第20話 依頼達成?
『ワシに交渉を持ち掛けてきたのは、紫髪の魔族だ』
あらかたエヴァにボコボコにされたブラックドラゴンは、観念して口を開いた。
一応擁護しておくが、エヴァがあれだけ残酷になるのは、魔術によって得られた全能感が原因である。
敵に対して容赦しないという一面が、さらに際立って強化されてしまっているというか。
「紫髮の魔族か……観測された履歴はなかったと思うから、新種っぽいね」
「私、魔族についてもあんまり知らない。人型の魔物ってくらいしか……」
「ああ、まあ一般的な解釈はそれで合ってるよ」
魔族とは、強い魔物がある条件を満たした際に、進化を遂げた姿のことを指す。
たとえば狼型の魔物であれば、他生物を食らって強くなることで進化の条件を満たすことが分かっていた。
魔族になった段階で、その魔物の潜在魔力は何十倍にも跳ね上がる。
そして何より一番の利点は、人間と同じように魔術を習得できるようになることだ。
強大な魔族は、己の魔物時代の特徴に合った魔術をほぼ百パーセント習得している。
そのため元がなんの種であれ、魔族というだけでSランクモンスターという認定がなされていた。
「ブラックドラゴンが魔族に至る条件は、まだ分かっていない……魔族同士なら、それも分かるのか?」
『さあな……しかし人間を食えば力がつく。たとえ騙されていたとしても、ワシにさしたる害はなかった』
「なるほど、乗らない手はなかったと」
ブラックドラゴンは、現時点で魔族に並ぶ実力を持つ生物。
どんな人間が襲ってこようが、撃退できる自信があったのだろう。
最初に挑んだのがエヴァで本当によかった。
その魔族が本当に他の魔物を進化させる方法を知っているんだとしたら、とんでもない化け物が生まれていただろう。
ブラックドラゴンの魔族化なんて、想像もしたくない。
「名前は名乗ってた?」
『いや……聞いとらん』
「そう……まあ名を持つ魔族も少ないしね」
エヴァの顔はかなり神妙だ。
少なくとも、エルぜガル王国の周辺に魔族の影がある。
それだけでも、人類からしたら相当な脅威だ。
元勇者として、考えなければならないことが山ほどあるのだろう。
「……ちなみに一つ聞きたいんだけど」
『なんだ』
「どうして君は魔族になりたいんだい? 純粋に強くなりたいから?」
『当然だ! ……何千年と己を鍛え続けた。何千年と敵を食らった! そんなワシが、何故こうして跪く⁉︎ 何故他者の話を聞かねばならぬ⁉︎ ワシにはそれが我慢ならん……! 己が最強でなければ我慢ならんのだっ!』
腹の底に響く、ブラックドラゴンの悲痛な声。
俺の中で、ブラックドラゴンと昔のエヴァが重なる。
彼女もずっと、己が最強でありたいと願っていた。
「……じゃあ、鍛えてもらえばいいよ。――――ローグ師匠に」
「え?」
突然名前を呼ばれ、俺の口から素っ頓狂な声が漏れる。
「ボクが君よりも強い理由を知ってる?」
『なんかムカつくが……分かるわけないだろ』
「それはねぇ、このローグ師匠の指導を受けたからだよ!」
そう言って、エヴァは胸を張る。
「……というわけで師匠、このブラックドラゴンを鍛えてあげてほしい」
「待て待て待て!」
何を言い出すんだこの子は。
俺は慌ててエヴァの首根っこを掴み、声が聞こえない位置まで連れていく。
「君は俺に何をさせようとしているんだ⁉︎ 魔物なんて指導したことないぞ⁉︎」
「大丈夫だよ、師匠ならいける」
「何を根拠に……」
「だってもう師匠の顔に書いてあるよ? 育ててあげたいって」
「っ……」
――――図星を突かれた。
強さを求めている者を見ると、どうしても手を貸したくなってしまう。
教師になって育てる側に戻ったことで、その感情は日に日に強くなっていた。
「でも魔物を育てるノウハウなんて、本当に知らないぞ……? せめて人型なら教えられることもあるけど」
「そこら辺は大丈夫だよ。元々ブラックドラゴンのままじゃ街には連れていけないしね。ボクがなんとかするよ」
そう言って、エヴァはブラックドラゴンの下に戻る。
「ブラックドラゴン、君はまだ強くなりたいんだよね?」
『当然だ』
「だったら選んで。ここで首を刎ねられるか、ボクたちを信じて街までついてくるか」
『実質一択じゃないか!』
ブラックドラゴンのツッコミはごもっとも。
これじゃ脅しだ。
「強くなりたくないの?」
『……その男に従っていれば、本当に強くなれるのか?』
「うん、保証するよ」
えっと、俺はまだ何も言ってないんだけど……。
『……分かった。お前の話に乗る』
「そうこなくっちゃ。じゃあ、まずは君を人型にしないとね」
『なんだと⁉︎』
エヴァは意識を集中すると、再び魔術を発動する。
「〝
◇◆◇
「ブラックドラゴン討伐完了……一撃で消しとばしたため、討伐証明になる部位は持ち帰れなかった、ねぇ」
依頼報告書を読んだハルバードは、訝しげな視線を
「確かにブラックドラゴンの反応は消えてるし、脅威は去ったと見て間違いなさそうだが……」
「じゃあ報酬もらっていいよね」
「ちなみに聞くが、そこの娘はどうした? 確か出発の時はいなかったよな」
全員の注目が、俺の隣にいる黒髪の少女へと向けられる。
自分に視線が集まっていることに気づいた少女は、胸を張りながら一歩前へ出た。
「ワシの名はブラックドラゴンの〝クロ〟! 逆らったら殺すぞ! 人間!」
「ブラックドラゴンだぁ⁉︎」
驚いたハルバードが、身を乗り出す。
そしてすぐに〝主犯〟であるエヴアを睨んだ。
「エヴァ? てめぇ何をした」
「おや、どうしていきなりボクを疑うのかな?」
「ルルのことはよく知らねぇが、少なくとも師匠と同じで悪ふざけはしねぇタイプと見た。となると、もうお前しかいねぇんだよ」
「うーん……さすがに言い訳の余地はなさそうだね」
エヴァは、出先で起きた話を細かくハルバードに伝えた。
話の内容はこう。
ブラックドラゴンは実際に叩きのめしたが、未観測の魔族と接触した形跡があるため、話を聞くために連れてきた。
街に入れるために
ブラックドラゴンの身柄は自分の方で責任を持って管理する――――。
「ブラックドラゴンの管理だと……? てめぇ、マジで責任取れんのか?」
「もちろん。変に暴れようとしたら、その場でボクが首を刎ねるよ」
笑顔で言ってのけるエヴァを見て、ブラックドラゴン、いや、クロの顔が引き攣る。
そりゃ怖いだろう。なんたって四肢を切断されたわけだし。
「……師匠、あんまりエヴァを甘やかすなよ? 振り回されんのはこっちなんだから」
「ああ、肝に命じておくよ」
俺は苦笑いを浮かべ、ハルバードに謝罪する。
ともかく、思わぬ形でルルが実戦経験を積むための相手が手に入った。
これならば、修行のレベルを大きく上げることができるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。