第16話 冒険者ギルド

「うーん……」


 俺は学園から貸してもらっている剣を眺めて、唸り声を漏らした。

 

「……どうしたの、先生」


「ああ、いや……さすがに剣にガタが来てるなって思ってさ」


 首を傾げたルルが、触手でのお手玉を続けながら俺の方へ歩み寄ってくる。

 いつの間にかルルは、魔力玉を三個使ってのお手玉ができるようになっていた。

 しかもこうして回しながら移動もできるところを見るに、すでに三個でも余裕が出てきているのだろう。

 なんとも末恐ろしい成長スピードだ。


「……別に刃こぼれしているようには見えない」


「一応毎日研いでるからね。問題なのは芯かな」


「芯?」


「剣の中核っていうか……このまま使い続ければ、多分近いうちに根本から折れるね」


「不思議。そんな風には見えない」


「まあ、ただの感覚だしね。でも振ってると分かるようになってくるよ」


 剣の芯が脆くなっていくのは、残念ながら防げるものじゃない。

 毎日手入れをするようにすれば、延命することは可能だ。

 しかし、特別な魔物の素材でも使わない限り、物には必ず壊れる時が来る。

 数えきれないくらい剣を振ってきた俺には、なんとなくそれが分かるのだ。


(元々使い古されていた剣っていうのもあるけど……最近かなり無茶させたからなぁ)


 訓練用ということもあって相当頑丈にできているこの剣だが、経年劣化と、ルルとの戦いでの酷使が祟って、一気に脆くなってしまった。

 早々に変えなければ、肝心な時に折れてしまうかもしれない。

 そもそもずっと借りていることがおかしいのだ。

 さすがにもう自分の剣を買わないと、格好もつかない。


「うーん……とはいえ給料もまだだし、しばらくは騙し騙し使っていくしかないかも――――」


「ふっふっふ、そういうことならボクに任せなよ」


「うわっ⁉」


 突然エヴァの顔が俺の視界の中に入ってきて、思わず心臓が跳ねる。

 

「え、エヴァ? 今までどこに……」


「先生たちに混ざって、一応学園内のパトロールをね。あれからなんの動きもないけど……」


「ああ、なるほど」


 生徒が変貌したあの事件以来、学園内の警戒度はかなり上がっていた。

 放課後は必ず数人の教師が敷地内を見回り、何かあってもすぐに駆け付けられるような状態を作っていた。

 俺もここ数日は見回りに参加している。

 触手お手玉の練度が上がるまではルルへの指導はお預けだし、タイミング的にはちょうどよかった。

 ちなみに多くの生徒には混乱を避けるために伝えていないが、ルルには隠すわけにもいかず、大体のことは話してある。


「それで……師匠は自分の剣がほしいんだって?」


「そうなんだよ……さすがにずっと訓練用の剣を借り続けるわけにもいかないしさ」


「だったら一つ、ボクに宛があるよ」


「宛?」


「明日は学園も休日だし……せっかくだから、ルルも連れていこう。きっといい鍛錬になるよ」


 そう言って、エヴァは悪戯っぽく笑った。


◇◆◇

 

 エヴァに連れられるがまま、俺とルルは街に出た。

 俺はともかくとして、制服姿のエヴァとルルはだいぶ人目を惹くようで、先ほどから多くの視線を感じる。

 まあ二人ともかなり整った容姿をしているし、俺ももっと若い時であれば、きっと見惚れていたことだろう。

 

「ほら、ここだよ」


 巨大な建物の前で、エヴァは足を止める。

 そんな建物に添えられた看板には、〝エルゼガル中央冒険者ギルド〟と書かれていた。


「冒険者ギルド……?」


「実はボク、ここのギルドマスターから面倒くさそうな依頼を出されちゃってね。報酬もかなり高いんだけど、正直どうしようかって迷ってたんだ。でも師匠の剣を買う資金になるなら、別に悪くないかなって」


「なるほどな。その代わり、俺たちにも手伝ってほしいと」


「そういうこと。話が早くて助かるよ」


 そう言ってギルドに入ろうとしたエヴァだったが、ルルが袖を掴んだことで足を止める。


「む、どうしたのかな?」


「私、まだ冒険者じゃない。資格ないのに協力できる?」


「ああ、確かに説明を忘れてたね。資格の方なら大丈夫。ここのギルドマスターとは深い仲だからね。ボクが連れていくって言えば、止められることはないよ」


 エヴァとギルドマスターが深い仲であるという部分に、俺は引っ掛かりを覚えた。

 

「……エヴァ? まさかとは思うけど、このギルドのマスターって俺とも知り合いだったりする?」


「さて、それは顔を合わせてからのお楽しみだよ」


 俺とルルの腕を掴んだエヴァは、そのままズカズカとギルドの中へ入っていく。

 中には多くの冒険者たちの姿があり、それぞれダンジョンに関する情報交換や、冒険者としての武勇伝などを語っていた。

 よく言えば活気がある。悪く言えば騒がしい。

 そんな彼らの雑談だったが、エヴァの存在に気づくと同時に、それは止まった。


『おい……あれ』


『マジかよ、〝金色の流星〟じゃねぇか』


『やべぇ……生で見るの初めてだ……』


あの人・・・に会いに来たのか……?』


 さすがはエヴァ、どこに行っても有名人扱いだ。

 しかし本人はそんなざわめきを無視して、受付カウンターの方へと足を運ぶ。

 受付にいた女性はエヴァを見て一瞬驚いた様子を見せたものの、すぐに取り繕って仕事モードの顔になった。


「ようこそ、エヴァ様。本日はどのようなご用件でしょうか」


「ギルドマスターに用があるんだけど、いるかな?」


「はい、三階の自室におられますよ」


「ありがとう。向かわせてもらうね」


 話を終えたエヴァは、振り返って上に向かう階段を指さした。


「あそこから三階に上がって、ギルドマスターに顔を見せるよ」


 ひとまずはこのままついていくしかない。

 俺とルルは顔を見合わせた後、エヴァの背中を追った。

 長い階段を上り切った先にあったのは、長い廊下。

 その奥に、一つの扉が見える。


「じゃあ入ろうか」


 そう言いながら、エヴァが扉をノックする。


「――――入りな」


 すると向こうから、入室を許可する男の声が聞こえた。

 この声、やはり聞き覚えがある。


「失礼するよ、ギルドマスター」


「たく……お前なぁ。自分が有名人って自覚をちゃんと持てよ。下にたまってる冒険者どもが浮ついちまうじゃ……ねぇ、か……」


 中にいた男は、俺の顔を見て言葉を詰まらせる。

 その男らしい端正な顔立ちに、やはり俺は見覚えがあった。


「もしかして……ローグ師匠か?」


「……久しぶりだね、ハルバード。元気そうで何よりだ」


 俺がそう告げると、ハルバードは突然目の前にあったデスクを飛び越えて、俺の手を握った。


「おお……おお! やっぱり師匠じゃねぇか! 今までどこで何してたんだよ!」


「うおっ⁉」


 ハルバードに腕を振り回され、俺の体が上下に揺れる。

 相変わらず、何をするにも力強い男だ。


 彼の名は、ハルバード=ゼブル。

 俺の教え子であり、エヴァと共に魔王を倒した勇者の一人だ。

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