第23話 ローグの伝説

「ローグさんが騎士団を離れてから、すぐに私が騎士団長に就任しました。就任してしばらくはとにかく激務で……その」


「その?」


「ストレスが溜まりすぎて……毎晩ここで飲むようになって……それで」


「それで?」


「ちょうど苛立ちがピークの時に、暴れ回っていた酔っ払いを叩きのめしてしまいまして……それから妙に恐れられるように」


「……」


 酒を片手に、ミラはそう語ってくれた。

 そういえばこの子、昔からちょっと短絡的というか、力技でなんとかする癖があったな……。

 それでも俺はミラが団長に向いていると思い、退職前に推薦状を書いたんだけど。


「まあまあ、別に悪いことをしたわけじゃないならいいでしょ。むしろ立派に仕事をこなしていて、推薦した身としては安心かな」


「……あの、どうして私を騎士団長に推薦してくれたんですか?」


「そりゃ向いてたからだよ、俺なんかよりもよっぽど」


 ミラには土壇場での思考の冴えや、機転の利く脳みそがある。

 確かな実力もあったし、上に立つものとしての素質は十分備えていた。

 現にこの街に戻ってきてから何度か騎士団の人間を見る機会があったが、士気が低くなっているという印象は受けない。

 きっと部下たちとも上手くやれているのだろう。


「それに……入団の時に騎士団長になりたいって目標を掲げてただろ? やっぱり任せるならやる気がある奴じゃないと」


「覚えていてくれたんですか……⁉︎」


「そりゃ覚えてるよ。気合いだけは一人前だったし」


「わー! やっぱり忘れてくださいよ!」


 入団式の時のミラは、今よりもちんまりしていて、髪型もえらく短かったことを覚えている。

 それでも気迫だけは人一倍で、とにかく声がでかかった。

 その勢いのよさを買った先輩騎士たちから、ずいぶん可愛がられていたっけ。


「……ローグさんが街を離れてから、ちょうど四年くらいですか」


「そうだな……」


「その、どうして戻られたんですか? それこそ、あんまりこの街にいい思い出ないですよね」


「ま、まあね」


 俺は酒を呷り、大きく息を吐く。

 酒特有の腹が熱くなる感覚を味わいながら、俺は口を開いた。


「……騎士団をやめて村に戻ったら、嫁が旅の男と駆け落ちしててさ」


「駆け落ち⁉︎ まさかローグさん、今独身なんですか⁉︎」


「え? あ、ああ……そうだけど」


「……そっか、ローグさん今独身なんだ」


 ミラはブツブツと何かをつぶやき始める。

 この感じ、エヴァとなんか似てるな。


「――――よし、ローグさん、もっと飲みましょう。できれば夜中まで」


「夜中まで⁉︎」


「あわよくばそのまま私の部屋で飲み直しを……っと、すみません、話の腰を折ってしまって。続きをどうぞ」


「……」


 もしかして俺、貞操の危機だったりするのだろうか。

 いや、まさか。気のせいだろう。

 俺はおかしな考えを振り払い、話を続けることにした。


「妻は駆け落ちする時に、家の財産をすべて持っていってしまってね……自暴自棄になって、金もない中家で飲んだくれてたんだ」


「……」


「でも、そんな俺を頼って、エヴァが訪ねてきてくれた」


 何もかも失った情けない俺を、世界の英雄が頼ってくれた。

 それだけで、俺の心は救われた気持ちになったんだ。


「せめて教え子の頼みだけは聞こう……街に戻ってきた理由は、それだけだよ」


「……なるほど」


 俺は喉を潤すために、酒に口をつける。

 

「だから、騎士団に戻るつもりはない。のこのこ戻っても、みんなに合わせる顔がないしね」


「……分かってます」


 ミラは少し残念そうな様子を見せて、同じく酒を口に含んだ。


「まだ、気に病まれているのですね、あの件を」


「……当然だよ。俺は、騎士団を裏切ったんだから」


「でもあの時の戦いは――――」


「いいんだ。……いいんだよ」


 遡ること、八年以上前。

 俺は自分の部隊を率いて、魔王軍と対峙した。

 

 敵の軍勢はとにかく多く、しかも魔物だけじゃなかった。

 進化種である魔族が散見される中、こっちの軍の人数は相手の半分以下。

 誰がどう見ても部の悪い勝負。

 軍を率いている俺は、接敵か退却か判断しなければならなかった。

 迷う原因になったのは、部下たちの士気が高かったこと。

 好き勝手暴れている魔王軍に、強い恨みを持っている者は多い。

 そこに騎士団としての強い正義感が加わり、皆が皆、たとえ命を捨てることになっても立ち向かうという姿勢を見せていた。

 あの時、実際に戦っていたらどうなっていたのだろう。

 判断を迫られた俺は、結局全軍撤退を命令した。

 

 俺一人を、しんがりとして残して――――。


「……失礼だとは思いますが、あの時の判断……私は間違っていたと思いますよ」


「ああ、同意見だよ」


「あの戦い、私たちは必ず勝てました。……ローグさんがいたんですから」


「……」


 結局俺は、長いことしんがりを務めていた。

 それこそ、追ってくる魔王軍が一体もいなくなるまで――――。


「目を疑いましたよ。まさか一人で魔王軍を壊滅させてしまうなんて……」


「途中明らかに数が減ってたし、逃げた奴らもいたと思うよ」


「壊滅させたことには変わりないですよ。とにかく、あの戦いであなたは英雄になりました。……私たち以外の人にとって」


「……ああ」


 騎士団の人間にとって、俺は勝てる戦いから逃げた臆病者。

 さらに魔王軍を一人で壊滅させたが故に、仲間から名を上げるチャンスを奪った略奪者。

 そして――――自分の実力も、仲間の実力も信じることができなかった、最大の裏切り者だ。


「私たちは、騎士団長があなただったから士気が高かったんです。あなたがいれば、私たちは勝てるって確信してました」


「……」


「当時は、さすがに私も多少反感を覚えましたよ。でも、率いる立場になった今なら分かります。部下を失いたくないという気持ち……この感情は、何よりも優先される」


 そんなミラの言葉を聞いて、俺は頷く。

 あの日俺は、確かに騎士団の仲間を裏切った。

 しかし今同じ場面に出くわしても、俺はきっと同じ選択肢を選ぶだろう。

 仲間の命を守るために。

 

「あの日、騎士団の犠牲者はゼロ……だからみんな、ローグさんと複雑な距離感になっちゃったんですよね」


「あはは……」


「お酒の場になると、やっぱり今でもローグさんの話になりますよ」


「悪口?」


「あはは、それもあります。でも、結局みんな帰ってきてほしそうにしてますよ。やっぱり、ローグさんのこと大好きですから――――あっ! 大好きっていうのは騎士団みんなが抱いてる感情ってことで……!」


 慌てふためいているミラを見て、俺は笑う。

 そう思われているって分かっただけで、もやもやしていた気持ちが少しだけ楽になった。


「ありがとう、ミラ。こうして一緒に飲めてよかったよ」


「お役に立てたなら何よりです。ほら、飲みましょう? ここは私が全部奢りますから」


「い、いや……さすがに年下の女の子にお金を出させるわけには……」


「大丈夫です! 騎士団長になってお給料もたくさんもらっているので! これまで散々奢ってもらってるんですから、一度くらい恩返しさせてください」


「うっ……」


 ここまで言われてしまうと、中々無碍にもしにくい。

 これは諦める他なさそうだ。


「……分かったよ。お言葉に甘えさせてもらう」


「はい!」


 奢るっていうのに、何故この子はこんなにも笑顔なのだろうか。

 ただなんとなく、俺も部下を連れている時は、こんな顔をしていた気がする。

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