第21話 剣選び

「おい人間! ワシに稽古をつけろ!」


 依頼を達成した次の日の朝。

 部屋の扉が勢いよく開いた音で、俺は眼を覚ます。


「クロか……今何時だ?」


「知らん! 人間の感覚でものを語るな!」


「……」


 部屋の中に置いてある時計を確認すると、そこには五時と表示されていた。

 普段より起床時間が一時間早い。

 道理で眠いわけだ。


「稽古をつけろ! ワシを強くしろ!」


「あーあー……ちゃんと見るから、もう少し待ってくれ」


「いやだ! 待ちたくない!」


「強くなるためには準備が必要なんだ。準備もなしに鍛えようとしても、体がおかしくなるぞ」


「何⁉︎ そうなのか⁉︎」


 騙されやすいな、この子……。

 クロの身柄は、宣言通りエヴァが引き取った。

 今後は彼女の屋敷で、俺を含めた三人で暮らすことになる。


(Sランクモンスターと一つ屋根の下か……人生何が起きるか分からんな)


 頭を掻きながら、俺はベッドを下りる。

 せっかくの早起きしたのだから、朝の素振りを増やしてみようか。

 

「……クロ、剣振ってみるか?」


「剣だと? それは軟弱な人間だからこそ必要な武器だろう。竜であるワシには必要ない!」


「まあそう言わずに。強くなるには必要なことだよ?」


「む……?」


「剣を振れば、心が研ぎ澄まされる。そうやって凪いだ心を作るんだ」


 戦いにおいて、揺らがぬ心というのは何よりも大事な要素だ。

 冷静さを欠いた者は、当然本来の実力を発揮できない。

 魔術師同士の戦いであれば、なおさら影響が出る。

 

「よく分からんが、剣を振れば強くなれるんだな?」


「んー……今はそれでいいかな」


 着替えを済ました俺は、少し重ために作ってもらった木剣を持って、クロと共に庭に出た。



「てい! てや!」


「……」


 俺が素振りをしている横で、クロはしっちゃかめっちゃかに木剣を振っている。

 どうやら剣自体を気に入ったようで、もう長いこと振っているのに飽きた様子を見せない。

 しかし――――不思議なものだ。

 エヴァの魔術によって、クロの体は竜の体から人間へと変質を遂げている。

 そんな芸当ができるのは、俺の記憶している限りではエヴァしかいない。


(……やっぱりルルの実戦相手としてはちょうどよさそうだな)


 人間体のクロは、本来の姿の時と比べて三分の一の力しかない。

 それでも実力としてはSランク相当といったところか。

 今のルルの実力とは、ちょうど横並びだ。


「おはよう、二人とも」


「あ、おはよう、エヴァ」


「朝から稽古かな? クロが羨ましいね」

 

 起きてきたエヴァは、そう言いながらクロの方を見る。


「そ、そうだ! う……羨ましいだろ! 人間!」


「うん、羨ましいよ」


 エヴァはにこやかにしているが、クロは冷や汗を流しているように見える。

 どうやらエヴァを前にして緊張しているようだ。

 まあ、あれだけひどい目に遭ったのだから、こうなるのも当然か。


「そうだ、師匠。ハルバードから報酬をもらったから、師匠の剣を買いに行こう」


「……そいつはありがたいけど、結局クロを大人しくしたのはエヴァなんだし、俺がその報酬で買い物するっていうのはちょっと気が引けるな」


「気にしないでよ。師匠たちはボクの我儘に付き合ってくれたんだから、その分の駄賃とでも思ってくれればいいさ」


「うーん……」


「……どうしても使ってくれないなら、報酬はどこかに捨ててきちゃおうかなー。別にボクはいらないしなー」


「うっ……」


 金には困っていないエヴァのことだ。

 俺がこれでもいらないと言えば、きっと本当に捨ててくる。

 

「……分かった、頼らせてもらうよ」


「うん、そうこなくっちゃ」


 自分より二十以上年下の子に弄ばれるとは。

 俺もそろそろ大人らしいところを見せないと、いつか軽蔑されかねん。


◇◆◇


 クロのことを使用人のセバスに任せ、俺とエヴァは王都の中心へと向かった。

 仮にもSランクの魔物と一般人を二人きりにするというのは抵抗があるが、クロ自身がお茶菓子をくれるセバスにずいぶんと懐いているため、おそらく危険はないだろう。


「強い武器を買うなら、やっぱりそれなりの店に行かないとね」


 そんな風に言うエヴァに案内されたのは、高ランク帯の冒険者御用達の高級武具店。

 店の中には最高品質の武器や防具が立ち並び、煌びやかに光っている。

 騎士団時代の給料では到底買えなかったであろう武器などもあり、ちょっとばかし目を疑った。


「師匠ほどの実力なら、やっぱりいい物を使わないとね。騎士団時代の剣はどんな物を使ってたの?」


「どんな物って……別に普通だよ?」


「普通って?」


「だから、そこら辺に売ってたやつとか、あとは騎士団から支給されたやつとか」


「……」


 エヴァが黙ってしまった。

 そういえば騎士団時代の同僚に、「武器に頓着がなさすぎる」って怒られたっけ。

 それで一度値段の高い剣を買ったのだが、さすがにこの店の物と比べると見劣りするレベルだったはず。

 まあそれも、元妻に慰謝料と称して持っていかれたわけだが。


「安物の武器であれなのか……」


「ん? 何か言ったか?」


「ううん、なんでもないよ。とりあえず選ぼうか。師匠の腕に合った武器をさ」


 そう言って、エヴァはズカズカと店内の奥へと進んでいく。

 よく躊躇せずに進めるな……。

 うっかりぶつかって店の商品を落としでもしたら、こっちは顔面蒼白ものだっていうのに。

 

「……ん?」


 店内を見回していた俺は、奥の方でまとめ売りされていた剣に目を止める。

 近づいてみれば、それはなんてことのない剣であり、値段も綺麗に並べられている一品と比べれば、大した額じゃない。

 

「? どうしたの、師匠」


「いや……この剣から不思議な感じがして」


 特に固定されているわけではないようなので、俺はその剣を手に取ってみる。

 

(……〝魔纏〟)


 俺は目に魔力を集め、その剣を凝視する。

 すると微弱ながら、剣自体に魔力が込められていることに気づいた。

 魔力があるということは、製作者がなんらかの形で魔力を注ぐ術を持っているということ。

 すなわち、魔術。


「この剣、魔術で加工されたみたいだね」


「ああ……相当な加工士だけど……」


 この剣の素晴らしさは、切れ味と適度な重さ、そして何より頑丈であること。

 何度全力で振っても、これなら折れない。

 

「どうしてここにあるんだろうな。俺にはこの剣が一番上等に見えるよ」


「師匠の実力だから言えることだね。普通の人なら自分の力で剣が折れるなんてことは起きないし、もっと多くの要素を重要視するはずだから」


「そ、そういうもんか……」


 俺が苦笑いを浮かべていると、向こうから店主らしき人物がこちらに歩いてくるのが見えた。


「何かお探しで?」


「ああ……剣を探しに来たんだけど」


「おっと、それを手に取る方がいるとは……」


 店主は感心した様子で、俺と剣を見比べる。


「その剣はこの店に剣を提供してくれているベテラン職人のお弟子さんが作った剣でして、まだ一人前ではないからとまとめ売りコーナーに紛れ込ませておくよう指示があったのです」


「弟子⁉ このクオリティで⁉」


 俺の握った感覚では、ベテランの職人が手慰みで作ったものだと思っていた。

 それがまさかの弟子となると、果たして職人の方はどれだけの技術の持ち主なのだろう。

 これまで武器や職人に対して強いこだわりはなかったけれど、さすがにここまでの技術者となると興味が湧いてくるな。


「それで、どうするの? 師匠」


「……これください」


 俺はそう言いながら、持っていた剣を店主へと渡した。


「お買い上げ、どうもありがとうございます」


「ついでに一つ教えて欲しいんだけど……その剣の製作者の名前は?」


「ふふふ、残念ながら先方とのお約束にて、それはお伝えできかねます。しかし、あなたが武芸者であれば、いずれ彼ら・・と巡り合うこともあるでしょう。焦る必要はありません」


「……」


「勘定をしてきます。しばしお待ちを」


 意味深な言葉を残し、店主は俺たちの下を離れていった。

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