第25話 ダンジョン実習
「これより、ダンジョン実習を行います」
一人の教師が、生徒たちの前でそう宣言する。
ここは街から離れた位置にあるDランクダンジョンの前。
冒険者学園二年生の生徒たちは、これからこのダンジョンの奥地を目指すことになっている。
「このダンジョンは地下に伸びていて、階層としては第七階層までしかありません。皆さんの目標は、その最下層に設置されたバッチを回収してくることです」
教師は生徒たちに向けて手のひらサイズのバッチを見せる。
彼らは、あのバッチを求めてダンジョンに潜るわけだ。
「まずはパーティ編成を行います。全員でくじを引いてもらい、同じ番号を引いた者同士がパーティです」
今回のダンジョン実習に参加している学生の数は、ちょうど四十人。
一つのパーティの理想人数は四人であるため、全部で十組できるはず。
教師は二パーティごとに引率することが決まっており、俺の受け持つパーティは一番と二番。つまり最初に突入するメンバーだ。
危険を察知して引き返すかどうかも俺が判断しなければならないため、中々責任重大なポジションである。
「それでは引いた番号のところに集まってください」
くじを引き終えた生徒たちは、それぞれの番号が振られた場所に集まっていく。
すると俺が引率する予定の第一パーティに、ルルの姿があった。
彼女は俺に気づいて小さく手を振る。
そしてもう一人見知った顔として、俺の実戦総合の授業に出てくれているレイナの姿もあった。
ちなみにエヴァは第六パーティ。
俺の引率範囲からはかなり離れている。
まあ彼女がいるパーティに関してはなんの心配もしていないが。
「第一パーティから順に、十分間隔で突入してもらいます。それぞれ準備を怠らないように。あとは引率の皆さん、よろしくお願いします」
俺は引率する第一と第二パーティの下に歩み寄り、一旦全員を集めた。
「えっと、ここにいる二つのパーティを引率するローグだ。新参者だから、中には俺の顔を知らない人もいると思うけど、今日はよろしく頼む」
そうして挨拶してみたはいいものの、生徒たちの表情は全体的に硬い。
まあこれから命がけの場所に向かうわけだし、緊張するなという方が難しいか。
ただ、緊張しているくらいがちょうどいいとも言える。
冒険者の一番の死因は、油断によるものだ。
敵の力量を見誤る、トラップの確認を怠る、物資をケチる――――手間などを横着して自分の力を過信した結果、予期せぬ事態に対応できずに散っていく。
それらのミスは、特に低ランク帯の冒険者に多い。
常に適度な緊張感を。それが冒険者として生き残るコツ……らしい。
もちろん、緊張しすぎて固まってしまうようでは、本末転倒だが。
「……みんな、少し肩の力を抜こうか。このままじゃ動きが悪くなってしまうよ」
一つ手を叩き、みんなの意識を俺に集める。
「このダンジョンの魔物なら、みんなの力で十分倒せる。今日はそれをぜひ実感してもらいたい。大丈夫、何かあっても、必ず俺がサポートするから」
普段は自信を持てない俺だけど、教え子のためなら、自信があるフリくらいはできる。
実戦で得た成功体験は、その後の成長を大きく促してくれる大事な要素。
彼らには、俺を信じてのびのびと戦ってほしい。
「ローグ先生、そろそろ第一パーティの方から突入させてください」
「分かりました」
先輩教師に促され、俺は第一パーティの面々に出発の指示を出した。
ダンジョンのタイプは、遺跡型。
石でできた人工物のような造形であり、入口は下の階層へと続く階段状になっている。
「……」
その階段を下る直前で一度振り返ったルルは、俺に向けて一つ頷いた。
それに俺が頷き返すと、彼女は仲間に続いて地下へと降りていく。
ルルにとってはなんてことのないダンジョンだろうに、顔に慢心の色がないのはとても素晴らしいことだ。
(さて、俺も準備するかな)
引率者は、前のパーティと後ろのパーティのちょうど間を進むことになっている。
つまりルルたちが出発した五分後に、俺が単身で出発するわけだ。
情けなさすぎるため口にはできないが、正直ちょっと不安である。
何せ一人でダンジョンに潜った経験がない。
このダンジョンはとっくの昔に攻略済みで、罠なども確認されていないことは分かっているのだが、それでもちょっと心配だ。
先生が生徒の前で恥かけないというか……まあそれはいいとして。
「……よし、行くか」
薬草を元にした治療薬などをしっかり持っているか確認してから、俺は第一パーティを追ってダンジョンの階段を下った。
◇◆◇
ルルのいる第一パーティの初戦闘は、なんとも呆気ない結果だった。
「ギャギャギャァ!」
「はっ!」
小柄な小鬼の体を、前衛を担当していたクリスという少年が剣で両断する。
小鬼の体は崩れ落ち、そして血だまりが広がった。
「は、初めて魔物を倒した……!」
クリスは興奮した様子で、自身の剣を見る。
その間、ルルは念のため周囲に警戒を向けていた。
(戦闘が呆気なく感じた時は、しばらく周囲を警戒しろって先生言ってたな……)
油断してはいけない理由は、その呆気ない敵が陽動である可能性があるからだ。
敵を倒して戦利品を漁っているところ、後ろから別動隊の奇襲を受けるなんて話はざらにある。
低ランク帯ダンジョンでそれが起きる可能性は極めて少ないものの、習慣づけておくことに越したことはない。
「なあ、このまま俺が前衛続けていいか?」
「う、うん、もちろん。なんならずっとクリスが前衛でいいよ」
「やりぃ!」
クリスの問いかけに答えたのは、レイナだった。
彼女の武器は弓矢。
立ち位置としては後衛であり、前衛を他のメンバーが買って出てくれるのであれば、むしろ助かる立場である。
「……お、早速出たな」
話している間に、もう二匹の小鬼が現れた。
剣を構えてクリスが飛び掛かろうとするが、それをレイナが制止する。
「ごめん、あれは私にやらせて?」
「え? ま、まあいいけど……」
レイナは矢筒から矢を二本手に取り、弓を引く。
その際、彼女が矢に魔力を込めたことに、ルルは気づいた。
「ふっ!」
放たれた二本の矢は、吸い込まれるようにして小鬼たちの心臓を穿つ。
あまりの鮮やかさに、ルル以外の二人の生徒は思わず手を叩いた。
「……今の、魔力がこもってた。魔力操作できるの?」
「え? あ、うん。ローグ先生の授業で魔力を知覚できるようになってから、ずっと練習してたんだ」
「どれくらい?」
「どれくらいって……ひと月くらいかな」
「……そう」
「でも、こんなに上手くいったのは初めてだよ。ここに来てから、なんだかすごく体か軽いの」
嬉しそうに語るレイナの言葉を聞いて、ルルは強い違和感を覚えた。
魔力を自覚してからたったひと月しか経っていない少女に、果たして今のような精密操作が可能なのだろうか。
とはいえ、ルルも魔力操作の達人というわけではない。
魔術のおかげで常人を遥かにしのぐ速度で成長しているものの、圧倒的に経験が不足しているため、レイナの成長速度が正しいかどうかの判断がつかないのだ。
「え⁉ ローグ先生の授業って、魔力操作まで教えてくれんのか⁉」
「う、うん……実戦総合で教えてくれるよ」
「マジか! 俺も受けようかな……」
しかしそんなルルの思考は、パーティメンバーの会話によって遮られる。
どのみち自分の感覚を疑ってしまっているルルは、進もうとする彼らについていくことしかできなかった。
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