第8話 初授業

 結局俺は、時間ギリギリに演習場へとたどり着いた。

 すでに受け持つ予定の生徒たちは集まっており、後から来た俺に視線を向けてくる。


(うっ……ちょっと緊張)


 人に何かを教えるなんて、それこそ四、五年ぶりだ。

 しかし臆するわけにはいかない。

 

(学園内で誘拐事件……原因が分からないのであれば、教師陣が守ることだって簡単じゃない)


 現実的な意見として、生徒自身が犯人に対して反撃する力を身に着けることも必要だと俺は考える。

 そしてそれを身に着けさせることが、俺の役目だ。


「待たせてすまないね。俺はローグ。今日から君たちの実戦総合を担当させてもらいます。できる限り分かりやすく指導していくつもりだけど、分からないところがあればすぐに聞いてほ……し、い」


 途中で俺は言葉に詰まってしまう。

 原因は、集まってくれた十数名の生徒の中に、見覚えのある金髪がいたからだ。


(ま、まあ……別にこういうこともあるわな)


 とびっきりの笑顔を見せているエヴァに対し、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 この学園には、クラスという概念がない。

 必修科目の他、己の受けたい授業を自由に組み合わせ、自身の才能を伸ばしていく。

 故に俺の授業を受けたいと思えば、一応狙い撃ちすることも可能というわけだ。


 授業選択に自由が多い理由は、全員が全員戦闘向きの冒険者になりたいわけじゃないからである。

 魔物の生態を調査するためや、植物や地層の調査など、冒険者としての知識や権利は応用が利く。

 知識は武器。

 足りない実力を補う要素として、学んでおいて損はない。


「確か……リゲル先生からは魔力操作の基礎を学んでたんだっけ」


「そうだよ」


「……反応どうも」


 別に不満があるわけではないのだが、エヴァに返事をされるとなんだか気が抜ける。

 とはいえ、硬くなったところでまともな授業ができるわけじゃない。

 適度な緩さ……質問しやすさなども大事な要素だろう。


(ていうか、学生に対して魔力操作って……かなり高度な授業をやってたんだな)


 前にも言ったかもしれないが、魔力操作が重要になってくる技術、〝魔纏〟は、冒険者の中でも高ランクの人間が扱うもの。

 具体的なところでいえば、Cランク以上からちらほら確認できる程度だったはず。

 一部の例外を除いて、とても冒険者になる前の学生に扱える技術ではない。


「あの……」


「ん?」


 一人の学生が手を挙げたため、そちらを見る。


「リゲル先生、貴族生まれを贔屓してたんです」


「ああ……聞いてるよ」


「だから貴族の人たちにはちゃんとした授業をしてたんですけど……私たちみたいな生徒には、無理難題ばかり押し付けてきて……」


「……なるほど」


 学生に魔力操作なんてできやしない。

 だから適当な授業をして、大した指導もせずに放置した。

 まさしく、最低な教師である。


「リゲル先生がいなくなって……今なら実戦のことちゃんと教えてもらえるんじゃないかって……」


「そっか……そりゃ、責任重大だね」

 

 冒険者としてちゃんと学びたいと思っている人たちがいる。

 俺は大人として、教師として、そんな彼らに恥じない授業をしなければならない。


「……とはいえ、魔力操作は覚えておいて損はない技術なんだよね」


 俺は手のひらを上に向け、そこに薄く光る魔力の塊を生み出した。

 青白く光るそれに、皆の注目が集まる。


「魔力を扱う上で重要なのは、魔力というエネルギーが自分の中にあるとはっきり自覚すること。何故高ランク冒険者に魔力を扱える者が多いのかというと、死線を潜り抜けることで、潜在的魔力の存在に気づけた者が多いからなんだ」


 死の淵、つまりは生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされることで、人間の本能、感覚は研ぎ澄まされる。

 その際に、普段感じ取れなかったものが、突然感じ取れるようになるのだ。

 

「魔力があることを自覚できたなら、後はそれぞれの感覚になる。例を挙げると、俺は魔力の存在に気づいてから、胸の中心に水のタンクがあるような感覚を持つようになった」


 これは各々の魔力の性質にかかわるもの。

 火をつけるための燃料に感じられる者もいれば、土のように重さを感じる者もいるし、電流のように流れ伝わっていくと感じ取れる者もいる。


「つまり目覚めていないのであれば、魔力操作なんてそもそもできないってことになる」


「あ、あの!」


 先ほども手を挙げてくれた生徒が、質問のために再び手を挙げてくれた。


「はい、君は……えっと」


「レイナです」


「レイナさんね。何か気になった?」


「魔力を自覚しなければ扱えないということは分かりましたが、自覚する方法って命の危機に陥ること以外にないんですか……?」


 レイナの顔は、どこか怯えているように見える。

 魔力を扱えるようになるには一度死にそうな思いをしなければならないと言われれば、こうなってしまうのも当然だ。

 しかしここは、あえてはっきり言わなければならない。


「それ以外ない。これは魔力を扱える者の共通認識だ」


「「「っ⁉」」」


 生徒たちの表情がさらにひきつる。

 今のところ、精神に負荷をかける方法以外で魔力が目覚めたという話は聞いていない。

 俺が引きこもっていた四年間で新たな方法が見つかっている可能性もあるが、エヴァが口を挟まない時点でそういった研究は成功しなかったのだろう。

 そもそも、安全策が見つかっていたとしたら、この子たちが無理難題と感じることはなかったはずだし。


「……ここから先は、皆の覚悟を聞こうと思う。冒険者として生きていきたいと考える上で、Dランクでも依頼を受ける頻度を上げれば十分生計は立てられる。その先にあるのは、名声と多額の報酬だけど……もし、上を目指していない人がいるなら、この場を去ることをお勧めするよ。死ぬような目に遭ってでも魔力を扱えるようになりたいと考えている人だけ、ここに残ってくれ」


 皆に向けてそう告げる。

 生徒たちは顔を見合わせ、周りがどうするのか確認し合う。

 しかし、しばらく待ってみても、この場を離れる者は一人もいなかった。 


「上を目指したいんだね、皆」


 頷く生徒たち。

 担当教師がリゲルから俺に変わった途端に実戦総合を選んでくれた子たちだ。

 学びたい、強くなりたいという欲望が伝わってくる。

 

「今から、君たちの中の魔力を目覚めさせる」


 そう言って俺は訓練用の剣を抜き、切っ先を生徒たちへと向けた。

 彼らは驚きのあまり固まってしまっている。。

 まさかこの場でこんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。

 涼しい顔をしているのは、すでに魔力に目覚めているエヴァだけだ。


「〝魔力領域〟」


 俺は自身の魔力を、ドーム状にするイメージで周囲へと広げる。

〝魔力領域〟は、魔纏によって体の周囲で留めておくはずだった魔力を、留めず放出した結果生じる空間のこと。

 この中にいる者は俺に存在を感知され、魔力によって身を守る術を持たなければ、強い息苦しさを覚えることになる。


「かっ……」


〝魔力領域〟に飲み込まれた生徒は、苦しそうにうずくまったり、喉を押さえて粗い呼吸を繰り返す者など様々な姿を見せている。

 しかし、まだこれは本番ではない。


「今君たちを飲み込んでいる魔力は、ただ単に俺が伸ばした手に触れてるだけの状態。ここに、殺意を込める」


 一度目を閉じ、意識を切り替える。

 そして本気で彼らの首を刎ねるという気持ちで、訓練用の剣を振りかぶった。


「ひっ――――」


 魔力というのは、心、精神のエネルギー。

〝魔力領域〟内にいる身を守る術を持たない者たちには、領域を広げた人間の感情がダイレクトに伝わってしまう。

 つまり彼らは、今から自分は殺される、そう認識してしまった。 


「い、嫌……!」


 最初に異変が起きたのは、レイナだった。

 彼女は恐怖に染まった表情を浮かべながら、一歩後ずさる。


「――――死にたくない」


 しかしそうつぶやいた次の瞬間、彼女の体から赤色の魔力が一気に噴き出した。

 

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