第13話 系統

 翌日の放課後。

 すべての授業を終えて、俺はリナリアさんより提供してもらった特別演習場に来ていた。


(なるほど……こいつはすごい)


 頑丈すぎる壁に、高い天井。

 こんな施設を学園内、しかも地下に作ってしまうなんて、さすがは冒険者学園の資金力と言わざるを得ない。

 聞くところによると、ここは本来シェルターとしての使い方を予定していたんだそうだ。

 まだ公開されていない情報が故に知っている者も少なく、秘密の鍛錬を行う場所としてはもってこいと言えるだろう。


「……よく来てくれたね、ルル」


「ん……道を示すって、言ってくれたから」


 演習場に現れたルルは、そう言いながら決意のこもった目を向けてきた。

 自分の口にしたセリフを蒸し返されると少々照れくさいものがあるが、まあ、口にしてしまった以上仕方がない。

 そこに嘘偽りがなかったことを、俺自身で証明するだけだ。


「おやおや、ボクがいることも忘れないでね」


 そう言いながら、エヴァも現れる。

 これで役者は揃ったな。


「悪いな、エヴァ。わざわざ放課後に出向いてもらって」


「師匠の呼び出しならいつだって大歓迎さ。ま、二人きりじゃないっていうのは少し不服だけどね」


「君はまたそういうことを……」


 俺は頭を掻きながら、ルルの方へと向き直す。

 彼女には、エヴァがいる意味についてちゃんと説明しておかなければならない。


「エヴァには、もしもの時に備えて鍛錬中は常に近くにいてもらうことになっている。ルルの力はまだ不安定。自分自身、力を使うことに抵抗もあるだろ?」


「……うん」


「暴走して、誰かを傷つけてしまうことが恐ろしい……それなら、そうなってしまう前に止める人間がいればいい」


 言い聞かせるような言い方になってしまい大変申し訳なく思うのだが、エヴァは間違いなく人類最強だ。

 エヴァであれば、邪神が暴走したとしても抑え込むことができる。

 そして……うん、頼りないかもしれないが、一応俺もいる。

 二人でかかれば、抑え込むことがさらに容易になるはずだ。


「安心しなよ、ルル。君はボクが止めてあげる」


「……なんか恩着せがましいし、ほとんど話したことないのに馴れ馴れしい」


「……ローグ師匠、この子すごく生意気だよ。指導してあげて」


 あれ、なんか早速バチバチしてるんだが。


「ごほんっ……まあ親睦はゆっくり深めるとして、早速鍛錬の方に入ろうか」


 俺は手を叩き、雰囲気をリセットする。


「ルル、〝魔纏〟は使える?」


 ルルにそう問いかけると、彼女は首を横に振った。

 魔術が使えるのに〝魔纏〟は使えないのかと疑問に思う者もいるだろう。

 答えはイエス。

 ルルやエヴァのような〝接続型〟の魔術師は、魔力自体は自覚していても応用はまったく効かないという者が多い。

 燃料は持っていても、使い方が分からないという状況だ。


「君の魔術、〝深淵の呼び声ディープコール〟も、結局は魔術の一種でしかない。魔術である以上、極めるために必要になってくるのは魔力コントロールの精密さだ」


「……私、魔術についてほとんど知らない。詳しく教えてほしい」


「了解。じゃあ前知識から行こうか」


 俺は魔力を操り、空中に文字を書く。

 魔力を扱ったちょっとした手遊びも、こんな風に利用できることもあるから馬鹿にできない。


「まず魔術には、三つのタイプがある」


「タイプ?」


「一つは、君たちのような〝接続型〟。そしてその他に、〝洗練型〟と、〝想造型〟がある」


〝洗練型〟は、能力を磨く、つまりは強化することに寄った魔術のこと。

 足の速度や、パンチ力、武器で言えば切れ味を各段に向上させたりなど、あらゆる能力値を洗練していくイメージだ。


〝想造型〟は、あるはずのないものを形にする魔術のことを指す。

 武器や衣服、建造物などに特別な能力を付与し、実体を持たせるのだ。

 分かりやすいところで言えば、リゲルの炎纏いし獣フレイマルなどが当てはまる。

 炎の属性が付与された獣を生み出すというのは、間違いなく〝想造型〟の能力だ。


「〝洗練型〟と〝想造型〟は、魔力コントロールを覚えた後でなければ扱えない。自分の魔力を流す感覚だったり、形を成すくらいに密度を持たせる必要があるからね。だけど、〝接続型〟は違う」


〝接続型〟は、どこまでも異質な能力。

 魔力コントロールを覚えずとも魔術として行使できてしまうため、その魔術自体に振り回されてしまう者が多くいる。

 大切なのは、何事においても基礎。

 基本ができない者に、応用する術はない。


「魔力の扱いを覚えていないから、触手に注げるだけの魔力をすべて注いでしまうんだ。まずはそこから改善していってみよう」


「うん」


「まずは自分の中にある魔力を放出してみてくれ」


 ルルが意識を集中すると、濃い青色の魔力が彼女の中からあふれ出てきた。

 相変わらずゾッとするような魔力量。

 まったくもって底が見えない。

 

「これでどうするの?」


「〝魔纏〟は、その魔力を体の周りで留めることで成立する。イメージの仕方はなんでもいいよ。炎の鎧を纏うとか、水に包まれるとか」


「……水」


 ルルがそう一言呟いた瞬間、あふれ出していた魔力が体の周りで漂うようになった。

 そして徐々に範囲が狭くなり、やがてルルをすっぽり覆った状態で揺れ動かなくなる。


「できてる?」


「飲み込みが早いね……ちゃんと〝魔纏〟の状態になってるよ」


「でもこれ、すごくキツイ。維持してるだけで精一杯……」


 眉間に皴を寄せながら、ルルは絞り出すような声でそう言った。


「魔力を押し留めるような感覚が掴めれば、〝魔纏〟自体はそう難しい技術じゃない。一番難しいのは、その状態で動き回ることだよ。いずれそれもできるようになったら、次は魔術を発動しながら維持できるようにならないとね」


「……途方もない気がする」


「できるさ。要はコツと慣れだから」

 

 魔力に目覚めるところまでは一瞬だけれど、その先は間違いなく鍛錬の量がモノをいう世界になる。

 コントロールの精度が上がれば、とっさに身を守ることができるし、反撃だって早くなるのだ。


「さて、まずはその状態をキープしたまま、演習場を走って十周するよ」


「……運動苦手」


「もう誰も傷つけたくないんだろ?」


「……」


 少々不満げな様子を見せたルルに、当初の目的を問う。

 すると瞬く間に、彼女の目に闘志が戻った。


「……うん」


「よし、じゃあ頑張ろう」


 そう言って、俺は自分に〝魔纏〟を施す。


「え、先生も一緒にやるの?」


「当然。常に見本として前を走るから、参考にしながらついてきてくれ」


「……」


「……ルル?」


 何故かルルは俺をジッと見たまま固まっている。

 そんな彼女と俺の間に、見かねた様子のエヴァが割り込んできた。


「ルル、ボクからのアドバイスなんだけど、あんまり師匠の〝魔纏〟を参考にしない方がいいよ」


「え⁉ な、なんで……」


「師匠の〝魔纏〟、なんか気持ち悪いんだもん」


「気持ち悪い⁉」


 思わず膝から崩れ落ちそうになったところで、俺はかろうじて持ちこたえる。

 年頃の女の子に言われる言葉としては、もっとも殺傷力がある言葉だな……。


「……確かに、気持ち悪いかも」


「る、ルルまで……」


 さすがに耐え切れず、今度こそ俺は膝をつく。

 気持ち悪い――――気持ち悪いかぁ。


「あ、ショートしちゃった。気持ち悪いくらい精密って意味だったんだけど……」


「ん……聞こえてなさそう」


 二人で何か話しているようだけど、落ち込んだ俺の耳にはほとんど聞こえていなかった。

 せめて泣かないようにしないとね。大人だもんね。

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