第9話 魔力覚醒

 レイナを皮切りに、他の生徒からも魔力が噴き出し始める。

 やがてその現象が全体に広がりきったことを確認して、俺は〝魔力領域〟を閉じた。


「……お疲れ様。皆よく耐えたね」


 俺がそう告げると、生徒たちは自身の体を見て驚いた顔をする。


「すごい……これが魔力、ですか?」


「そうだよ。今君たちから湧き出ているエネルギー、それこそが魔力なんだ」


 なんてすまし顔で言いつつ、俺は内心めちゃくちゃ驚いていた。

 正直、まさか全員が魔力に目覚めるとは思っていなかったのである。

 先ほども言ったが、魔力とは精神のエネルギー。

 精神が未熟だったり、育ってもいなければ、出力も微弱で〝魔力領域〟から身を守る手段としては成立しない。

 しかし彼らは、一人として脱落することなく高出力の魔力を放出した。

 それはこれまでの鍛錬だったり、きちんと自分を追い込んできた証拠。

 少なくとも、彼らは間違いなく称賛に値する者たちということだ。


(とはいえ、このままじゃ不味いんだよな)


 今は俺の〝魔力領域〟から身を守るために、彼らは防衛本能で魔力を無制限に放出してしまっている。

 もちろん魔力にも限りはあるため、このまま放置すれば疲労で倒れてしまうのだ。


「一度魔力の放出を止めよう。大きく息を吸って、吐いて、心を落ち着けたら、次はイメージだ」


「「「……」」」


「自分の中の魔力に対してどんな印象を抱くかで、それぞれ押さえ方が変わる。たとえば火をイメージしたのなら、強火で燃え盛る炎を弱火に落としていく感じ。水であれば蛇口を閉める感じだったり、自分が魔力に抱いたイメージを、少しずつ弱めてみてほしい」

 

 俺がそう指導すると、彼らから立ち昇っていた魔力がゆっくりと収まっていく。

 この感じ、皆かなり飲み込みが早いな。

 昔の俺とは大違いである。


「……全員できたみたいだね」


 中には苦戦した生徒もいたが、それでも大して時間がかかったわけではなく、やがて全員が魔力を押し留めることに成功した。

 この時点で、俺の想像していた進行速度を大幅に上回っている。

 若い子たちの吸収力は本当に素晴らしい。


「目覚めたばかりでかなりの魔力を消費したと思うし、今日の実技はここで終わりにしよう。初日の結果としては十分過ぎるくらいだしね」


 授業の時間は――――まだ残っているな。

 せっかくだから、もう少し何かを教えておきたい。

 魔力を研ぎ澄ますための基礎練は後で教えるとして、いずれ応用してもらうために、魔力だけでできることを教えておこうか。


「エヴァ、ちょっと来てくれ」


「先生のご指名とあらば」


 ずっとニコニコしていたエヴァを、自分の下へと呼ぶ。

 それを見た生徒たちがきょとんとしているのを見て、俺はやってしまったと頭を抱えることになった。


(しまった……これじゃ知り合いってことがバレてしまうじゃないか……)


 別にバレても大きな支障はないとはいえ、未来永劫語り継がれるであろう英雄と知り合いってことになると、とにかく説明が難しくなる。

 さてどうしたものかと頭を悩ませていると、あっけらかんとした態度でエヴァが口を開いた。


「ししょ――――じゃなくて、先生の授業を受けるのって何年振りだったかな? 確か五年くらい? なんだか懐かしいね」


「ちょ、ちょっと⁉」


 ほぼ全部言っちゃったよね、それ。


「え⁉ ローグ先生って、勇者に授業したことあるんですか⁉」


「……ま、まあね」


「す、すごい……! エヴァさんたちみたいな英雄の育成にかかわったなんて……!」


 レイナを筆頭に、生徒たちからキラキラした目を向けられ始めた。

 何故か受け入れられてもらえて、俺は安心する。

 最初は慌てたが、エヴァ自身の口から関係値を語ってもらえたのは、実はかなり助かったのかもしれない。

 

「そうだよ! ローグ先生は教育者として右に出る者がいないくらいの凄腕なのさ!」


「「「おおー!」」」


 恥ずかしい、やめて。


「で、呼ばれたボクは何すればいいのかな」


「……〝魔纏〟を見せてくれ」


「うん、分かったよ」


 体から噴き出した魔力が、エヴァの全身を包み込む。

 自然と彼女が戦闘待機状態になったことで、他の生徒たちは圧倒されたような顔を見せた。


(最後に見た時と比べて、遥かに淀みが減っている……それに、相変わらず馬鹿げた魔力量だな)


 エヴァから立ち昇る魔力を見て、俺は苦笑いを浮かべた。

 さっき言った通り、魔力を目覚めさせるには死の淵を体感しなければならず、他の方法は見つかっていない。

 しかし稀に、生まれたその時から魔力を纏っている者がいる。

 それは特別な才能だったり、その人間の持つ魔術の影響だったりと様々な要因が考えられるのだが、基本的に天才肌に多いことが特徴だ。

 エヴァもそういった先天的な魔力の持ち主。

 これまで会ってきた中で、彼女の保有する魔力量を超える者は見たことがない。

 

「どう? 上手くなったかな?」


「ああ、さすがだよ」


 俺が褒めると、エヴァは満足そうな表情を浮かべた。


「これが〝魔纏〟。身体能力向上、攻撃力、防御力向上、魔力による攻撃への耐性など、様々な恩恵を得ることができる基本技術だ。上を目指すなら、この技が確実に必要になる」


 俺は演習場から借りた訓練用のナイフを振りかぶり、エヴァに向かって投げつける。

 するとそのナイフは、彼女に当たった瞬間に弾かれ、遠くに飛んでいった。


「ナイフだってこの通り。同じように魔力を纏わせなければ、〝魔纏〟は突破できない」


 練度によって〝魔纏〟の効果は変わるが、たとえ拙くとも、これができる者とできない者では実力に大きな差が生まれる。

 もちろん、勝てるわけのない差だ。


「さっき俺が皆に向けたのは、〝魔力領域〟。〝魔纏〟で留めていた魔力を広げるだけ広げ、索敵などに役立てる。一応さっきみたいに魔力を覚醒させるための使い方もできるけど……」


「ちなみに言っておくけど、それできるの、師匠だけだよ」


「え、そうなの?」


「〝魔力領域〟に殺意を乗せることはできても、せいぜい小動物を脅かすくらいにしか使えないよ。本当に殺されると錯覚するほどの殺意なんて、中々捻出できないんだから」


 それじゃまるで俺が常にとんでもない殺意を抱えているようではないか。

 勘違いされたくないし、これからはあんまり使わないようにしようかな……。

 魔力操作の練習にはなるから、生徒たちにもやり方自体は教えるけれど。


「ごほんっ……! いずれ習得を目指す魔術のためにも、魔力量を増やす鍛錬と、コントロール精度の底上げは常にやり続けよう。今からそのやり方だけ教えるから……」


 そういえば、演習場に来る時にすれ違った女の子も、ここにいるメンバーと同じで二年生だったことを思い出す。

 あの得体のしれない魔力、あれはどういう経緯で目覚めたものなのだろう。

 少なくとも、あの底知れなさは目覚めたばかりとは到底思えない。


「……? どうしたの、師匠」


「いや、そういえば……エヴァ、君以外に二年生で魔力を扱える子っている?」


「んー、何人かいると思うけど」


「その中に、青髪の女の子っているかな」


「……もしかして、ルルのこと?」


「ルル?」


 ルルという名前が聞こえた瞬間、生徒たちがざわついた。

 学園内でも有名な子なのだろうか?


「ルル=メル。ボクらと同じ二年生なんだけど、ちょっと変わってる子っていうか……座学以外の授業には一切出ないんだよね」


「え……必修実技も?」


「そうだよ」


「それは学園的に許されない気がするけど……」


「ルルにもまあ、色々あってね。詳しく知りたいなら、本人を訪ねてみるといいよ。……いや、むしろぜひ訪ねてあげてほしいね」


 そう告げたエヴァの顔は、えらく真剣だった。

 そして聞かれたくない話があるのか、俺の耳元に顔を近づける。


「ルルはボクと同じで、生まれた時から魔力に目覚めているタイプなんだ。ボクがそうだったみたいに、彼女も先天性なりに悩んでいると思う。できれば力になってあげてほしい」


「……分かった。とりあえずやってみるよ」


「さすが師匠、頼りになるね」


 この子は本当に調子のいいことを言う。

 しかし、今の俺は教え、導く側の人間。

 教え子に頼られてしまった以上、その信頼を無下にするわけにはいかない。

  

 

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