第39話:デビルベア①
「……なあ、今の声って」
「……あぁ、聞いたことがあるよな?」
「……それって、転移した最初の頃の話だよね?」
『ガルアアアアァァアアァァッ!!』
「「「ひいいいいぃぃっ!?」」」
再び響いてきた咆哮に、三人の冒険者たちは頭を抱えて蹲ってしまう。
「おい! こんなところで蹲っていたら殺されるだけだぞ!」
「さっさと逃げろよ!」
「そうだよ、立って!」
太一たちが声を掛けても、三人はなかなか立ち上がろうとはしない。否、立ち上がれないのだ。
「ど、どうしよう、太一君?」
「俺たちだけでも逃げるか?」
このままでは全員が殺されてしまうと、勇人は自分たちだけでも生き残る判断をするべきか考える。
だが、太一の頭の中にはそんな考えはどこにもなかった。
「……立てよ、お前たち!」
「「「――!?」」」
勇人も公太も、今まで一緒にいて一度も聞いたことが怒号が太一の口から飛び出した。
「新人とはいえ冒険者だろう! 魔獣と対峙することもあるって分かっていただろう! 生き残りたいなら立って走れ! ディルガイドまで逃げてみろ! お前たちにだって家族がいるだろう! 家族を悲しませたいのか!」
「…………う、うぅ、うああああぁぁっ!!」
金髪の青年が自身を鼓舞するためだろうか、雄叫びのような声をあげて立ち上がると、そのまま一気に駆け出していく。
それを見た残る二人の冒険者も慌てた様子で駆けだした。
「……さて、それじゃあ俺たちも」
『ガルルルルゥゥ』
俺たちも逃げようと口にしようとした太一だったが、ついにデビルベアがその姿を現してしまった。
お互いの距離は一〇メートルほどあるが、巨体が全速力で駆けだせばあっという間に追いつかれるかもしれない。
何せ相手は熊に似た魔獣で、日本にいる熊も人間に追いついてくるからだ。
「……これ、やるしかないってこと?」
太一の言葉に勇人と公太がゴクリと唾を飲み込む。
デビルベアは間違いなく太一たちを認識しており、小さく唸り声をあげながら涎を垂らしていた。
「…………ごめん、勇人、公太。俺に命を預けてくれないか?」
「何か思いついたんだな、太一」
「いいよ、太一君」
「ありがとう」
即決した勇人と公太に驚きはない。何せ二人は太一のことを信頼しており、彼も二人のことを信頼しているからだ。
『ガルアアアアッ!』
「公太は前に出て盾で受け止めて!」
「うん! 怪力!」
デビルベアが突っ込んできたのを見て太一が指示を飛ばす。
魔獣の前に出ていくのは怖いだろう。もとより公太は臆病な性格だ。
だが、太一の指示だからこそ公太は恐れることなく、背負っていた大盾を手に前へ飛び出した。
――ドゴオオオオンッ!
「ぐうぅっ!」
「勇人は俺たちが通ってきた道にデビルベアを五分後に誘導してくれ! それまでは公太にばかりヘイトが向かないよう気を逸らしてくれ!」
「了解だ! おーら、熊野郎! こっちも見ろよ、こらあっ!」
勇人はそう口にしながら近くにあった石をデビルベアめがけて投げつけた。
――ガンッ!
「「「あっ」」」
『……ガルアアアアァァアアァァッ!!』
「うええええぇぇっ!? め、目に当たるとか、嘘だろおおおおっ!!」
「勇人、ナイス! 俺は罠を仕掛けてくるから、絶対に死ぬんじゃないぞ!」
「オーケーだ! 公太、やるぞ!」
「任せてよ、勇人君!」
『ガルアアアアッ!』
「来いよ、熊野郎! 簡単に追いつかれるほど、俺の足は遅くねえぞ!」
ヘイトが勇人に向いたことでデビルベアは彼めがけて走り出す。
四肢の筋肉を存分に使った速度は、常人であればあっさりと追いつかれてしまうだろう。
だが、勇人は快速スキルを使って常人では出すことのできない速度で駆けだした。
『ガルアッ!?』
まさか追いつけないとは思っていなかったのだろう、デビルベアは驚きの声をあげながら、それでも勇人を追い掛けていく。
「行って、太一君」
「公太も頼んだぞ!」
そして太一は罠師として二人を助けるため、来た道を全速力で駆けだす。
罠師というスキルを認識したからだろうか、ここまで来るまでの間で罠を仕掛けられそうな場所が目に入るようになっていた。
(絶対に二人を助けて、三人でディルガイドに戻るんだ!)
決意に火を灯しながら、太一はデビルベアを捕らえることができる、それでいて短時間で作れる罠の設計図を頭の中に思い描いていた。
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