掛かろうとしており、空気がかなり張り詰めている。
(他の班の連中もいる……みんな洗脳されてるみたいだね)
エヴァの視界には、引率役の教師までもが入っていた。
まともそうな人間は一人として存在しない。
「あとから入ってくるメンバーも洗脳されてたんじゃ、だいぶ面倒くさそうだ。ここは一気に片付けさせてもらおうかな」
剣を抜いたエヴァに対し、正気を失った者たちが一斉に飛び掛かった。
◇◆◇
「全員ダンジョンに入った?」
「ああ、確認した」
ダンジョンの外には、バエルとモラクスの姿があった。
そして何故か、外で待機しているはずの学園関係者の姿が消えている。
バエルはそんな誰もいなくなったダンジョンの出入り口に立つと、狡猾な笑みを浮かべた。
「増えに増えた眷属たちから得た情報によると、ルル=メルは六階層、エヴァ=レクシオンは三階層にいるみたい。一応分断はできてるね」
「脅威になるのはエヴァ=レクシオンだけ……あとは奴が下層にたどり着かぬよう、私が食い止めればいいんだな」
「うん、そういうこと。でも大丈夫?」
「何がだ?」
「あの勇者の一人だよ? ちゃんと時間稼ぎできるの? って話」
「あまり私を舐めるなよ。相手がなんであれ、時間稼ぎに専念すれば不可能はない」
「ふーん……」
意味ありげに目を細めたバエルは、両手を合わせて大きく伸びをする。
「貴様こそ、ルル=メルを捕獲できるんだろうな」
「そこは大丈夫。策を用意したから」
「策?」
バエルが両手を打ち鳴らすと、どこからともなく虚ろな表情をした学園の生徒たちが現れた。
彼らはふらふらした動きで、バエルの周りに集う。
「攻撃が広範囲に及ぶタイプの弱点って知ってる?」
「……?」
「あはは、教えてあげる。それはね……近くに味方がいると、全力が出せないところだよ」
「ふん、なるほど……そういうことか」
「――――さて、僕らも一狩り行くとしようか。エヴァが時間稼ぎ用の眷属を蹴散らす前にね」
そう告げて、二人はダンジョンの中へと足を踏み入れた。
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