第38話:再びのラディナの森

 太一たちが訪れたのは、三度目になるラディナの森だ。

 魔獣狩りは先輩冒険者と一緒にやるのがいいだろうとクレアに言われ、太一たちも納得したので今回も薬草採集の依頼を受けている。

 他の場所へ向かうこともできたが、やはり『いのちだいじに』で動くのであれば来たことのあるラディナの森一択だろうということになった。


「今回もスイナ草を採集するってことでいいかな?」

「賛成!」

「僕もそれでいいよ」

「それじゃあギルドで籠も借りてきたし、採集開始だ!」


 カイナと訪れた湖に足を運び、太一たちは採集を開始する。

 到着した時点で他の冒険者たちもすでにおり、全員が薬草採集に励んでいた。


「薬草採集の依頼って人気なのかな?」

「都市の外だから危ないことに変わりはねぇけど、それなりに稼げるから人気なんじゃねえか?」

「それも、きちんと採取ができたらの話だけどね。……こんな感じでいいかな、公太?」

「うん、大丈夫だよ、太一君」


 前回の薬草採集では合計で5000ジェンを稼ぐことができた太一たちだが、高値を付けていたのはどれも公太が採取したスイナ草だった。

 太一と勇人も公太に教えてもらいながら採取をしていたのだが多少の粗があったようだ。


「公太ってやっぱりすげぇよな」

「俺もそう思う。薬草採集の時は、公太を中心に考えた方がよさそうだな」

「そ、そんなことないよ。でも、僕も頑張るよ!」


 何気ない会話をしながらの採集はあっという間で、気づけば二つの籠がいっぱいになっていた。


「籠はあと一つ、もう少しだけ頑張ろ――」

「うわああああああああっ!?」


 太一が頑張ろうと口にしていると、どこからともなく悲鳴のような声が聞こえてきた。


「な、なんだぁ?」

「ど、どうしたんだろう?」

「今のって、悲鳴だよな?」


 太一たちだけでなく、周りの冒険者たちも何事かと視線を彷徨わせている。

 すると、森の奥の方から慌てた様子で三人の冒険者が走り込んできた。


「ま、魔獣だ! 魔獣が現れた!」

「「「魔獣だって!?」」」


 太一たちも、周りの冒険者たちも、恐怖で顔を青ざめる。

 実のところ、湖の周りで採集をしていた冒険者たちは皆、新人冒険者だった。

 魔獣と対峙した経験がない者が多く、あったとしても数回程度。それも先輩冒険者の引率があっての話である。


「なんで森の奥になんか行ったんだよ!」

「だって、もっと良い薬草が採れるんじゃないかって!」

「ふざけんな! 俺たちを巻き込むなよな!」

「そうだそうだ! お前たちだけでなんとかしろよ!」


 森の奥から出てきた三人の冒険者に対して、湖の周りで採集をしていた冒険者が罵声を浴びせる。

 三人はどうしたらいいのか分からなくなったのか、その場で蹲ってしまった。


「……なあ、太一。これ、マズくねぇか?」

「……あぁ、マズいね。逃げるか、戦うか、決めないといけない」

「……ど、どうしよう、太一君?」


 巻き込まれた側である太一たちだが、この場にいる誰よりも冷静に状況を認識していた。

 おそらく魔獣は逃げてきた三人を追い掛けてこちらに迫ってきている可能性が高く、それなら逃げるか戦うかを決めて行動を起こさなければならない。

 そうでなければ何もできず、ただ魔獣に蹂躙されてしまう未来が容易に想像できてしまう。


「……おーい、みんなー!」


 そこで太一はこの場にいる全員の視線を集めるべく、大声で呼び掛けた。


「誰だ、あいつ?」

「知らねぇ」

「どうしたのかしら?」


 太一の思惑通り、蹲っている三人も含めて全員の視線を向けることに成功した。


「今この場で言い争っている暇はないと思うんだ! 魔獣がいたなら、彼らを追い掛けてこっちに来ているかもしれない!」

「だからこいつらになんとかしてもらおうと――」

「その気持ちも分かるけど、なんとかできなかったら魔獣の矛先はこっちを向くと思うんだ!」


 魔獣が自分たちを狙うかもしれない、そう思わせることで怒りの感情を恐怖に上書きする。


「だからさ、まずはみんなで逃げよう!」

「はあ!? 俺たちは冒険者だぞ!」

「そう、俺たちは冒険者だ! だけど、まだ新人だろう? 生きてディルガイドに戻る、それが新人冒険者である俺たちの仕事じゃないのか?」


 生きて戻る、死んではならない、太一の言葉に文句を言っていた冒険者も口を噤んだ。


「彼らもそうだ。一度もミスをしない人なんていない、そうだろう? みんなで一緒に逃げて、ギルドに報告しよう! そうしたら先輩たちがなんとかしてくれるよ!」


 太一の言葉を受けてなのかは分からないが、一人、また一人と湖を離れていく。

 文句を言っていた冒険者も蹲っている三人を最後まで睨んでいたが、最終的には踵を返してディルガイドへ走っていった。


「……さあ、君たちも行こう」

「でも、俺たちが魔獣を」

「まずは生き残ろう。反省はそれからだ」

「……うん、うん!」


 リーダーらしき金髪の青年に声を掛けて手を差し伸べた太一。しかし――


『ガルアアアアァァアアァァッ!!』


 突如、三人が飛び出してきた森の奥から魔獣の咆哮が響き渡った。

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