第一章 物騒なプロポーズは突然に②

 被呪者とは、【死神】に呪われた者の呼び名であり、ナギア王国においてはけんあわれみの対象である。

「あの子のお父さんは被呪者だから、遊んじゃよ」

「被呪者なんてやとえないよ。店まで呪われちまう」

「【死神】に選ばれたってことは、何か後ろ暗いことをしているんだ。被呪者になるにも理由があるにちがいない」

 呪いは決してうつらない。呪いは個人が背負わされるものだから。

 呪われることに理由なんてない。【死神】は無差別に呪いを振りまいているのだと、教会の統計でも答えが出ている。

 けれど、人々は理解ができないものとのかかわりをけたがる。人の不幸に勝手に理由を付けて、自分たちは呪いとは無関係だと安全けんからさげすみ笑う。

 このナギア王国には、安全な場所など有りはしないというのに。

 そのことを、フェルマータは呪われて初めて理解した。

 フェルマータは被呪者たちが仕事を失い、すみを追われ、人々からきらわれていることから目を背け、「守護聖女」という高見の職で「【死神】から国を守る」などと軽々しく口にしていたのだ。

(現実を思い知ったところで、今さら守りたい国なんてないけどね……)

 せきがんから逃げるために森へ飛び込んだフェルマータは、かさこそとしげみのかげを静かに進んでいた。人の手がほとんど入っていない野生の森を進むことは、つうのごれいじようであれば困難だろう。けれど、この三年間森暮らしをして来たフェルマータにとっては勝手知ったる庭と同じ。おそらく、あの隻眼の騎士をくことができたはずだと確信し、しゆくしゆくと次の計画を練っていた。

(そろそろ神殿にもどって結界を『触れたら致死レベル』に張り直すわよ。で、聖女らしく美しく神殿で死ぬ準備をしなくちゃ……)

 けれど、フェルマータの足ははたと止まった。いつもは静かな森にほのかに鉄のにおいがただよっているのだ。

 フェルマータがかんを覚えて辺りを見回していると──。

じよの遺体をミイラにしたら、けになるってほんとかよ?」

「あぁ。教会で聞いたんだ、間違いねぇ。【のろいの魔女】をものにして、【死神】除けとして売りさばこうぜ」

 茂みの向こうには、鉄の剣を携えた商人──武装商人たちの姿があった。

 武装商人は、自らりを行うとう商人。その対象は魔物や動物だけでなく、人間もふくまれると聞いたことがある。

(と、とんでもないことを聞いてしまった!)

 そんな魔女がいるならば、ぜひ干物としてけいたいさせてもらいたいものだと、フェルマータはきようしんしんで聞き耳を立てる。武装商人たちさえよければ、「協力するので、その干物分けてくれませんか?」と言いたいくらいだ。

 しかし、続けて聞いていると。

「【呪いの魔女】かぁ。確か、三年前に呪いをらって姿消したっていう守護聖女だろ? こんな森にいんのかよぉ」

「そう聞いたぜ。この辺を根城にしてたとうぞくが、えらくれいな若い女にぐるがされたって話だ。お礼参りに行ったそいつの親分もシメられて、命と引きえに、大量の食い物を要求されたらしい」

「おいおい。そんなばんな女がホントに守護聖女なのかよ?」

(あっ、それ私だ)

 そういえば、盗賊をとっちめたことがあったなぁと、なつかしいおくを思い出すと同時に、フェルマータの背筋に冷たいあせが伝う。

(【呪いの魔女】って、私のことか!)

 あの時は美味おいしいご飯にありつけたと喜び一色だったが、まさか居所を言い触らされる羽目になるとは。何のために森に引きこもっていたのか分からなくなってしまうではないか。

(って、ヤバくない? 私、狩られるの?)

 今日死ぬとは言え、痛いのはいやだ。

 フェルマータは早くげねばと回れ右をしようとしたが、どうようして警戒をおこたってしまったらしい。茂みでくるりとり返った先には、ひそかにしのび寄っていたらしい仲間の武装商人たちが待ち構えていたのだ。

「ひっ! か、囲まれてた……!」

「こんな森に女一人ってこたぁ、てめぇが魔女か?」

 五人の武装商人たちにあつ的にすごまれる。武器がギラギラと嫌な光を放ち、フェルマータはヒュッと息をむ──が、その口は反射的に武装商人の言葉を否定した。ドヤ顔で。キメ顔で。

「魔女じゃないわよ。守護聖女フェルマータ様よ!」

(ハッ! 何言ってんの私!)

 しょうもないプライドのせいでそく身バレ。そう。フェルマータはプライドが山のように高かったのだ。

 そして、我に返った時にはもうおそかった。

「フェルマータ……? 魔女の名前じゃねぇか! ぶち殺してミイラにするぞ!」

「ミイラなんて嫌ぁぁっ!」

 おおあわてで逃げ出すフェルマータだったが、足がもたついて上手うまく走れない。死に装束はいつちようにしようと、とびきり高級で動きにくい聖職衣を選んだ自分を責めたところで、今さらどうすることもできず。

 フェルマータはみなの期待通りに聖職衣のすそんづけて、顔から地面にダイブしてしまった。

「いったぁっ!」

(私の尊い顔面が……!)

 痛みをこらえて立ち上がろうとしたが、武装商人の一人に背後からみぎうでひねり上げられ、地面にしたまま身動きが取れない。手がしびれ、神聖術を使うこともままならない。

「痛い痛い痛い! 放してよ!」

「呪いをぶっ放されたら困るからな。暴れたら腕、へし折るぞ」

「呪いなんてぶっ放すか!」

 フェルマータの言葉をまともに聞いてくれる者などいなかった。

 私は魔女じゃない。私をミイラにしたって無駄だとさけんでも、だれ一人ひとりとして聞く耳を持ってはくれない。

(あの時といつしよだ)

 守護聖女の役から解かれ、こんやくされたあの時と──。

 武装商人がみをかべながら、フェルマータの聖職衣の背中に手をばす。悪漢のお決まりの台詞せりふ──「殺す前に楽しませてもらおうか」を口にして。

「いや……っ」

 絶望するのと同時に服がびりびりとかれ、背中があばかれた。

 白い背の中心に浮かび上がるあかいろの砂時計。それは、フェルマータが誰にも見られたくなかった刺青いれずみだった。

「見ないで……!」

「あ? しゆの悪い刺青があるぞ」

「【砂時計の刺青】だろ。【死神】にのろわれると浮き出てくるっつうやつだ」

 武装商人の一人が口にした【砂時計の刺青】──。

 それは、【死神】によるマーキング。砂が呪いの進行を示す絶望のあかし

(私の命の残量を知らせる生きた刺青──)

ひとつぶぽっちしか砂が残ってねぇな。魔女の呪いって、何なんだ?」

「たしか、死の呪いだ。こいつ、すぐにでも死ぬぜ!」

 武装商人に背中を指差されて笑われ、フェルマータはくやしさで目になみだにじませた。

 言われなくたって分かっていた。

 毎日背を鏡に映すたびに絶望し、目覚めたら消えていないかと強く願っていたのは、フェルマータなのだから。

「そうよ。私は今日死ぬのよ! 二十歳はたちの誕生日に死ぬ呪いなんだから!」

「今日!? マジかよ。死ぬ前にどうしてもイイ思いしてぇっつうなら、全員でたっぷり相手してやらなくもねぇな」

 ケラケラと腹をかかえて大笑いする暴漢たち。

 フェルマータは悔しさのあまり、めたくちびるから血が出ていることにさえ、気がつくことができない。

「誰がお前たちなんかと!」

「ははは! 俺たちだって、被呪者は願い下げだ。とっとときしちまおうぜ」

 振り上げられる鉄のけん。男たちの「じよりだ」という笑い声が頭の中でひびき、フェルマータの思考は停止した。

(私は魔女なんかじゃない。私は……、私は……)

 死ぬんだ。

 ひゅっと剣が振り下ろされた音がして、フェルマータは思わず目を閉じた。

 しかし、待てど暮らせど、剣はフェルマータの首には落ちて来ない。代わりに降って来たのは低くたんたんとした声と、すうてきせんけつだった。

「聖女。こんなところで死んでいいのか?」

 しん殿でんで出会ったせきがんがそこにいた。

 彼は左手で武装商人のはくじんを平然とにぎり込み、残る右手で剣の主の首をめ上げているではないか。

「ど……して?」

「貴様を追って来たからに決まっているだろう」

 隻眼の騎士はそう言い放つと同時に、武装商人のなきがらを地面に捨てた。

 フェルマータは何が起こっているのかまったく分からず、ただただ隻眼の騎士を見つめることしかできない。

 けれど、動くことができないのはフェルマータだけで、とつぜん仲間を殺された武装商人たちは当然だまっていなかった。「てめぇ、よくもやりやがったな!」、「ぶっ殺してやる!」といかり心頭の男たちは剣を振り上げ、いつせいに隻眼の騎士におそいかかったのだ。

「危ない……!」

 フェルマータの叫び声などまったく間に合わず、グサリという鉄が肉をつらぬく音がした。

 隻眼の騎士はすべてのきようじんを胸や腹に受け、その身を深々と貫きえぐられていたのである。

(うそ……! ひどい……!)

 なんというむごい殺し方だと、フェルマータは隻眼の騎士をまともに直視することができなかった。

 けれど、隻眼の騎士は苦痛に顔をゆがめるものの、たおれるどころか痛みをうつたえることすらなかった。むしろ失望した目で武装商人たちを見つめながら、自らの長剣を抜き放つ。

「死にぞこなうのは何度目か。……貴様らには礼として、このおおかみきばをくれてやる」

 長剣を引き抜いた彼の右手のこうには、フェルマータがよく知る刺青──【砂時計の刺青】が刻まれていた。

 ひとつ異なるのは、刺青の砂の量。彼の砂時計の砂は、一粒たりとも下にはなく──。

 フェルマータは、気がついた一つの事実にハッと息を呑む。

 この眼帯の騎士は、不老不死の被呪者──【不死の狼騎士】ヴォルフ・ブレンネルであると。

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