第12話 教師の使命
俺が触手の仕組みに気づいたのは、それらがルルの支配下から外れてすぐのことだった。
彼女の触手は、その先端を一瞬俺の持つ刃へと向けた。
その後すぐに魔力を集中させた腹へと矛先が向いたわけだが、ここで俺の中で一つの疑問が生まれる。
目を持たない触手が、何故俺を狙えるのか。
初めはルルの視界を通して物の位置を認識しているのだろうと思ったが、あの時彼女は俺ではなく触手の方を見ていた。
となると、次は触手自身に物体の位置を把握する力があることを疑う。
そこで最初に刃の方に先端が向いたことを思い出し、理解した。
あの時俺は、触手を斬り裂くために刃に魔力を多めに流していた。
そして腹に纏う魔力を厚くした瞬間に、矛先が変わったという事実。
「その辺から考えて、触手は魔力を感知して襲ってくるものだと思ったんだけど……合ってる?」
「……うん」
勝敗が決し、地べたで体育座りしていたルルは、一つ頷いた。
ルルの支配下から外れた場合、触手は敵の魔力を頼りに襲い掛かる。
そう仮説を立てた俺は、自身の〝魔纏〟を解除。
そして魔力の反応を一切消して、背後からルルへと迫ったというわけである。
(にしても……触手が消えてくれてよかったな)
俺はさっきまでルルがいた場所を見る。
一番不安だったのは、触手が俺ごとルルを貫いてしまわないかということ。
好き勝手動き回る触手が、もしも宿主すら殺めることを厭わなかったら――――。
おそらく、こんな平和的な決着は成されなかっただろう。
「この暴走が、人と関わらないようにしている理由かな?」
「……そう」
ルルはさらに体を縮ませる。
まるで、この世から消えてなくなろうとしているかのように。
「クーちゃん、途中から私の言うこと聞かなくなる。私以外、全部壊そうとする」
「……そうか」
「クーちゃんは私を守ってくれている。私だけを、守ってる」
「……」
宿主であるルルには手を出さないということか。
朗報であると同時に、残酷でもある。
他者と一緒に自分も傷つくなら、きっとルルの心はもう少し救われていただろう。
もっと、〝自分の能力〟だけを恨むことができたのだから。
「冒険者には、あまり興味ない。この学園に来たのは、クーちゃんの使い方を学べるかもしれないって思ったから。でも……一年生の時、実技の授業で人を傷つけた」
「それ以来、授業には出ていない?」
ルルが頷く。
「みんな、私を怖がってる。私も、自分の魔術が怖い……だからジッとしてる。これ以上誰かを傷つけるくらいなら、死んだほうがマシだから」
彼女のすすり泣く声が、図書室に響く。
俺は寄り添ってあげられない。
教師と教え子。ルルと俺では、立場が違いすぎる。
隣に立っていいのは、いつだって同じ方向を向いた同じ立場の人間だけだ。
俺はそんな子たちを導くため、前を歩かなければならない。
「……道を示すよ、俺が」
「え?」
「もし、ルルが今の自分を変えたいって思っているなら、俺が変わるための道を示す。教師として、君の希望が叶うように全力で支える」
今でも考える。
魔王の下に教え子たちを送り出したのは、本当に正しいことだったのかと。
結果的に彼らは勝利し、俺の行いは正しいものに昇華された。
しかし、もし一人でも命を失っていたら?
俺はきっと、妻を奪われたことなんて忘れて、一生自分を責め続けただろう。
俺は、教え、導く者。
それは決して、自分の理想を押し付けていい話じゃない。
あくまで生徒や弟子の希望を叶えるために、俺たちのような人間がいるんだ。
「ルルがなりたい自分を教えてくれ。君がそれに至るまで、俺がずっと側にいる」
「……うっ……うう」
とどめていたものが溢れたのか、ルルは声を上げて涙を流し始める。
俺の言葉は、少しでも彼女の心に届いたのだろうか?
「……強くなりたい」
「……」
「クーちゃんが誰かを傷つけてしまわないように、私が強くなりたい……!」
ルルの懇願には、心の底から湧き上がるような感情が込められていた。
希望が聞ければ、やることは一つ。
「教えるよ、俺が」
「っ……!」
「授業に出たくないなら、放課後でもいい。俺が君を直接指導する。君が力の扱いを完璧に覚えるまで、一緒に頑張ろう」
「……いいの?」
「君は俺の教え子だ。当然だよ」
自分の力に苦しむなんて、そんな悲しいことはない。
ルルは俺が導く。
それこそが、教師としての使命だから。
◇◆◇
「――――それで、ルル=メルは悪くないと」
「……はい」
ルルと戦った後、俺は当然のように学園長室へと呼び出されていた。
もちろん内容は、図書館で暴れた件である。
「暴れたのはすべて自分でして……床を一部落としたのも俺がやったことで……」
「……はぁ」
俺自身が頭を下げているため見えないが、リナリアさんが困った顔でため息をついたのを感じた。
うう、本当に申し訳ない。
「勘違いしていただきたくないので先に言っておきますが……私は決して怒っているわけではありませんよ」
「え?」
「私が頭を悩ませているのは、これからのことです」
顔を上げると、リナリアさんは一枚の羊皮紙を見せてきた。
そこにはルル=メルの情報と、魔術に関する特記事項が書かれている。
「接続型魔術、〝
「はい。もちろんすべてではないと思いますが……」
「これまでの経験上、
実際、そういったケースはあったと聞く。
邪神クラスではなかったものの、古代で大量殺人を行った強大な魔物と接続した人間が、その邪悪に飲まれ脅威となって親しい人たちに襲い掛かったとか。
「しかしルルが接続を試みなければ、SSランクモンスター、〝邪神クトゥルフ〟はこの世に干渉できない……つまり、彼女がこれまで通り大人しく、静かに暮らしていれば、何も危険はないということです」
「静かに暮らすって……どこかに閉じ込め、監視をつけるってことですよね。一生それを強いるおつもりですか?」
「それが彼女を守ることにも繋がります。邪神に飲まれた人間は、おそらく死ぬよりも辛い目に遭うでしょう」
俺は思わず歯を食いしばった。
この様子からして、国がなんの対策もしていないとは考えにくい。
おそらくこの国は、すでにルルをどこかに閉じ込めようとした。
街の真ん中で完全顕現でもしようものなら、一瞬ですべてが沈むことになる。
それを避けるための行いとして、俺も間違っているとは思わない。
しかしこうして彼女が自由に学園に通っているということは――――。
「ルルを保護、監視しようと試みた重役は何人もいますが、皆ルルの魔術によって撃退されています。この学園への入学は、特例中の特例。エヴァ=レクシオンが同年代として存在するからこそ、彼女はここにいられるのです」
「いざとなったら……」
「ええ。エヴァに討伐命令が下ります」
思わず頭を抱えてしまった。
ここに来て、まだエヴァが動かなければならないのか。
きっとあの子なら、Sランクでは測れないさらなる上位ランク、SS相当の魔物だろうが神だろうが相手取れるだろう。
ただここまでのレベルとなると、無傷で済むとは思えない。
「正直、私も板挟みで困っていました。生徒として、ルルには学園で学べることをすべて吸収してほしい。しかし少しでも扱いを間違えれば、他の生徒たちに危険が及ぶ。……故に、あなたに問わせていただきたい」
「……」
「ルルにどういった指導をするおつもりですか? その辺り、前もって聞かせていただきたい」
俺は今、試されている。
これからルルを任せていいかどうか、リナリアさんは判断しようとしているのだ。
「……まずは、力を制限する方法を教えます」
頭の中に浮かんでいたプランを、そのまま伝えていく。
「正直に申し上げますと、この学園は魔術に関する指導力があまり高くありません。もちろん魔術を学ぶ前に、冒険者として必要な知識は山のように存在します。魔術は結局冒険者になった後で学ぶもの……それに関しては、自分も同意です」
どのみち魔力に目覚めること自体が、偶然の産物なのだ。
現時点で扱えないものを学ぶなんて、無意味と感じてしまうことも仕方がない。
「しかし、中には学ばなければならない人もいます。ルルや、エヴァのように」
「……」
「危険だからと隔離するのではなく、その力の使い方をちゃんと教えることができれば、どんなに危険なものでも誰かを助ける力になります」
すでにルルは、人を傷つけてしまったと言っていた。
このままでは、彼女はずっとその過去を引きずってしまう。
ルルの心を軽くするためには、自分の力で、自分が傷つけてしまった人よりも多くの人を救わなければならない。
「最初に制御する方法を教え、彼女から能力を使うことへの抵抗を減らします。自在に扱えるようになるまで、教師として支えます。指導中はまあ……エヴァにも付き添ってもらおうかなって考えていますが」
教え子を頼るというのはなんとも情けない話だが、実際に接続型で魔術を完璧に使いこなしているエヴァという成功例は、近くにいてもらった方がいい。
ルルが一日でも早く魔術を使いこなせるように、できることはなんでもする。
「……なるほど、分かりました。ではルル=メルのことはすべてローグにお任せします」
「……え?」
あれ、そんなあっさり?
「どうにかルルとあなたを関わらせたいと考えていたのですが、こんなにも早い段階で願いが叶って安心しました」
「まさか……俺を雇った目的の一つだったりします?」
「もちろん。あのエヴァ=レクシオンを最強に育て上げた男ですよ? ルルの育成に関しても、期待せざるを得ません」
どうやら、この場において俺はずっとリナリアさんの手のひらの上だったらしい。
「変に試すような真似をして申し訳ありません。しかしルルを縛ることなく、他の生徒と同じようにのびのび教育を受けてほしい気持ちは同じ。ぜひとも、あなたにすべてをお任せしたい」
「……全力を尽くします」
そう言って頭を下げた俺は、そのまま学園長室を後にした。
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