Chapter_2 星の旅行譚の始まり

 外銀河怪獣を放り投げたその翌日。 

 Dスターはスペースデブリが散り、元々荒廃していた環境だったものが最早、星とは言えない宇宙空間に浮いているガラクタの浮遊群帯となっていた。 幸い居住ブロックのエリアは被害を免れたので、二人はとりあえず居住ブロックエリアや掘り起こしたアイガイオンを掃除しながら会話している。

「もっと早く駆けつけていれば……」

「……大丈夫ですよ」

「え?」

「命が助かった、それでいいです。 あのままじゃ私達二人とも潰されていたかもしれません。 生きてさえいれば、なんとかなります」

「そう、ですね……」

 エアの底抜けに明るく前向きな発言。 無計画とも取れるが、イルトにはとても励まされるものであった。 

 イルトは頷き、胸に手を当てる。 脈打つ鼓動が生きられて良かったと叫んでいるのがわかる。

 今はそれを噛み締めた。 





 アイガイオンの一応の整備も終わりエリアの掃除が一段落して、やや時間的に遅い朝食を取る二人。 

 食事といっても、イルトはアンドロイドなので最低限のエネルギー補給さえあれば動ける。 しかしエアと一緒に宇宙船の残骸に入っていた非常食を調理したものをわざわざ共に食べていた。 

 イルトにとって誰かと一緒に食べる料理は、未知の美味しさを感じさせるものだった。

 エアはよくわからない魚の切り身の骨を丁寧に取りながらイルトに話しかける。 

「イルトさん、考えたのですがやはりDスターを旅立ちませんか?」

 それはエアの提案。

「アイガイオンの力が有れば、宇宙を旅行できると思うんです。 また星の核として動いてもらうのも選択肢として勿論有りますが……

 備蓄している食料や資材をアイガイオンに積めば、長期の渡航は可能かと思います。 何より……」

 エアは真剣な眼差しでイルトを見つめ凛と言う。

「私は自分が何者なのか知りたいです。 何故Dスターに漂流したのか、何処から来たのか、この宇宙のどこかにその答えがあると思うんです。 

 でも、それは一人ではきっと探せません。 イルトさんと一緒に探しに行きたいんです!! お願いします!!」

 エアの気持ちはわかる、この星に住むのは限界だ。 

 しかしイルトはその場で直ぐに答えを出せず、温度の変わらない水を飲み干し朝食を終え、黙って外へ出た。 





 イルトは迷っていた。

 気持ちが二つに揺れていた。



 良い機会だ。 

 自分だってこの心臓と脳味噌の謎がわからない、自分が何故Dスターに居て、何者なのかわからない。 自分の生きている意味を知りたい。 

 あの日エアに出会い見惚れて。 エアと共に過ごす、誰かと一緒に生きるはじめての良さに触れて。 エアと共になら行けるかも知れない。 エアを好きになったこの想いを貫きたい。

 心臓が衝動を煽る。




 本当にそうか?

 いざ行くとなると危険や不安が付き纏う。 またあんな外銀河怪獣に襲われる死の恐怖がある。 Dスターを再建して真実からやって来るのを待った方が安全じゃないか?

 脳が思案を促す。



 悩み、考え。 

 やがてイルトは選択をした。


 星が瞬き始める夜。 イルトはアイガイオンを繋留していたエリアへ来た。 そこには既に荷物をまとめたエアがいた。 その顔つきは信じていたといった表情であった。 

「正直、怖くない訳じゃない……このままDスターに居た方がいいんじゃないかって何回も考えが巡った。 

 でも、やっぱり僕は君と行く。 この機会を逃したら、きっと後悔する。 

 知りたいんだ、生きている意味を!!」

 イルトは吠える。 エアはその言葉に笑顔で頷いた。 





 搭乗室へ入る二人。 

 あれからアイガイオンは長旅に向けて小改造を施した。 搭乗室はエアが安定する様に複座を付けたりした影響で小部屋のようだった搭乗室は運転の役目に特化していた。 


 操縦する際は全周囲モニターと操縦用の体感連動グローブが起動する。 コンソールパネルを操作して運転モードへ移行。 体感連動グローブを装着し、出発の最終準備をする、

「積み忘れ物、ラスト確認。 大丈夫?」

「イルトさんが迷ってる間に積みましたから大丈夫ですよ!!」

 悪戯っぽく舌を出して答えるエア。

「へへへ……ありがとうございます! っしゃあ行きますぜ!」

 恥じつつも息荒く返すイルト。


 その声に応じ、パネルに起動用メッセージが表示される。 前回は取り急ぎだったが、今回は表示されているマシンのその名を一言ずつはっきり読む。 

「フィロソフィアス、アイガイオン!!」

 高らかに声を上げる。 

 とりあえず目指すは情報が集まる近くの宇宙サービスエリアだ。 

 アイガイオンが起動音と共に三原色の血脈型発光のラインを輝かせて宇宙空間にフワリと浮く。 

 宇宙空間をたゆたう白い素体に三原色の血脈を持つ巨大なロボットの姿は、そのシーンを切り取れば芸術の様な形であった。 


 瞬間、感知センサーが迫るものを捉えた。 


「この反応は……外銀河怪獣です!! それも三体!!」

「何!!?」

 前回放り投げたシュモクザメ風の外銀河怪獣が仲間を呼んだらしく、巨大な影が数体迫っていた。 

「どうしますか!?」

「蹴散らして行く! こんな有様になったゴミ星でも大切な場所なんだ、これ以上荒らされたくないしそれにもう避けて通れる戦闘距離じゃない……!!」

 イルトは叫び、エアは答える。 二人は覚悟を決めて外銀河怪獣に挑む。 





「ギャシャァァァァァァァァァ!!」

 先に仕掛けたのは外銀河怪獣、前回仕掛けてきた種類と同じ種族だ。 あの時は見た目を確認する余裕はなかったが、今見ると二足歩行のドラゴンの様な姿に、全身からヒレが生え、鋭利な爪とギラギラと血走る眼をしている。 

 宇宙空間に存在しないはずの風を起こしやってくるその姿は正に怪物であった。 

 距離が迫る。 眼と爪がアイガイオンに襲い掛かる。 

「行きますぜ! エアさん!」

「はい!」

 アイガイオンは宇宙空間の風を切って襲撃に来た三匹のうち先頭の一匹に向けてドロップキックを放つ。 まともに当たる外銀河怪獣。 

 そのまま格闘するアイガイオンに向けて二匹の外銀河怪獣が光線を発射するが、即座にその場で体制を戻し上へ飛ぶ。 人魚の様に上空で旋回し、外銀河怪獣へ突撃するアイガイオン。 

 今度は受け止められる。 アイガイオンと外銀河怪獣の腕力が拮抗する。 

「うおりゃあっ!」

 ロックアップの状態からパッと手を離しそのまま丸太の様な外銀河怪獣の首を締める。 みるみると締め上げられていく首、暴れる体。 助けようともう一体の外銀河怪獣が迫る。 

「うらあっ!」

 その方へ締め上げていた外銀河怪獣を放り投げる。 


 アイガイオンは、イルトとエアは良く戦えていた。 

 何故こうも上手く操縦できるるのか? 何故イルトだけでは駄目でエアが来た途端こうも軽快に起動するのか? それは今は解らない。 兎にも角にも今は、連動体感グローブと全周囲モニターから伝わる感覚に対し本能で対処するのみであった。 

 脳と鼓動が伝える最善に、最大限ついていくのみであった。 


 囲まれそうになれば一匹に集中して打撃を浴びせ放り投げ逃げる。 なんとか闘えていたがしかしやはり三対一、統率の取れた外銀河怪獣とついこの前乗り始めた素人パイロットでは限界が来る。 

 破壊光線と体毛針による遠距離の面の攻撃力でアイガイオンをその場に固定し、じわじわと追い詰めていく。 アイガイオンの装甲は大した損傷はしていないが、中にいるイルトとエアの振動は甚大だ。 

「ぐあああああああっ!」

「きゃああああああっ!」

「くそっ、このままじゃヤバい! 何か……何か無いか!?」

 イルトとエアは焦りそこら辺のパネルやシステムに目を配る。 然し未だ解析のできていないフィロソフィアス・マシーン。 逆転の目処は立たない。 アンドロイドなので汗は出ないが、植えられてある髪が乱れる。 

「なんとか……なれえええええっ!」

 エアが半ば自棄っぱちで適当にパネルを叩いた瞬間。 前回、外銀河怪獣を圧倒したのと同じ光がアイガイオンから放たれる!

「ギュバァァァァァァァァッ!?」

 その光を嫌う外銀河怪獣。 体を揺らし、攻撃をやめて距離を取る。 

「!? しめたぁっ!」

 何だか解らないがとにかく良し。 アイガイオンのパワーが上がっている。 ふと手に目をやると、肉眼でわかるほどの高エネルギーがアイガイオンの手に集まっていた。 

 それは、星の核を担える程の超重力エネルギーの結晶であった。 

「なんとかしてみせろ、アイガイオン!

 いいいいけよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 掌を握り拳にして、力の塊を三匹の外銀河怪獣の方へ向け押し付ける様な形で放つ。 

 その力は外銀河怪獣がすでに放っていた破壊光線と体毛針にぶち当たった。 



 瞬間、宇宙に爆音が走った。 凄まじい炸裂と共に外銀河怪獣の放った攻撃が薄明るい波で押し返されていく。 

「ギュルルルルルラ!?」

 その勢いは凄まじく、力の波が外銀河怪獣三匹を飲み込む。 

「ギュガラルラァァッ!」

 悲鳴ととれる鳴き声を上げて吹き飛ばされていった。 辺りには、戦闘の影響で粉々になったDスターの残骸だけが残った。 





「ハァ……ハァ……やったのか?」

「センサーで感知できる距離にはもういません。 やったみたいですね、イルト!」

「ああ…… 今、イルトって……」

「えっあ、すいません! 私つい……」

「いや……今度からイルトで良いよ。 もっと崩して話してくれていい。 

 さっきは本当にありがとう。 

 これから、とよろしく!」

「……!! はい、!」


「ようし……!! とりあえず目指すは近場の宇宙サービスエリア、そこで情報収集だ!」

「はい!」

 こうして、アイガイオンに乗った二人は塵の星を旅立っていく。 




 自分を超克する、星の旅行の伝記の始まりである。 

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