第22話 かつての同僚

「職人の弟子が作った剣か……それだと特定は難しいね」


 支払いを済ませた俺たちは、近くにあった噴水広場でしばし体を休めていた。

 改めて購入した剣を隅々まで観察してみたが、やはり刻印などが彫られている様子はない。


「……ま、今はこの剣が手元にあるだけでいいよ」


 製作者にはぜひ会って感謝を伝えたいところだが、分からないんじゃ仕方ない。

 今はひとまず忘れて、この剣を体に馴染ませることに集中しよう。


「やっぱり試し切りしたいよね、初めての剣は」


「まあね。……ってなると、また簡単な依頼にでも――――」


 そう俺が言いかけた時、噴水広場の向こうから悲鳴が聞こえてきた。

 

「見世物用の魔物が脱走した! 全員逃げろォ!」


 誰かの叫び声と共に、大型の像の魔物が広場に姿を現した。

 Bランクの魔物、バーサークエレファント。

 怪力とその絶対的質量で、敵を押しつぶす暴君である。


「ちょうどいいね。試し切り相手としてはさ」


「……そうだね」


 なんて都合のいいタイミングだろうか。

 ちなみに街で暴れ出した魔物は、たとえ見世物だろうがなんだろうが討伐していいことになっている。

 つまりあの魔物が売り物だったとしても、損害賠償は要求されない。


「初陣といこう」


 俺は〝魔纏〟を発動し、一気にバーサークエレファントへ接近。

 まずは前足を切断して、姿勢を前のめりに。

 そして下がってきた頭を、一刀にて斬り落とした。


「ふぅ……」


「お見事だよ、師匠」


「お褒めに預かり光栄だよ」


 剣に付いた血を払い、刃を観察する。

 試し切りと言いつつ、初撃からかなり思い切り振ってしまった。

 それで一瞬不安を覚えたが、刃には傷一つついていない。

 硬いバーサークエレファントの皮と骨を、まるで抵抗なく切断した切れ味と頑丈さ。

 やはり、この剣は信頼できる。


『おお……!』


「え?」


 気づけば周囲には人垣ができており、俺に向けて拍手が送られていた。

 こうして人前に立つようなことはほとんどなかったから、なんだか照れる。


「皆さん、道を空けてください」


 どうしたもんかと右往左往していると、そんな女性の声と共に鎧を着た者たちが人垣をかき分けながら現れた。

 彼らの格好には見覚えがある。


「えっと、冒険者の方でしょうか? この度はご協力ありがとう……ござい……ました……」


 先頭にいた堅物そうな女性と、俺の目が合う。


「ま……まさか、ローグさん、ですか?」


「……久しぶりだね、ミラ」


「……! 本物のローグさん⁉」


 駆け寄ってきた途端、彼女は俺の手を強く握りしめた。

 

「王都に戻ってきてくれたんですか⁉ ああ……またローグさんに会えるなんて……! 感激です! 私!」


「そ、それはどうも……」


 この女性の名前は、ミラ=ジャンテール。

 通称、〝破導のミラ〟。

 騎士団長時代、俺は彼女に副団長の座を任せていた。

 真面目で、勤勉で、そして強い。

 俺よりも一回り年下ではあるものの、後ろにいて安心感を与えてくれる、頼り甲斐がある存在だった。

 俺が騎士団を抜けた今、後釜として団長に就任していたはずだが――――。


「……エヴァに連れ戻してもらってね。今は冒険者学園で教師をやらせてもらってる」


「そう、ボクが連れ戻したんだ。お礼を言ってくれてもいいんだよ、ミラさん」


 エヴァはそう言いながら胸を張った。

 まあ彼女の言葉通りなんだけど、堂々と言われるとちょっと複雑である。


「……本当に連れ戻してくれたんですね。最初に相談された時は、正直無謀だって思ってました」


 そう言って、ミラは苦笑いを浮かべる。


「そうか、エヴァが言ってた相談させてもらった騎士団の人間って、ミラだったのか」


「うん、師匠と一番関係が深そうだったからね。住んでいる村も知ってるんじゃないかって思ったら、予想通りだったよ」


 俺は移住する村のことを、ほとんどの部下に伝えずにいた。

 理由は特にない。

 聞かれなかったから答えなかったし、聞かれた奴にはちゃんと答えた。

 だから俺の住んでいる場所を知っているのは、現状ミラと数名の騎士団メンバーだけである。


「……色々積もる話もあるんじゃない? ボクは一度お暇しようかな」


 突然そんなことを言い出したエヴァは、俺たちに背中を向けてしまう。


「仕方ないから、今日はミラさんに師匠を譲ってあげる」


「……一応、感謝しておきます」


「どういたしまして。じゃあ師匠、また後でね」


 手をひらひらと振って、エヴァは去っていく。

 現場には俺とミラ、そして後片付けをしてくれている彼女の部下たちだけが残っていた。


「そ、その……立ち話もなんですし、お酒でも飲みに行きませんか?」


「え⁉ 一応まだ昼間だぞ……?」


「昼間から飲める場所を知ってます! あ、あと……久しぶりにローグさんと話すので、変に緊張してしまって……あ! 仕事の方は大丈夫ですから! 今日はほぼ非番みたいなものだったので……」

 

 今更そんな関係でもないだろうに。

 そう言いそうになった口を、ギリギリで閉じた。

 そこにあった関係性を捨てて、騎士団を離れたのは俺だ。

 自分が勝手に関係性を語るのは、多分間違っている。

 

「……分かった、付き合うよ。久しぶりに酒を飲みたい気分だったしね」


「っ! ありがとうございます!」


 辞めた俺をかつての部下が慕ってくれているのは、素直に嬉しい。

 本当は騎士団とはまったく関わらずにいようと思っていたのだが、ここまで来たら諦めるほかない。

 俺は素直にミラの後に続き、歩き始めた。



 それから私服に着替えたいというミラのために騎士団宿舎に寄り道し、昼間からやっている酒場へとたどり着いた。

 酒場の外観を見て、俺は手を叩く。


「ああ、ここか。なるほど、確かに昼間から酒が飲める場所だな」


「やはり懐かしいですか、ここは」


「まあね。散々ここまで走らされたからさ……」


 荒くれ者や、飲んだくれ冒険者が集う酒場、〝ブレイブ・クラブ〟。

 野蛮な者同士の喧嘩が絶えないこの場所は、まさに騎士団の人間にとって仕事場の中心と言っていい。

 まだ若い頃は、何度もここで起きた喧嘩の仲裁に駆り出された。

 団長になってからは指示側に回るようになり、自然とここを訪れる回数は減ったが、あの過酷な下積み時代のせいで、中々忘れることはできない。

 

「……でも、だいぶ静かになったな」


 いつもなら店の外まで聞こえてくるはずの騒ぎ声が、今は聞こえない。

 中に人がいないわけでもなさそうだし、ちょっと不気味だ。


「ま、まあまあ! とりあえず中に入りましょう!」


「あ、ああ……」


 ミラに連れられるまま、俺は店の中に入る。

 店の中には、やはり多くの荒くれ者たちの姿があった。

 しかし全員が全員、大人しく手元の酒を飲んでいる。

 こんな光景は初めて見た。


「お、おお! ミラさん! よく来てくれました!」


 騎士団時代に見たことがあるバーテンが、ミラに向かって手を挙げた。

 すると周囲にいた客たちの肩がわずかに跳ねる。

 対するミラは、何故か冷や汗をだらだらと流していた。


「……なあ、ミラ」


「ななな、なんでしょう」


「まさかとは思うんだけど……君、ここの客締め上げたりしてないよね?」


「……」


 ミラの視線がゆっくりと虚空に流れていく。

 ああ、何かを誤魔化す時の癖もそのままなのか――――。


「とりあえず呼んでくれてるし、カウンターに座ろう。話は飲みながら詳しく聞くからさ」


「は、はい……」


 このやり取りも、なんだか懐かしい。

 騎士団時代に不注意を叱る時も、こんな入りだったような気がする。

 

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