第15話 〝魔族〟

「――――で、この少年が飛び掛かってきたと」


 ルルと別れた後、俺はリナリアさんに呼び出され、学園の医務室に来ていた。

 ここにはリナリアさんの他に、エヴァと見知らぬ少年の姿がある。

 少年はこの学園の三年生らしく、今は医務室のベッドで横になっていた。

 顔色がかなり悪く、俺が来てからもずっと浅い呼吸を繰り返している。


「脚をすべて斬り落としたら、一応元には戻ってくれたよ。でも魔力は乱れっぱなしだし、医療機関に見てもらわないとダメだね」


「そちらはすでに手配済みです。もう間もなく病院の方々が到着するでしょう」


 二人の会話を聞いた上で、改めて少年の体を見る。

 俺とエヴァが感じ取ったおかしな気配は、間違いなく彼。

 聞くところによると、この少年の背中から突然蜘蛛の脚が生えて、エヴァに襲い掛かってきたらしい。

 しかし一度彼の背中を見せてもらったが、そこにおかしなところは何もなかった。

 制服に八つ穴が開いていることから、足が生えたという話に間違いはなさそうだけど――――。


「分かっていることは二つです」


 リナリアさんがそう話を切り出す。


「まず本件が誘拐事件で確定したこと。彼にこのような仕打ちをした悪意を持った敵が、確実に存在します」


 俺は頷く。

 どう考えても、彼の状態は自然によるものではない。

 生徒を攫い、何かしらの細工を施して送り返してきた者が、必ずどこかにいる。


「次に、敵が未知の力を使うということ。残滓も残さず人間の体を改造する魔術なんて、私は聞いたことがありません」


「ボクもないかな……人間を改造しちゃう魔術は見たことがあるけど、必ず術者の魔力が残っていたしね」


 そう、相手に何かしらの影響を与える魔術は、どうしても発動した際の残滓が残る。

 例えば他人の怪我を治せる治癒系の魔術があったとして、それを用いて一人の人物の怪我を治すことに成功した場合、その人物の体には治癒した者の魔力がわずかに留まるのだ。

 留まる時間は魔術によって変わるためなんとも言えない部分が大きいけれど、少なくとも、他者を変質させるなんて魔術の残滓がすぐに消えるとは思えない。

 感覚で言っているわけではなく、そもそも理屈が合わないのだ。


「敵が未知の魔術を使うなら……内部犯の可能性ってかなり下がりますよね。もしもそんな異様な力を持つ人間が学園内にいたら、学園長もエヴァも気づくだろうし」


「そう……ですね。確かにローグの言う通りかと」


 リナリアさんが目を見開く。

 敵は魔術の残滓を残さずに、人間の体を操れる。

 残滓がなければ結界は反応できないのだから、結界内に本人がいる意味がないのだ。

 次に出てくる疑問は、どうやって人を攫っているか。

 学園の生徒や従業員は、もちろんまったく敷地内から出ないというわけではない。

 予想でしかないが、そうして学園から外に出た者を攫い、改造し、何かしらの命令を施した状態で学園に戻し、また別の人間を攫わせるという非道な手段が用いられたのではなかろうか。

 

「じゃあ、なんで外に出た生徒を攫わないのかな? 最初の一人を外で調達したんだったら、別に他の生徒も外で攫えばよくない?」


「……多分、俺たちに対策させないためじゃないかな」


「対策?」


「外で誘拐事件が起きるって分かれば、学園側は一人で外出しないよう訴えかけることができるだろ? さすがに複数人で歩いている冒険者志望の人間を、騒ぎを起こさず捕らえるのは難しいはずだ」


「ああ……理解したよ。確かにボクらは現状大した対策もできていないし、なんなら内部の人間を疑ってしまうくらい混乱していたからね。相手からしたら思惑通りってところなんだろう」


 やれやれといった様子で、エヴァが肩を竦める。

 そう、ここまでは向こうの思い通り。

 だからこそ、分からないことがある。

 犯人は、何故このタイミングで自分の存在を明かすような真似をしたのだろう。

 この先も誘拐を続けようと思っているのであれば、明らかなる悪手。

 ただのミス? いや、これだけ狡猾に動ける存在が、油断するとは思えない。

 この少年を学園内で変質させたことには、必ず意味があるはず。

 

「ふぅ……ひとまずできることは、学園内での監視の強化ですかね。内部犯の可能性が極めて低い以上、少なくとも教師陣に協力は仰げると思います」


「そうですね。次の職員会議で全員に通達します」


 敵の正体はまったく見えてこない。

 しかし、ただものではないことだけは確かだ。


(それでも……報いは受けさせないとな)


 俺は苦しそうに呻く一人の生徒を見て、必ず犯人を見つけると心に決めた。


「……ああ、それからローグ。一つ頼みたいことがあるのですが」


「はい、なんでしょう?」


「二週間後、二年生を対象とした課外授業があります。内容は低級ダンジョンでの実戦なのですが、万が一のことを考えて同行していただけませんか?」


「ダンジョン実習ですか……」


 中々面白そうなカリキュラムだ。

 結局のところ、実戦に勝る経験はない。

 若いうちに魔物との戦い方を学んでおけば、必ず成長できると思う。


「分かりました、同行します」


 断る意味もなし。

 俺はリナリアさんの頼みを聞き入れた。


◇◆◇


「うーん……やっぱり〝眷属〟じゃ実力不足すぎたか」


 学園からはるか離れた街の外れ。

 寂れた廃屋の中に、二人の人影があった。


「さすがは〝勇者〟の一人……人類最強といわれるだけのことはあるね」


 二人のうちの片割れである紫髪の男は、そう言いながら閉じていた目を開いた。


「どうだった?」


「いやぁ、あそこまで剣を振る速度が速いと、さすがに見切れないかなぁ」


「……視界共有状態・・・・・・ならば、反応速度が落ちるのも当然だろう」


「それもそうだけどさ」


 片割れである黒髪の女に指摘され、男はため息をつきながら捨てられたソファーに背中を預ける。


「一応あの学生君も僕の〝細工〟で強くなっていたはずなんだけどね。あの脚だって結構頑丈なんだよ? やってらんないよね」


「弱音を吐くな。鬱陶しいぞ」


「相変わらず厳しいねぇ、モラクスは。もっとそのでかい乳でどーんと受け入れてくれたっていいじゃない」


「……志半ばで殺してやろうか、バエル」


「おー、こわっ! 冗談だって」


 両手を挙げて降参のジェスチャーをしながら、バエルと呼ばれた男は肩を竦める。

 その飄々とした態度を見て、モラクスと呼ばれた方の女は顔をしかめた。


「このまま雑魚を攫っていっても埒が明かない。Sランク相当の大物を狙おうと言ったのは貴様だろう? 少しは真面目にやれ」


「分かってるよ。僕たちは今、とにかく膨大な魔力が欲しい。その目的を叶えるためには、大物を捕らえて一気に稼ぐ必要がある」


「分かっているのならなおさら――――」


「その上で言う。安心してよ。ちゃんと作戦は考えているさ。何せ潜り込ませた眷属経由で、こっちには学園の情報が筒抜けなんだから」


 狡猾な笑みを浮かべたバエルは、ソファーから立ち上がる。

 そしてこの廃屋にあるもう一つの扉を開け、中を覗き込んだ。


「まずは今度のダンジョン実習で、エヴァ=レクシオンを分断。そして……〝ルル=メル〟を手に入れる」 


 彼が覗き込んだ部屋の中では、幾人かの学生がすし詰め状態になっていた。

 皆が皆うつろな表情を浮かべており、呻き声を漏らしている。

 

「そのためにもまず、君たちには働いてもらうよ? いいよね、僕の眷属たち」


「……悪趣味な男だな」


「そう言うなよ、モラクス。僕らは〝魔族〟、つまり上位種。人は家畜以下、つまりゴミ……どう扱おうと僕らの勝手、だろ?」


「……ふん。別にやめろとは言ってない」


「ああ、よかった。じゃあ早速準備しようか。僕らの大事な燃料を回収するためにね」


 バエルの笑い声が、廃屋に響き渡る。

 その声は、とても人の声とは思えない邪悪さを孕んでいた。


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