第一章 物騒なプロポーズは突然に①

 しん殿でんようする聖なる森の入り口に、二人のがいた。

 一人は、三十代半ばとおぼしきたくましいよろい騎士。くせのある赤色のかみをしたおだやかなふんの長身の男。

 そしてもう一人は、鎧をいつさいまとわぬ若い黒髪の男。右目が眼帯でおおわれていて、左目はどうもうけもののような金色。彼の胸にはにぶく光るナギア王国の騎士もんしようがあることから、それなりの地位と実力を備えた騎士のようであるが──。

「レド、奥の神殿に例の聖女がいるのだな」

「そのはずでございます」

 せきがんの騎士がするどい眼光を森に向け、レドと呼ばれた赤髪の鎧騎士がひかえめにうなずく。

 どうやら隻眼の騎士が主人で、赤髪の騎士が従者らしい。

 赤髪の騎士は、隻眼の騎士のことを「ヴォルフ様」と呼んだ。

「神殿には聖なる結界がめぐらされておりますゆえ、結界ばらいのほうを──」

らん。時間のだ」

 ヴォルフは従者の提案を最後まで聞かずにさえぎると、無言で地面をり上げ、森の中へと飛び込んで行った。

 けれど、従者は想定内と言わんばかりの落ち着いた表情で、急いで主人を追いかけるりも見せない。

「まったく……。死に急ぎすぎですよ。死ねないというのに」

 そう独り言をつぶやくと、従者はやれやれとかたをすくめながら歩き出したのだった。


    ● ● ●


 黄昏たそがれの空に包まれる森の聖域の神殿。

 おごそかでこうごうしいさいだんの前で、フェルマータは一人、誕生日ケーキを泣きながらほおっていた。

(みなさん、こんにちは。私はフェルマータ。なぜ私が泣いているかって? ええ。今日、私は二十歳の誕生日&命日をむかえたからです。私、二十歳の誕生日に死ぬ呪いをかけられているんです)

 だから、手作りのホールケーキをボッチ食いである。もう死ぬんだから、太ったって血糖値が上がったってかまいはしない。かまいはしないのだが──。

「願わくは、このせつせいがあのアホ王子や、国のくさった連中になぞの力で届きますように!」

 フェルマータは元守護聖女とは思えぬ乱暴ないのりを神にささげた。

 守護聖女とは、ナギア王国のゾタ教会に属する女性の最上級神職のことだ。守護神ゾタからさずかったたぐいまれなる神聖術で人々を守り、いやし、清らかな祈りで国をあんねいに導く──というシンボル的な仕事のほかに、王族を【死神】から守るという役割がある。

 そしてフェルマータは【銀の王子】こと、ケビン・ナギアス王子の守護を務めていた。と同時に、彼にそのゆうしゆうさとぼうめられ、婚約のちぎりまでも結んでいた。

 つまり、トップオブ勝ち組。女の頂点。次期おう

 だがしかし──。

 フェルマータは、ケビンのきらめく銀の髪を思い出す。

 フェルマータのことを「僕の蜂蜜ハニーちゃん」と呼び、甘々に甘やかしてくれた彼。ヘタレだけどやさしい彼。

(だから、心の底から【死神】から守りたいと思ったのに)

 ナギア王国は、三百年前から魔なる存在【死神】におびやかされてきた。

 くれないの魔物、魔物の王と呼ばれたりもするその正体は不明。しんしゆつぼつかいの王であり、配下の魔物──けんぞくを連れて現れては、王国民にのろいをもたらし去っていく。

 呪いの種類はわたり、死の呪いもあれば、視力や声をうばうもの、おくを消し去るものなども存在する。

 王国は【死神】と眷属たちとの戦いの中で、武力やりようを発展させてきたが、いまだ決着は付かず。三百年っても正体ひとつ分からない。

 フェルマータは、そんな【死神】に出くわしてしまったのだ。

 ちょうど三年前。フェルマータの十七歳の誕生日。ケビンとのおしのびデート中。げ場のない湖のど真ん中にかぶボートの上で。

 思い出すこともおそろしい。

 紅のほのおおおがまの形に変わり、ケビンをおそおうとしたしゆんかん

 あぁ、これが【死神】かと直感したフェルマータは、必死に彼をボートからき落とし、自らの身を大鎌に捧げたのだ。

 あの直後のケビンは「いとしの蜂蜜ちゃん! 僕を庇って呪いを受けてくれるなんて!」と泣きながらフェルマータをきしめてくれたのに。

 事件後、フェルマータは【死神】学者のしんだんにより、「三年後に死ぬ呪い」──つまり、二十歳の誕生日が終わると同時に命を落とす呪いを受けたことが分かり、ケビンも国もあっさりと手のひら返し。

 王子を救ったえいゆうは、余命三年というはくめいの役立たず。守護聖女としても、国母としても認められることは許されず、けがらわしいじゆしやとして王都を追われた。

 そして今は森の聖域に引きこもり、誰からも存在を忘れられ、ひっそりとさいの時を待っているというわけだ。

「何が愛しの蜂蜜ちゃんよ……! 愛なんてなかったじゃない」

 フェルマータは、まんはちみつ色の長い髪をいまいまし気ににらみつけながら毒づく。

 三年間、ずっとずっとうらんできた。

 自分を見捨てたケビンを。国を。のろいやがった【死神】を。

 あのクズどもを私は許さない。けど、何もできやしない……と。

(神様あんたは悪魔かよ!)

「どうせ同じ呪いを受けるなら、不老不死の呪いがよかった。こんな短い人生、あんまりだわ!」

 ケーキをぺろりと平らげ、フェルマータは祭壇の上のがみ像に無意味にもうこうした。うわさで耳にしたことがある、不老不死の被呪者のことをねたましく思わずにはいられなかったのだ。

 命さえあれば、私はなんだってできるのに──と。

 その時だった。

 それまで静かだった神殿のいしゆかにコツコツとかわいた足音がひびき、何者かが祭壇へと近づいてきたのは。

 森の動物の足音ではない。せんとう用のブーツ、人間の男性の足音だ。

だれ?」

 フェルマータは、こぶしに神聖力を込めたけいかい態勢でり返った。

 この森の神殿はフェルマータの聖なる結界でゴリゴリに覆われており、れたら聖なる炎にはばまれる仕様なのだ。外から人間がしんにゆうすることなどできるはずがない。

 けれど、足音の主は平然と近づいてきた。

 黒い髪。右目を覆うくろかわの眼帯。残された左目は金色の眼光が鋭い。細身の長身にうすの騎士装束をまとい、ちようけんたずさえた不気味な気配をした男──。

「貴様が呪われた聖女だな」

 低く響く男の声に、フェルマータはふるえそうになるのをこらえる。

「どうやって神殿に入って来たのよ。結界は?」

「気合いで突破した」

鹿言わないで。めいしようまぬがれない結界なんだから、有り得ないわ」

い。だまって用件を聞け。貴様のせいで、俺には時間がない」

 獣のようなすごまれ、フェルマータはひゅっと息をむ。どう考えても自分が彼に何かした覚えなどないというのに。

 フェルマータが逃げ出すかなぐるかどちらにしようかと考えていた時、男は言った。

「聖女。俺の妻となり、俺の呪いを解き、俺を殺せ」

「へ?」

 男の言っていることが理解できず、思わず声が裏返ってしまった。

(何言ってんだこいつ!?)

 いろんな意味でヤバいやつが来てしまったらしい。

 答えはもちろん決まっている。

 フェルマータはぶんぶんと首を大きく横に振ると、「私、死ぬ予定が入っているのでお断りします!」と言い放ち、しん殿でんの石窓に向かって猛ダッシュした。「待て!」という男の声が背中側から飛んで来るが、そう言われて待つわけがない。

とつぜん来て、妻になって殺せとかこわすぎるんですけど!)

 フェルマータは謎の男から逃げるため、神殿を飛び出し、森の中へとけ込んだのだった。

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