第18話 魔王について
予定通り、ぴったり二時間後に馬車は来た。
ここから約半日かけて、俺たちはブラックドラゴンが目撃された地点まで向かう。
着くのはちょうど明け方くらい。
上手くいけば、明日の夜までには帰ってこれるはずだ。
「……ローグ先生って、本当に勇者たちの師匠だったんだね」
馬車に揺られながら、そんな風にルルは言った。
「う、疑われてたんだ……」
「先生のことを疑ってたっていうか、エヴァが適当言ってるんじゃないかって思ってた」
黙って話を聞いていたエヴァは、そこで頬を膨らませて不満げな表情を浮かべた。
「失礼な! ボクはいつだって正直者だし、誰に対しても誠実に生きているつもりだよ」
「そうなんだ。てっきり欲しい物はどんな手段を使ってでも手に入れるタイプかと思ってた」
「そこは否定しないけどね」
……否定してほしかったなぁ。
一応彼女の師として、少々複雑な気持ちになる。
「私、エヴァに聞いてみたいことがあった」
「何かな?」
「魔王って、どういう敵だったの?」
「……」
そういえば、俺も魔王については何も聞いていなかった。
世界を恐怖に包み込んだ、災厄の魔王。
数多の魔族、魔物を従え、各国への侵略を試みた人の心を持たない化物。
俺が知っているのは、その程度の情報である。
「魔王について、か。実はボクら三人とも、奴に関しては何を聞かれても〝恐ろしい敵だった〟で誤魔化してるんだよね」
「秘密ってこと?」
「簡単に言っちゃえばそうだね。でも、その方が混乱を招かないと思ったんだ」
エヴァはそう言いながら、俺とルルの顔を見る。
「……でも、二人になら話しておこうかな。これからもずっと共に戦うことになりそうだし」
「「……?」」
「ボクらはあの日、数多の魔物を蹴散らして、魔王の生み出した城へたどり着いた」
エヴァ曰く、立ち塞がった魔物たちは、その時点の三人にとってどれも相手にならなかったらしい。
魔力も温存できて、怪我もデバフも一つとしてなし。
「まさに万全と言える状態で、ボクらは魔王のいる最上階に踏み込んだ。世界中を恐怖のどん底に落とした悪の親玉は、確かにそこにいたよ」
でも――――。
エヴァは一呼吸おいて、言葉を続ける。
「恐ろしく思えるくらい、魔王は
「え……? あの魔王が?」
「うん。本当に驚いたよ。最初はボクらが強くなりすぎたのかなって疑ったんだけど、それにしても弱かったというか……」
想像していなかった話に、思わず拍子抜けしてしまう。
俺としても、エヴァを含めたあの三人が負けるなんて想像できない。
それくらい、三人は馬鹿げた戦闘力の持ち主なのだ。
だとしても……苦戦すらしないなんてことがあり得るのだろうか。
「ボクらも疑いに疑ったよ。分身なんじゃないかとか、操り人形なんじゃないか、とか。けど倒すと同時に城は崩壊したし、魔物たちも司令塔を失った様子で散り散りになったから、〝アレ〟が魔王だったのは間違いないんだ」
「……実際、どういう戦いになったのか詳しく聞いてもいいか?」
「うーん……なんていうか……殴り合い?」
「え」
「魔王は弱かったけど、魔力量だけは本当にえげつなくてね。〝魔纏〟をしなくても、全身からあふれ出ていた超高密度の魔力がその代わりを果たしてた。Aランク冒険者程度なら、一撃もらっただけで体の一部が吹き飛ぶレベルだね」
全然弱くないじゃん……と言いたいところだったが、この子たちからしたら大した脅威でもないのだろう。
「結局シェリーが私たちの力を底上げして、ハルバードが近接で殴り合って、最後は私が首を刎ねておしまいだったよ」
「えらくシンプルだな……」
「なんというか……魔力が多いだけの獣を相手にしてる気分だったかな。知性も何も感じなかったし、ただ破壊を求めて襲い掛かってきたっていうか」
「ん……? それっておかしくないか?」
魔王が率いていた軍は、傍から見ていても統率が取れていた。
少なくとも進軍、退却の判断はできていたし、魔物の本能に任せた行動には見えなかったことを覚えている。
「そう、おかしいんだよ。魔王に知性がなかったら、じゃあ魔王軍は誰が指揮していたんだって話になる。……だからボクらは、一つ仮説を立てた。軍を指揮していたのは、軍の先頭にいた幹部魔族で、魔王自体はただのお飾り。幹部たちは今でも人間を滅ぼすためにどこかに潜んでいる――――」
「っ!」
「もちろん、これはただの仮説で、根拠はほとんどない。現に魔王が討たれてからの数年間、ほとんどの魔族はまったく動く気配を見せなかった。中にはめちゃくちゃ暴れた奴もいたけど、逆にそれが魔王の支配下から外れて、自由になったからこその行動とも思える。他の奴はどこかで静かに余生を過ごしてる……かもしれない」
「……残念だけど、俺はエヴァたちの仮説、そんなに間違っていないと思う」
俺は一度、魔族と対峙している。
その際に感じたあの邪悪さは、のんびり余生を過ごそうなんて考える者とはかけ離れすぎていた。
ただ、自分が暴れられればそれでいい。
戦闘にいたあの魔族が指揮官で、自分の軍を好きに動かしていたと言われたら、俺は多分そのまま情報を受け入れる。
「進化した種とはいえ、魔族はどこまでいっても魔物。ギブアンドテイクが成立していなければ、人間の利益になるようなことはしない。俺は、生き残った魔族が何かを企んでいる……に一票を入れる」
「……師匠までそう言うんじゃ、これはもう当たりかな」
そう言いながら、エヴァは肩を竦める。
彼女は、落胆していた。
自分たちの立てた仮説は、人類に恐怖を与えるもの。
当然、間違っていた方がいい。
「でも、魔族が生き残っているなら、どこで何をしようとしてる? 隠れている意味が分からない」
ルルが口にした疑問は、もっともだった。
魔族が潜伏しているとして、何をしたいのか見当もつかない。
第一あの魔王はなんだったのだろう。
魔力だけを持った狂戦士のような存在を崇めていたのは、一体何故?
「そこに関しては、今考えるには材料が少なすぎるよ。現状いなくなった幹部魔族たちは、ほとんど姿を見せていない。……だからこそ、色々と辻褄が合わなくなってしまっているんだ」
「想像以上に考えないといけないことが多いな……エヴァ、君は大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、師匠。幸いボクには頼れる仲間がいる。それにこうして尊敬する師が一緒に動いてくれているんだ。こんなに恵まれている中でボクが弱音を吐くようなことがあれば、それはもう敵を褒めるしかないね」
あっけらかんと言ってみせるエヴァの顔からは、威厳のようなものを感じる。
これほどの自信をつけるまで、一体彼女はどれほどの苦労を重ねたのだろう。
俺が知る彼女の努力は、旅の出発を見送ったあの日まで。
それがほんの少しだけ、寂しい。
「……すっかり頼れる大人になったね、エヴァ」
「そうだよ。ボクはもう大人なんだから、ローグ師匠のお嫁さんにだってなれるんだ」
「怖いからやめて……そのアピール」
あるかもしれない戦いより先に、社会的に死んじゃうかもしれないから。
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