第10話 図書館の魔女
『ルルは、基本的に旧図書館にいるよ。旧の方は新図書館と違って置いてある本が古臭くて、あんまり人が寄り付かないんだ』
エヴァから言われたことを思い出しながら、俺は旧図書館の方へと向かっていた。
不思議な気配を持つ少女、ルル=メル。
まだ深く関わっていないこの段階でも、彼女が自分の教え子であることには変わりない。
授業に出たくない理由があるのであれば、聞いておいた方がいいだろう。
「えっと、ここか?」
しばらく歩いてたどり着いたのは、まったく日の当たらない廊下の奥だった。
まるで霊体系の魔物でも出現しそうな雰囲気に身震いしつつ、俺は旧図書館と書かれた扉を開く。
「……」
恐る恐るといった感じで中に入ると、ふわっとしたカビ臭さが鼻を突いた。
どうやら管理体制はそこまで整っていないらしい。
新図書館の方はかなり綺麗にされているようだし、こっちはもうほとんど忘れられているのかもしれない。
巨大な本棚が並ぶ部屋の中を、物色しながら歩く。
目的はルルに会うことだけれど、歴史的文献や古の物語が並んでいるこの空間は、決して嫌いではない。
この薄暗さと静けさが、自分を外界から守ってくれているようにさえ感じる。
「……誰?」
そうして歩いていると、奥の方から声がした。
そこにいたのは、前の授業で道案内をしてくれたあの少女。
ルル=メルであろう彼女は、俺の方に少しばかりの警戒を向けている。
「あなたは、さっきの先生?」
「あ、ああ、さっきぶりだね。君のおかげでなんとか演習場につけたよ」
「……それはよかった。で、なんの用?」
「君と少し話したいことがあって……その、実技系の授業に出ないって話を聞いたんだけど、その理由を聞かせてほし――――」
そう言いながら近づこうとした瞬間、俺の視界の端を何かが横切った。
そしてその次の瞬間、俺に向かって一冊の本が飛来してくる。
「いっ⁉」
とっさにそれをかわす。
するとその本は、轟音と共に後ろにあった本棚に激突した。
「な、何が……」
本が飛んできた方向を見るが、そこには何もいない。
しかし、気配はある。
あの時にも感じた、不気味な気配。
やはりそれは、ルルを取り巻くように存在しているようだった。
「……〝クーちゃん〟、駄目だよ」
ルルがそう言うと、不気味な気配は少し収まる。
「帰って、先生。今先生と話すことは何もない」
「……そうもいかない。ルル、このままじゃ君は単位が足りずに卒業できなくなるよ。実技にも必修科目があることは知ってるだろ?」
「……」
俺の言葉を受けて、ルルは不貞腐れたようにしてそっぽを向く。
冒険者学園を卒業するためには、ひとまず必修科目はすべて受けなければならない。
必修科目は、魔物の生態や、回復ポーションのようなアイテムの効果、読み書きに計算、それから対人、対魔物における実技訓練などが含まれる。
これを怠ると、卒業と同時に発行される冒険者ライセンスは手に入らない。
「別に、私は冒険者になりたいわけじゃないから、それでいい」
「え?」
「実技は受けたくない。みんなが弱すぎて、全然鍛錬にならないから」
ルルはそう冷たく言い放つ。
しかしその言葉には、どことなく含みがあるように感じられた。
彼女には彼女なりの悩みがある。
そしてそれはきっと、〝クーちゃん〟と呼んだ何かの存在が大きいに違いない。
(おそらく彼女は、エヴァと同じ〝接触型〟の魔術師。とてつもない力を持っていることは確かだ)
魔術にはいくつか系統があり、その一つが〝接触型〟
精霊やゴースト、はたまた神や悪魔、様々な人ならざるものと魂を接続することで、特別な恩恵を授かることができるもっとも異質な系統である。
ほとんどの場合、生まれた時や偶然のきっかけによって人ならざるものと繋がってしまうことで能力が発現するため、他の系統と違い才能で優劣が決まるという特徴を持つ。
弱小精霊と繋がれば、当然大した力は得られない。
しかし神と繋がろうものなら、その時点で世界の頂を目指せるだけの才能となる。
デメリットといえば、偶然が大きく絡むことと、場合によっては過ぎた力に苦しめられる可能性があること――――。
「先生も、他の人も、みんな弱すぎ。意味のないことは嫌い」
そう言いながら、ルルは俺を一瞥する。
「分かったら、私にかまわないで。別に、卒業できないならできないで、私は何も困らない」
背中を向けたルルは、そのまま近くにあった本に目を通し始める。
きっと俺がここを離れるまで、こうやって本を読んでいるフリを続けるつもりだ。
ルルが冒険者になることを心の底からどうでもいいと思っているかどうかは分からない。
しかしこんなにも寂しそうな背中を見せられたら、この学園の教師である以上、放っておけるわけがなかった。
「……ルル、君はエヴァ=レクシオンを知ってるか?」
「――――知ってる。世界を救った英雄、そして……この学園で、唯一私よりも強いかもしれない人」
なるほど、ルルにとってエヴァはそういう評価なのか。
この返答ができる感じだと、彼女は傲慢が故にこういった態度を取ってるわけではないことが分かる。
実際にエヴァがルルより強いという分析は間違っていない。
何度も言うが、エヴァは現代において最強クラスの存在だ。
他の英雄二人ですら、エヴァを超えられるかどうかは分からない。
つまり、今のルルが勝つ可能性は、万が一もないのだ。
そう、
(……これ言うの、めっちゃ嫌だなぁ)
俺は頬を叩き、自分を奮い立たせる。
「えっと……俺は、君よりも強いやつをもう一人知ってる」
「……誰?」
「俺」
「……」
「……」
――――恥ずかしい。
まさか自分で自分を上げることになるとは。
「……冗談?」
「一応、冗談ではない……かな」
「で……それがどうしたの?」
「俺が君より強いことを証明したら、俺が担当する授業だけでも受けてほしい。俺は大人として、君の将来を守りたいんだ」
子供は大人の言うことを聞けだなんて言うつもりはない。
教えを与え、教えを乞うことに、年齢など関係ないはずだから。
必要なのは、相手が俺の教えを求めてくれるかどうか。
俺の教えが有意義だと思ってもらえうように、まずは俺の価値を示す。
実力という名の、説得力を示すのだ。
「……本当にやるの?」
「俺は本気だよ」
「死んじゃうかもしれないのに?」
「死なない……ようにするよ」
ルルの不安げな視線が俺を捉える。
信用されてないなぁ……まあ、出会ったばかりだしね。
「……分かった、いいよ」
「よし、じゃあ決闘場に――――」
またもや俺の言葉は、途中で遮られることになる。
とっさにしゃがみ込んだ俺の頭上を、本とは比べ物にならない巨大な何かが通過した。
その何かは、近くにあった本棚たちをまとめて薙ぎ払う。
「あ、あの……ここで戦うつもりはなかったんですけど……」
「ごめん、でも、それを決めるのは〝クーちゃん〟だから」
すでに向こうは臨戦態勢ということらしい。
体から冷や汗が噴き出す。
今の一撃、かわさなければまずかった。
「行くよ、〝クーちゃん〟。……殺しちゃダメだからね」
ルルの背後から、黒い闇が広がる。
そしてその闇の中から、タコの足に近い巨大な触手たちが姿を現した。
「はぁ……後で学園長に謝らないと」
俺は早速憂鬱な気持ちになりながら、リゲルとの一戦以来借りっぱなしの剣を抜いた。
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