第4話 〝魔纏〟
「――――やってしまった」
俺は学園にある屋内闘技場の控室で、頭を抱えていた。
これから待ち受けているのは、リゲル=セルヴェクトとの決闘。
それ自体は、もう仕方がない。
結局やらなければならない運命だったのだと割り切った。
問題は、あの時の俺の態度。
柄にもなく強気に出てしまい、今になって恥ずかしさと自己嫌悪に襲われている。
「何をやってしまったんだい? ボクは師匠に庇ってもらえて嬉しかったよ」
俺の座っているベンチの隣に、エヴァが腰かける。
その顔はずいぶんとニコニコだ。
嬉しいという感情が、パッと見ただけで伝わってくる。
「いや……さすがに大の大人があそこまで感情を爆発させるのは恥ずかしいというか……」
「抱く感情に、大人も子供もないさ。理屈がどうあれ、結局は自分の感情に従うのが一番だとボクは思うよ」
「……自分の感情」
俺はリゲルに怒りを覚えている。
それは今も変わらない。
いくら自分に対して恥ずかしさや嫌悪を覚えても、彼に対する感情はまた別ということだ。
「自分を責めるにしても……まずはやることやってからか」
俺は立ち上がり、支給してもらった剣を手に取る。
貸し出し用ということで、特別な要素のない至って普通の剣。
当てれば斬れるし、突けば刺さる。
模擬戦であれば刃を潰した訓練用の剣を使うらしいが、今回は決闘ということで、殺傷能力をわざわざ取り除くことはしない。
「実戦は何年ぶり?」
「そうだなぁ……四年とか? 君たちを育てる段階で、模擬戦をした以来かな」
「ふーん、じゃあ大したブランクじゃないね」
「え、そう……?」
かなりのブランクだと思うんだけど。
「師匠にはきっと関係ないさ。危なげなく勝つって信じてるよ」
そう言って、エヴァが俺の手を握る。
世界を救った英雄にここまで言われたら、いくら俺でも少しは自信が湧く。
(……やるだけやってみるしかないよな)
向こうは冒険者学園で教師ができるほどの実力者。
きっと一筋縄ではないかないはず。
しかし教え子が見ている中で、かっこ悪い真似だけはできない。
それだけを胸に刻み、俺は控室を出た。
「……逃げなかったか。そこは褒めてやる」
「そりゃどーも……」
闘技場の中心には、リゲルが立っていた。
彼は剣を一本腰に提げ、余裕の佇まいを見せている。
(武器は剣……それ以外はまだ分からないけれど、雰囲気だけで言えばAランク相当か?)
冒険者の中で、Aランクというのは相当上位の存在だ。
最低ランクはE。
そこからD、C、Bと上がっていき、Aランク、そして最上位としてSランクがある。
ちなみにエヴァのことをSSランクと言ったが、これは本当に特別な存在しかなれない超例外的なランクだ。
故に冒険者の正式なランクは、EからA、そしてSと覚えればいい。
俺のは肌感では、リゲルの実力はAランク。
冒険者の中では、上澄みと言われるランク帯だ。
「二人とも準備はよろしいですね? では、今から投げるコインが地面に落ちた瞬間、決闘開始とさせていただきます」
観客席にいたリナリアさんが、俺たちに見えるようにコインを掲げている。
その隣には、エヴァの姿も。
「死んでも恨むなよ。穢れた血をいくら始末しようが、私の良心は痛まんぞ」
「……殺す気満々かい」
苦笑いを浮かべる俺をよそに、リナリアさんの手からコインが離れた。
ゆっくりと地面に落ちていくコイン。
それは観客席の真下にあった石畳の上に落ちて、キーンという甲高い音を立てた。
「血祭だ……!」
剣を抜き、勢いよくとびかかってくるリゲル。
俺はその一撃を、正面から受け止めた。
「むっ……さすがに〝
「……」
俺を押す反動で、リゲルが距離を取る。
〝魔纏〟とは、自身の底に眠る精神エネルギーである魔力を、体に纏わせ強化する技術。
高ランク帯の冒険者や、騎士団の幹部クラス、そういった実力の高い者たちは、ほぼ例外なく〝魔纏〟ができる。
一応騎士団幹部だった俺も、この技術はしっかりと会得していた。
「ふんっ……ならば、少しばかりギアを上げるとしよう」
リゲルの〝魔纏〟が、厚みを増す。
(落ち着け……ゆっくり、ゆっくり)
剣を構えた俺は、長く息を吐いた。
久しぶりの実戦で高揚する精神を、少しでも落ち着けるために。
(ペース配分を間違えたら、怠けていた体が悲鳴を上げる……まずは慣らせ、俺)
リゲルの底は、先ほどの一撃で概ね分かった。
俺は体に纏わせていた魔力を、ゆっくりと剣の先端にまで広げた。
◇◆◇
「……素晴らしい技術ですね」
ローグとリゲルの決闘が始まってすぐ、リナリアがそんな風に呟いた。
もちろんその視線は、ローグに対して向けられている。
「あそこまで綺麗な〝魔纏〟、中々お目にかかれません」
「でしょ? ローグ師匠は本当にすごいんだよ」
〝魔纏〟は、戦闘中に常時行っている都合上、どうしてもムラが発生する。
原因は癖だったり、苦手意識だったり。
特に攻撃の際は、意識するあまり繰り出した拳や脚に魔力が集中してしまうことが多々ある。
その結果、敵が攻撃を読もうとした際の決定的な要因となってしまうのだ。
しかし、ローグに限りそれはない。
驚くべきことに、ローグの〝魔纏〟は全身が均一だ。
拳も足も、等しく同じ量の魔力が纏わせてある。
それはここにいるエヴァにも、他の勇者にもできない芸当だ。
指導者というのは、表舞台だと中々注目されにくい。
しかも騎士団は基本的に集団行動を原則としているため、個人の実績も外からでは分からない。
あの伝説の勇者たちを育てた功労者だというのに、彼の真の実績を知る者は、ほとんどいないのだ。
師をどこまでも愛するエヴァは、それがそれが本当に許せなかった。
自分の師は、もっと称賛されるべきなのに――――と。
「ローグ様は、本当に四年間も実戦に身を投じていなかったのですか?」
「本人が言ってたし、間違いないと思うよ」
「……信じられませんね」
ここにいる誰もが、その事実を信じられない。
特にエヴァは、ローグの指導の元、これまでずっと鍛錬を行ってきた。
その結果、現状エヴァは自分が無敵であると豪語できる。
しかし――――久しぶりに己の師と顔を合わせて、その感覚は少しばかり揺らいでいた。
戦闘モードに入ったローグを見て、その感覚はさらに加速してしまっている。
(少しショックだな……ここまで成長しても、まだ師匠の体勢を崩す手段が見えない)
脳内で師との戦闘を何度もシミュレーションする。
正面から崩せないのであれば、小細工すらも考えた。
それでもエヴァの感覚では、一向に崩し切るパターンにたどり着けない。
結局エヴァは、ローグの底を知らない。
底が見えなければ、シミュレーションなんてできるはずがないのだ。
(どれだけ自分を追い詰めれば、あの境地に行けるんだろう)
自分の中に、そんな疑問が芽を出す。
「っ……」
エヴァの体はこわばり、冷や汗を流していた。
自分が戦っているわけではないのだが、ローグが放つ威圧感がそうさせているのだ。
「……この威圧感に気づけないのは、ある意味幸せなのかもしれないね」
エヴァはリゲルを一瞥し、苦笑いを浮かべた。
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