第3話 教師になる決意
「おお……! 懐かしいな」
王都についた俺は、そこに広がる街並みに懐かしさを覚えていた。
街の構造などに大きな変化はない。
しかし店の入れ替わりなどは起きており、そういうところが少し寂しい。
「早速だけど、学園の方へ行こう。学園長から説明があるから」
「分かったよ」
エヴァの案内の元、俺は王都の街を歩く。
ここ、エルゼガル王国は、世界全体で三本指に入る領土を持つ国だ。
軍事力も高く、特に俺のいたエルゼガル王国騎士団はかなりの戦力を持ち、他国を寄せ付けない圧倒的な守りを見せつけている。
極めつけに、魔王を倒した三人の勇者の存在。
冒険者としてのランクの最上位、SSランクに位置する三人は、世界中を見渡してもほとんど存在しない貴重な戦力。
故にここにいるエヴァにも、かなりの権力が与えられているはずだ。
よその国に引き抜かれでもしたら、それだけで大損害なのだから。
「……? どうしたんだい、師匠。そんなにボクの背中を見つめて」
「あ、いや……なんでもないよ。悪いね、ジロジロ見て」
「師匠に見られるならいくらでも。むしろもっとじっくり見てほしい」
「そういうのはいいから」
俺がそう言うと、エヴァは残念そうに肩を竦める。
それにしても、背中を少し見ていただけなのに、一瞬で気づかれてしまったな。
気配を察知する力も相当磨かれているようだ。
「そういえば、師匠は冒険者学園には来たことあるの?」
「ああ、騎士団時代に何度かね」
冒険者を目指す人間の中には、ある程度荒くれ者も存在する。
そういう連中が暴走した際に、騎士団として取り押さえに行った経験があった。
冒険者は、己の知識や腕っぷしでどこまでも成り上がっていける職業。
学園では、そんな冒険者としての在り方や、生き残っていく術を教えると聞く。
そんな世界で、果たして俺は何を教えられるのだろうか?
正直、役立てる自信はまったくない。
しばらく歩いてたどり着いたのは、見覚えのある高い壁に囲まれた巨大建造物だった。
ここがエルゼガル冒険者学園。
何人もの優秀な冒険者を輩出した、名門校である。
「さあ、まずは学園長に挨拶しよう。ローグ師匠にはすぐ教師として働いてもらうことになるから、説明も早い方がいい」
「すぐって、いつくらいから?」
「明日から」
「早すぎるんじゃないかな⁉」
こちとら、王都へ向かうための馬車に丸一日揺られた疲れが残っているというのに。
しかし村と王都を往復したエヴァは二日間馬車の中にいたことになるのだから、俺が泣き言をいうわけにもいかないわけで。
それでもピンピンしている彼女は、さすがと言わざるを得ない。
騎士団時代、遠征の際は毎日馬車移動をしていたもんだが――――歳は取りたくないね、本当に。
「まあ実際その辺りの判断をするのはボクじゃないからね。すべては学園長が決めることさ」
「……学園長、ね」
ここの学園長とは、一度だけ顔を合わせたことがあるはずだ。
とはいえ大した話もしていないが……暴れた生徒を連行する際、短い報告をしただけである。
ただ、一つだけ覚えていることがある。
〝あの人〟は、とにかく底が知れない。
俺はエヴァに連れられるまま、学園の中を歩く。
建物までの道も長かったが、いざ入ってみると、中も果てしなく広い。
エヴァがいなければ、俺なんてあっという間に迷子だ。
「着いたよ、師匠」
「あ、ああ……」
しばらく歩いて、俺たちは学園長室の前までたどり着いた。
一応依頼を受けた側だが、こうして挨拶するとなると、なんとなく緊張してしまう。
「じゃあ入ろうか」
そう言って、エヴァは扉をノックする。
すると、中から「どうぞ」という短い返事が聞こえてきた。
許可が出たため、エヴァは扉を開けて中に入る。
「学園長、ローグ師匠を連れてきたよ」
「あらま、本当に連れてきてくれたのね」
学園長室にいたのは、長い紫髪を持つ妖艶な女性だった。
彼女は俺を見て、目を細める。
「……お久しぶりですね、ローグ様。確かうちの生徒がご迷惑をかけた際に一度ご挨拶させていただいたと思うのですが、覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんです。リナリア=フルシエル学園長」
「ふふっ、覚えていてくださって嬉しいわ」
リナリアさんは、ゆったりとほほ笑んでいる。
エルゼガル冒険者学園、その学園長こそ、今目の前にいるリナリア=フルシエル。
この人のことは、一度会ったらもう忘れない。
彼女にはそれだけの美貌、実力、そして怪しさがある。
(年齢……同じくらいのはずだよな)
もう十年以上前には学園長だったはずだが、リナリアさんの風貌は一切変わっていないように見える。
こちとら皴もそれなりに増えてきた気がするというのに、この差はなんだろうか。
三十九歳、中々ままならない歳である。
「はるばる学園まで足を運んでいただき、大変感謝しています。……早速本題に入らせていただくのですが、ある程度エヴァから話の方は聞いておられますか?」
「ええ。冒険者育成のため、教師をしてほしいと……」
「その通りです。エヴァを含め、あの災厄の魔王を倒した勇者を育成した、あなたの師としての腕をお借りしたいのです」
「……」
改めて求められると、恥ずかしいやら、申し訳ないやら。
結局エヴァを含めた勇者たちは、才能に溢れていた。
きっと俺がいなくても、彼らは勝手に勇者になっていたことだろう。
もちろん求められて悪い気はしないが、やはり不安が強い。
騎士団長になってから団員に剣の手解きをすることもあったが、皆元々強かった者ばかりだ。
俺の指導が効いていたのかどうか、正直定かではない。
「? どうされました?」
「その……本当に俺を頼っていいんですか? 指導力に関して、あまり自信がありません」
「……聞いていた通り、どこまでも謙虚な方のようですね。傲慢な方よりよっぽど好感が持てますわ」
微笑みを浮かべたリナリアさんは、そのまま言葉を続ける。
「とはいえ、お互いしっかり実力を見極めなければならないのは事実。そこで大変心苦しいのですが、ローグ様にはとある方と模擬戦をしていただきたく思います」
「模擬戦?」
「ええ、教師として必要最低限の資格……つまりは実力を有しているのか、それを見極めさせてください」
模擬戦……もしそこで半端な実力を見せれば、この話はなかったことになるのだろうか。
だとしたら、俺は――――。
「そろそろ対戦相手の方が来るころだと思うのですが……」
リナリアさんがそう言うと、外の廊下から激しい足音が聞こえてきた。
そして一人の男性が、ノックもせずに学園長室に飛び込んでくる。
「ノックくらいしたらどうです? リゲル=セルヴェクトさん」
「そんなことはどうでもいい! 学園長! 私が強制退職とはどういう要件ですか⁉」
リゲルと呼ばれた男性は、くすんだ金髪を掻きまわしながらそう叫んだ。
「どうもこうも。あなたに教師としての資格はないと判断させていただいたまでです」
「なんだと⁉」
どうやらこの男は学園の教師であり、現在クビを宣告されているらしい。
パッと見た限りでは、決して弱い気配もしないが……。
「この人、血統主義者なんだよ。自分が貴族出身だから、位の高い家の生徒ばかり優遇するんだ。だからそれ以外の子は、かなり不遇な扱いを受けているみたい」
「ああ……なるほど」
エヴァに小声で教えてもらい、俺は納得する。
実力はあっても、素行が悪ければ駄目ということらしい。
まあ当たり前か。
「血筋を優遇する! それの何が悪いのです! 高貴なる血を持つ我々は、平凡な雑種の血を持つ連中よりも才能に溢れている! 才能無き者を間引き、将来性の高い者たちに指導を集中させる……! そんな私のやり方こそ! この国の発展、防衛に大きく貢献できるはずだ!」
「……本気で言っているのであれば、あなたはどこまでも救えませんね。しかし、実力が伴っていることも事実。そこで一つ、あなたにチャンスを与えます」
「チャンス……?」
「そこにいる彼に決闘で勝利すれば、今回の退職宣告はなかったことにしましょう」
あれ、さっき模擬戦って言ってなかったか?
今決闘って言ったよな、絶対。
「……そこの君、出身は?」
「え⁉ ……ヘレン村だけど」
「くっ……ククク……! 平民どころか、辺境の田舎生まれとは」
俺が出身地を口にすると、リゲルは小馬鹿にしたような笑いをこぼす。
初対面で人の生まれを馬鹿にしてくる辺り、相当性格が悪いな、この人。
「いいでしょう、この男を下せばいいのであれば、容易いことです」
「容易いこと……? この人を甘く見ない方がいいよ、リゲル」
「リゲル先生と呼べ、エヴァ=レクシオン。その育ちの悪い言葉遣いは、一体何度言ったらなおるんだ? 世界を救った英雄だろうがなんだろうが、品のない者に価値はないぞ」
――――価値はない?
エヴァに対するリゲルの言葉に、俺は引っ掛かりを覚えた。
勝手に動き出す体に任せ、俺はエヴァと彼の間に割り込む。
「……なんだ、辺境育ち。文句でもあるのか?」
「エヴァは仮にも俺の教え子だ。この子を馬鹿にする輩を、俺が許すわけにはいかない」
「教え子だと? まだ教師でもないはずの貴様が何を言ってるんだ」
「じゃあ……なってやる」
「何?」
教師でなければ教え子を守れないのであれば、選択肢は一つ。
「あんたを倒して、俺はこの学園の教師になる」
ここでエヴァのために動けないようなら、俺の人生は本当に無意味になってしまう。
他のことはもう知らん。
俺は俺のために、この男を倒す。
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