第17話 教え子の成長
ハルバードは、俺の教え子になる前からBランクの冒険者として活躍していた。
最初に驚いたのは、彼がたった二か月でBランクへと到達したこと。
本来冒険者としてのランクを上げるには、一つ上のランクの依頼、またはダンジョンを計三つ攻略しなければならない。
一般的な冒険者であれば、最低ランクであるEからBランクに到達するまでに、およそ五年以上はかかるだろう。
特にCからBはステージが一気に上がるため、魔力を扱えるようになっていなければ中々突破できない。
それを踏まえて、もう一つ驚いたことがある。
なんとハルバードは、俺と出会った時点で、まだ魔力を自覚していなかったのだ。
つまり彼は腕力だけでBランクまでのし上がったということになる。
そんな話を聞いたのは、いまだに彼だけだ。
エルゼガル王国はそういった才能に注目して、彼を育成することにしたのだろう。
「驚いた? ローグ師匠」
「ああ、本当に驚いたよ」
俺に対してエヴァは、意図的に他の二人の話をしなかった。
曰く、『その方が再会の感動が増すでしょ?』とのこと。
「それにしても嬉しいぜ、ローグ師匠。魔王をぶっ殺して帰ってきたのに、あんたが隠居するために王都を出たって聞いて結構がっかりしたんだぜ?」
「その節は本当に悪かったよ……」
「まあ再会できたし別にいいけどな。そんで、嫁さんはどうした? まだ仲良くやってんのか?」
「……いや、離婚したよ」
「え……」
部屋の中に、なんとも言えない空気が流れる。
この話題、別に隠す意味もないから正直に言うようにしているのだが、どうしても気を使わせてしまう部分があって申し訳ないな。
「そ、そうか……いや、その……そうだ! 近いうちに飲みに行くか! 男同士積もる話もあるだろうよ」
「そうだな、ぜひ頼むよ」
ああ、めちゃくちゃ気を使われている。
見かけはかなり野蛮な印象を受けるハルバードだが、実際はやることなすこと豪快なだけで、人情を重んじる好青年だ。
元々スラム街出身で擦れていた部分もあったが、自分と対等に渡り合えるエヴァたちのような存在のおかげで、魔王討伐に向かう頃にはずいぶんと丸くなっていたと思う。
しかしまあ、二十近く歳が離れた青年にまで気を使われてしまうとは、それはそれでなんと情けないことか。
ちなみに俺の記憶が間違っていなければ、ハルバードの年齢は二十四歳。
俺のところに来た時は、十七歳だった。
「ローグ先生、結婚してたの?」
「ああ、まあね」
「バツイチなんだ」
「そ、そうはっきり言われると苦しいものがあるね……」
ルルの純粋な視線が、これまた痛い。
別に他意はないよね、多分。
「エヴァと師匠はともかくとして、そっちの子は? 何用で連れてきたんだよ」
「ボクと同じ学園に通っている生徒だよ。君からの依頼を受けるに当たって、協力してもらおうと思ってね」
「ほーん? でも大丈夫か? 今回の依頼はSランク相当だぞ?」
それを聞いて、俺は思わずフリーズしてしまう。
サクサクと話が進むせいで、てっきりAランク程度の依頼だと思っていた。
「依頼内容は、山向こうでその姿が確認されたSランクモンスター、ブラックドラゴンの討伐」
しれっと名前が出たが、ブラックドラゴンとはまさに伝説級の魔物である。
吐き出す黒炎はただの炎よりも高温で、側にいるだけで甚大なダメージを負う。
全身を覆う漆黒の鱗は、巨大なバリスタですら弾き返す硬度を持っているらしい。
「ブラックドラゴンなんて、明らかに未曾有の危機だろ? どうして街はこんなに落ち着いてるんだ?」
「師匠? あんた本当に何も聞いてねぇのか?」
「え?」
「あー、まあ引きこもってたならしゃーねぇか……今この国は、あいつが守ってんだよ」
「あいつ……まさか、シェリーか?」
「そのまさかだよ」
シェリー=マリアローズ。
俺が育て上げた三人の勇者の、最後の一人。
エヴァと並ぶ〝接続型〟の魔術を扱う、優秀な魔術師だ。
特に彼女の結界術は群を抜いた性能を誇り、こと防衛に関して、その術が破られたところは見たことがない。
「あらら、言っちゃった。もう少し隠してようかと思ったのに」
「あ、そうだったのか? 悪いな」
「まあ別にいいけどさ。……師匠、シェリーは今大聖堂のシスターとして働いているんだ。この街に強力な魔物が入ってこないのは、シェリーの結界のお加減なんだよ」
それを聞いて、俺は納得した。
確かに彼女の結界なら、魔物の魔力だけを感知して侵入を阻む結界なんてお茶の子さいさいだろう。
街を覆う結界となると消費魔力量も見当がつかないレベルだが、〝接続型〟のシェリーならその問題もクリアできるはずだし。
「だからブラックドラゴンだろうがなんだろうが、街まではこないから安心ってわけだ。まあ、だからって気分のいいもんじゃないし、さっさと討伐しときたいのが本音だけどな」
「そう言うならボクに頼まず自分で行けばよかったんじゃない?」
「ギルドマスターってのは意外と暇じゃねぇんだよ。荒くれ者の冒険者どもの面倒を見とかないといけねぇし……それに、お前がこれ以上依頼を先延ばしにするようなら、ぼちぼち自分で行こうと思ってたっつーの」
「ふーん」
自分で聞いておいて、エヴァは興味なさそうな返事をする。
この二人、決して仲が悪いわけではないのだが、昔から互いの扱いがなんとも雑だった。
まるで兄妹のような……っと、これを言うと二人とも嫌そうな顔をするから、黙っておくけど。
「とまあもう一度言い直すが、今回の依頼はSランク……師匠とこの生意気女はともかくとして、そっちの嬢ちゃんは大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫。この子にとっては初依頼だけど、俺がサポートするつもりだから」
「……ま、師匠がついてるなら問題ねぇか」
頭を掻いたハルバードは、自身の机から一枚の羊皮紙を持ってくる。
「正式な依頼書だ。エヴァ、代表者のお前がサインしろ」
「分かったよ」
羊皮紙にサインを残すエヴァ。
これで、少なくとも彼女には依頼に臨む義務が生まれた。
「ギルド側で馬車を手配しておく。出発は……そうだな、三日以内だとありがてぇが」
「いや、今日中に出発するよ。それなら明日の朝には着くだろう?」
「おいおい、正気かよ」
「ちょうど明日は学園も休日だからね。ボクらが動き出す日としては、ちょうどいいんだ」
ハルバードが、俺の方をちらりと見る。
おそらく確認の視線だろう。
俺は問題ないことを示すため、一つ頷いてみせた。
そろそろルルにも実戦経験を積ませたい。
ここでの討伐依頼は、まさしく絶好のタイミング。
乗らない手はない。
「よし、そんじゃ早速手配してくるわ。二時間後に街はずれに集合してくれ」
「分かったよ」
今回のパーティリーダーであるエヴァが席を立つ。
各々部屋を出ていこうとしたところで、俺は一度ハルバードの方へ振り向いた。
「んあ? なんだよ、師匠。俺の顔に変なもんでもついてるか?」
「……いや、なんでもないよ」
そう言い残し、部屋の扉を閉める。
ハルバードは、自分に学がないことを悩んでいた。
戦闘センスは抜群な彼だけど、その反面頭を使った物事は大の苦手で、しっかり作戦を立ててきた敵にはなすすべなくやられてしまうなんてこともあった。
しかし、今の彼からはとても知的な印象を受ける。
ギルドマスターとしての職務を果たすべく、嫌いな書面ともにらめっこを繰り返したのだろう。
野性味あふれる雰囲気の奥底から感じる、きらりと光る知性。
俺の教え子だった当時とは比べ物にならないくらい、ハルバード=ゼブルは頼れる存在になった。
元師匠として、俺はそれを心の底から嬉しく思う。
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『あとがき』
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