第5話 合格
リゲルの剣を、弾き、受け止め、時にいなす。
最初はおっかなびっくりだったが、ぼちぼち慣れてきた。
いくら実戦から長いこと離れたとしても、しみこませた感覚というのは中々衰えないらしい。
「くっ……! このォ!」
「……」
踏み込むと同時に、リゲルが突きを放ってくる。
俺はそれを剣で絡めとり、真上に巻き上げた。
「なっ――――」
リゲルの手を離れ、宙を舞う剣。
そしてそれは、俺たちから少し離れた位置に綺麗に突き刺さった。
「勝負あり、かな」
「っ! ふざけるな! 今のは手が滑っただけだ!」
「ええ……?」
リゲルは小走りで剣の元に向かい、地面から引っこ抜く。
彼は本気の殺し合いの時も同じセリフを吐くのだろうか?
まあ、吐いた頃には殺されているだろうけど。
「仕切り直しだ……! 今から貴様に素晴らしい物を見せてやる!」
「……?」
刃を翻し、リゲルはそれを地面に突き立てる。
そして剣の柄を握りしめ、何かを念じ始めた。
「術式解放……! 〝
彼がそう叫ぶと同時に、周囲に炎が上がる。
そしてその炎は大きく揺らめきながら、三匹の獣を形作った。
「魔術か……」
魔術とは、内包する魔力にて異能をもたらす高等技術。
様々な超常現象を具現化し、戦いを優位にする。
魔術のタイプは大きく分けて二つ。
四大属性、火、水、土、風の基本魔術の他、肉体治療術など、適正さえあれば誰でも使える魔術と、自分で開発したり、偶然の覚醒によって目覚める
固有魔術の方は一人一人違う異能を操るため、戦況が読みにくくなる。
Bランク冒険者以上の実力者から魔術を持っている割合が急激に増加し、Aランクともなるとほぼ全員魔術師と言っていい。
(基本属性である炎と、獣の使役の組み合わせ……問題なのは、召喚できる獣は三匹が限界か否か)
三匹の獣は、それぞれ犬、猿、雉の姿をしている。
中でも雉は空から攻撃できる点において、かなり厄介そうだ。
そして問題は、今見えている獣以外にも形作れる存在がいるのかどうか。
迂闊に飛び込んで伏兵が出てきたら、間違いなく痛い目を見る。
「ふはははは! 恐ろしくて声も出ないか! 私の魔術は三匹の炎獣を使役する能力……! 焼き殺されるか、噛み殺されるか! 好きな方を選べ!」
(思いっきり三匹って言っちゃってるけど……ブラフじゃないよな?)
このハイテンションが、どうしても嘘であるようには思えない。
魔術師は奥の手を持っているものだし、依然油断できないことには変わりない。
しかし獣が三体しか使役できないというのは、語るべきではなかった情報だ。
「行けぇ! 我が炎獣たち!」
三体の獣が迫ってくる。
犬と猿は地面を、雉は上空を。
(……まさかとは思ったけど)
俺はリゲルから視線をそらさないまま、思わず苦笑いを浮かべた。
最も恐ろしいことは、この三匹の獣に襲われながらリゲルの相手をしなければならないという手数の差を発揮されてしまうこと。
しかし、彼は地面に刺した剣を握ったまま、動かない。
おそらく剣を握っている間しか、炎獣を使役することはできないのだろう。
ブラフでもなんでも、この状況で襲い掛かってこない理由がないのだから。
(雉は上空から隙を狙ってる。それなら逆に先手を取れば……)
俺は前へ飛び出し、それと同時に犬と猿を斬り裂いた。
「無駄だ! 炎獣は何度でも蘇る!」
切断された二体の炎獣は、断面の炎が互いに引き合うようにして元に戻った。
ただ、すでにそれに意味はない。
「再生するのは悪くないけど、再生自体が遅すぎる。これじゃ簡単に距離を詰められるよ」
「なっ……」
三体の炎獣の速度よりも、俺の方が早い。
するとどうなるか。
一瞬でも機動力を失った犬と猿は俺の後ろに、上空から隙を狙っていた雉は、出遅れたせいで降りてこれていない。
そうなると残るのは、状況が理解できず剣を地面に突き立てたまま硬直するリゲルと、その首をいつでも刎ねられる位置にいる俺――――。
「くっ……クソォォォオオ!」
魔術を解除したリゲルが、地面から剣を引き抜いて振りかぶる。
俺はそれを下から斬り上げるようにしてへし折り、刃を彼の首に添えた。
「今度こそ勝負ありだ」
「そ……そんな……」
リゲルは驚愕の表情を浮かべたまま、地面に膝をつく。
俺は深く息を吐き、剣を鞘へと戻した。
「お見事です、ローグ様」
「あ……どうも」
いつの間にか降りてきていたリナリアさんとエヴァが、俺たちの方に歩み寄ってきた。
「決闘の結果、ローグ様の勝利となりました。リゲル、後は分かりますね?」
「ひっ……!」
「今すぐ学園を去りなさい。あなたは教育者として相応しくありません」
リナリアさんの冷たい視線に射抜かれたリゲルは、パニック状態で闘技場を飛び出していった。
「ローグ師匠、リゲルとの決闘はどうだった?」
「え? ああ……うーん、実際悪くない魔術だったよ。剣術だって様になってたし、〝魔纏〟のレベルも低くはない。ただ、如何せんあの態度と油断は戦闘で使い物にならないだろうね。自分を過信しすぎて、魔術の鍛錬が疎かになっているように思えたよ。炎獣の扱いの精度がもっと上がって、自分も動けるような仕組みを作れば、こんな結果にはならなかったんじゃないかな」
炎獣たちの再生能力、そして炎という触れればダメージ必至な属性は、かなり相性がいい。
たとえば炎獣の再生時間を自分自身で稼げるようになれば、戦況を常に有利な状態にしておける。
後は大技の一つでもあれば、かなり化けそうだ。
「ふふっ、さすがローグ師匠。指導者としての目も健在だね」
「……あ」
無意識のうちに、リゲルの短所と改善方法について考えてしまっていた。
分析して分かった気になるのは、俺の悪いところ。
ただ……うん、すごく勿体ないと感じてしまうんだよなぁ、どうしても。
「改めてローグ様、どうかその指導力を我々にお貸しいただけませんか? あなたの指導を必要としている生徒たちがいるのです」
「……俺、役に立てますかね」
「必ず」
「……」
ここまで強い言葉で、さらに頭まで下げられて、断れる男がいるだろうか。
少なくとも俺は、ここで彼女を突っぱねられるだけの気の強さは持ち合わせていなかった。
「こんな俺で役に立てるなら……ぜひ、協力させてください」
俺はリナリアさんと握手をかわす。
結局俺は、ずっと人から必要とされることに飢えていたのか。
騎士団時代の俺とは違い、今の俺には何もない。
そんなカラカラになりかけていた俺の心に、少しばかり潤いが戻ったような気がした。
「では早速明日から出勤していただこうと思います」
「あ、本当に明日からなんですね」
「ええ、ちょうど明日は休み明けなので」
なるほど、だから今日は学生をほとんど見ないのか――――じゃなくて。
「い、色々準備とか、今日の寝床とか……用意しないといけないことが結構あるんですけど……」
「その辺りはボクが用意するから、安心してよ。師匠はなんの気兼ねもなく教師に専念してほしい」
「あ、どうも……」
物理的なことだけじゃなく、心の準備もしたかったのだが。
(……まあ、いいか)
どうせ日を開けたところで、俺のような人間はあーでもないこーでもないと答えのないことについて考えるだけだ。
そんな勿体ない過ごし方をするくらいなら、すぐにでも忙しくしてもらった方がいい。
「ローグ様、明日からよろしくお願いしますね」
「……はい、こちらこそ」
いい意味で色々と諦めた俺は、リナリアさんの言葉を素直に受け入れた。
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