第一章 聞こえ始めた薬恋歌②
結局サキは再び会場の人間に
会場を出てものの五分で、それはもう見事に、教科書でお手本とされるような
「ぉおぅ……迷った……」
立派な迷子となった。
しんと静まりかえった広い
城なんてどこも同じようなものだ。同じように
薬術師は職務上、
適当な扉を選んでノックする。扉の
「あのー、すみませーん」
やはり返事はない。しばし
明かりはあるのに返事はなく、その上、
「
あえて
すっぱり決めて身を引いたライラの耳に、
「誰だ」
若い男の声だ。奥の部屋から聞こえ、やはり誰かいたのだとほっとして、
「すみません、道に迷った者ですが、ここってどの辺ですか?」
「入ってこい」
「いやぁ、ここで」
「入れ」
「はい」
明るい部屋の中には誰もいない。よく見るとまだ扉があり、声は奥の続き部屋から聞こえてくる。ライラはやけに気配のしない
続き部屋は
ライラは息を
「どうした。来い」
呼ばれるままに
妖人が、鳥籠を模した
「俺に用があるのでは?」
少年は
「動かないで」
目を閉じたライラの周囲で不自然な風が
他者の中をライラは
「薬術師か……。道理で薬草の
くっと笑われて、ライラはむっとなる。ライラは最初から
「だから最初からそう言ってるんですけどね」
「あの女の目を
「なるほど。私、あやとりが得意です」
「
事も無げに言い放たれた言葉に、音をたてて固まった。
「お子様」
ライラの
「今夜は止めてください。熱がありますし、薬出しときますから安静に……」
「馬鹿か。
裂けた頬が治っても、発熱が治まっても、ここにいる限り本当の休息は
鍵は、きっとある。彼が言うように
ライラにあるのは、魂石を
ライラは、薬術師であろうがあくまで他国人だ。そんな立場で、王族が「所有」している妖人を自由にする権限などない。許可なく言葉を
「私は、奴隷、
少年は冷たい瞳で
「だったら
「
きょとんとした少年の手を
薬術師は他国の在り方に介入しない。してはならない。
だから、ライラは
「奴隷って言葉が嫌い。制度が嫌い。奴隷を作る人間が嫌い。他者を
感情の高ぶりが
「もう、行け。いくら薬術師と言えど、長居すると
静かな声だ。静かで綺麗な生き物だ。
ぐっと
「私には、
「そんなものあんたに求めていない」
美しい金紫。この瞳が自由に色を放てる場所は、とても
「貴方は命です。何とも区別のない、尊い、尊厳ある命です。薬術師は命を区別しない。命に差なんてないのだから」
白い手に
立ち上がったライラを、座ったままの少年が見上げ、
「あんたはおかしなことに
「
「あんた、名は」
大きなトランクを乱暴に閉めて出て行こうとする背に、少年は名を問うた。静かな声は清流に似ているのに、どこか水浴びする小鳥のような音が交ざっている気がした。
「ライラ・ラハラテラ」
「…………ラが多いな」
うん、知ってる。ライラは
「ライラ・ラハラテラ。俺に治療代などないぞ」
「必要ありません。私が通り
「……
「金はない。あるのはこの身一つだが、あんたには礼になり得ないようだな。お子様」
「……言っときますけど、私、十五ですからね」
「
再び笑った音は、
「レイルだ」
ライラはきょとんと首を
「俺の名をあんたにやろう。俺の持っている
名は妖人が持つ魂石の次に大切なものだ。妖人は
妖人が名を与えた人間を害するには、直接手を下す以外の方法はなくなる。殺す手段が限られる。それは、
それに気づいたライラは
「通り魔でお礼なんて
「
「もうやった。返品は不可だ。さあ、もう行け、ライラ。あの
はっとなる。罰を受けるのは自分ではなく、レイルだ。彼が酷い罰を受けるのだ。法も
「レイル!
「さっさと行け」
後は振り向かない。飛び出して、覚えていない道をひたすら駆ける。少しでも彼から
走って走って、結局会場まで戻ってきてしまった。いつの間にか会場から姿を消した挙げ句、何かに追われるように会場に飛び込んできたライラに、
「ライラさん!?」
自分を案じる手が肩に触れた
ライラは自分への憐れみを理由にして、泣いた。
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